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城までの道のりは、クライン家の馬車に揺られて行く事おおよそ一刻程ってなところだった。
今回はミーシャもジュードも、犬カバすらいねぇ代わり、この初めの一回だけは身元保証人としてガイアスのおっさんが一緒に来てくれる。
もちろんこの道中も飛行船で飛んでいくルートにしっかり入ってっから、行きも帰りも俺は地図と睨めっこしながらだ。
こんな時俺の傍らにゃあ いつも犬カバがひっついてて、興味津々で地図を覗いてきてた訳だが……。
今はその犬カバがいねぇんで、何だかヘンな感じだぜ。
よくよく考えたらあいつ、いつも俺の足元やら隣やら膝の上やら、とにかく俺の付近をちょろちょろしてたからさ。
なんかいつも近くにいる奴がいねぇのはどーも、そこだけ穴が空いたよーなヘンな心地がする。
まぁ、それはさておき。
俺が考えるべきは犬カバの事よりもこの先の事だぜ。
城に着いたらまずはガイアスが城のちょっと偉い人と、メイド長のおばさんの二人に俺の事を紹介して、それで俺はメイドの仕事に入る事になっている……らしい。
「二人には君の正体含め大体の話を通してあるが、その他の人間には『ガイアス・クラインの遠縁の娘、リア・スノーウィル』で通す。
おかしな所でボロが出ぬ様重々注意するのだぞ」
とはガイアスの言葉だ。
ちなみに『スノーウィル』ってぇのは実在する家名なのかと尋ねると、ガイアスはハッハッハッと笑って見せた。
「そんな家はない。
私自ら考えつけた名だ。
中々美しい響きだろう?」
と自慢げだ。
……まぁ、確かに音の響きはいいけどさ。
んな架空の家の名なんか使って、本当に大丈夫なのか?
俺にゃあ城が人を雇う時にどこまでそいつの素性を確認しとくモンなのかよく分かんねぇし、逆に実際にある家名を使うってぇのもそいつはそいつでリスクがある気もしないでもねぇけどよ。
な〜んかどーもこのおっさん、ちょいちょいどっかお遊びが入ってる様な気がして若干不安なんだよな。
でもまあ、ガイアスのおっさんもバカじゃなさそうだし、その辺はちゃんと大丈夫な様にしてあるんだろう。
サランディールは森や湖に囲まれたきれいで豊かな土地だって前に本で読んだ事があったが、実際窓の外を眺めててもそんな感じだった。
城に近づくにつれて道は木々を両端にしたまま緩やかな斜面になる。
そうしてようやく馬車が停まって降りると、目の前には白い外観の、まるでおとぎ話にでも出てきそうな壮大できれいな城が立ちそびえていた。
お、おおお……。
これが噂のサランディール城か。
当たり前ちゃ当たり前だが、想像の倍以上でけーな……。
犬カバなんかが見たら目をまあるくして城に釘付けになっちまうんじゃねぇか?
まあ かく言うこの俺も、今まさに んな感じなんだけどよ。
ガイアスのおっさんが──たぶん俺のこの様子にだろう、ニヤリと笑って「さあ行くぞ」と声をかけてくる。
俺はなるたけお上りさんみてぇに見えねぇ様、『リア』として静かにガイアスのおっさんの後について歩き出した──。
◆◆◆◆◆
城の内部は、こいつも外観と同じく中々に壮大な造りになっていた。
灰白色の石造りの壁や床。
高すぎる程高い天井。
青と白を基調とした絨毯と、整然と掲げられた何枚もの国旗……。
俺はトルスの迎賓館も相当立派なもんだと思ってたが、こいつはまた、それをさらに越えてすげぇぜ。
ガイアスの後について歩いてても、何だか雲の上でも歩いてるみてぇに落ちつかねぇ。
この城、とにかく広すぎだろ。
一応俺だって頭ん中に城内の地図を浮かべながら歩いてっから今どこにいんのか分かんねぇ……なんてこたぁねぇが、こりゃちょっと気ぃ抜くとすぐ位置が分かんなくなっちまうパターンだぜ。
思いつつ大人しくガイアスの後を静々と歩いていると──。
ふと足を止めてこっちを見る、騎士や文官らしい男達がさっきからちらほらいる事に気がついた。
こののぼせたよーな、ポーッとした視線……。
さては『リア』の美しさにやられたな?
って、自分で言っててなんだかちょっとフクザツだな……。
クライン夫人も『ほとんど手を入れてない』っつってたのにこうまで周りの男共の心を奪っちまうとか……。
俺はどんだけ美人だってんだよ。
ガイアスのおっさんがわざと恐ろしい程の眼力でそーゆー輩をギンッと睨みつけると、さすがにどの男も慌ててサッと一瞬で俺から目を逸らす。
まぁ、おっさんが付いてきてくれんのは今日だけだから明日からどうなるか分かんねぇが、それでもこいつも多少の牽制にはなんだろ。
リアに手ぇ出したらガイアスのおっさんが怖ぇぞ……ってな。
そうして城内を歩いて行く事しばらく。
ガイアスのおっさんが二階にある立派な扉の前で立ち止まり、そいつをコンコン、と二度大きくノックした。
中から淀みのないキリリとした年配の女の声が「どうぞ」と返事する。
おっさんが「失礼する」と一言添えて扉を開き中に入るんで、俺もその後ろについて中に入り、一応扉を閉めた。
と、ガイアスのおっさんの向こうから
「丁度時間通りですね」
さっきと同じキリリとした年配の女の声と、
「久しいな、ガイアス」
なんだか渋い、ジェントルな感じの男の声が届く。
ガイアスが笑って「二人共変わりない様だな」と返事して──そうして俺の前から少し横にずれ、片手で俺を二人の前に出す。
「──こちらが知らせに載せたリッシュ・カルトくんだ。
私の遠縁の娘、リア・スノーウィルとして仕事をしてもらうつもりだからよろしく頼む。
リッシュくん、こちらは内務卿のダン・ラードレーとメイド長のマーシエ・フィナレット。
特にマーシエは君の直属の上司になるから彼女の言う事はよーく聞くのだぞ」
おっさんの全く無駄のないサッサカした紹介に、俺はとりあえず「お、おう、」と返事して紹介されたダンとマーシエに「よ、よろしくお願いします」とガラにもなく丁寧に頭を下げた。
ダンもマーシエも、声通りのジェントルな雰囲気のおっさんと、キリッとどことなく厳しそうな女の人、だった。
二人共ガイアスと同世代ってなところだろう。
ダンは短く刈り上げた濃茶色の髪に、グレーの目。
マーシエは濃い緑の目で、茶金色の髪をきっちり後ろでお団子にまとめている。
俺の至って簡単な挨拶に……ってな訳じゃあもちろんなさそうだが、
「これは……なんとまぁ……」
「彼女が、本当に……?」
と驚き半分、引き半分に、マーシエとダンがそれぞれに俺を見、言ってくる。
……まぁ、何を言いたいのかは大体分かるぜ。
俺が見た目通りの可愛い女の子じゃねぇって事が──もっと言うと、男だって事が信じられねぇってんだろう。
変装としてはそんだけバッチリキマってるって事だし問題ねぇんだが……。
なんか、俺の微かなプライドが若干傷つくってぇか……。
どーも素直に喜べねぇ。
そんなフクザツな俺の男心には一切気づかず、ガイアスはワハハと愉快そうに笑う。
「どうだ、完璧な変装だろう?
先程も城の男共が『リア』に熱い視線を送っておったわ。
まぁ、この私がしっかり牽制しておいてやったがな」
どっか楽しそうなガイアスの言葉に──なのかそうじゃねぇのかはともかく、マーシエはこほん、と一つ咳払いしてみせる。
そうして俺に向かって「──リッシュ・カルト殿」とキリリと厳しげな声で言う。
俺は思わず「はっ、はい!」と背筋を正して返事した。
マーシエは言う。
「ガイアスから話は聞いています。
無論私達はあなたを全面的にサポートしますが、あなたはメイドとしてここに来ているのですから、そちらの仕事も疎かにされては困ります。
他のメイド達からあなたの仕事ぶり諸々で何らかの苦情があった場合、または私から見てあなたを雇い続ける事が出来ないと判断した場合は遠慮なくクビにさせて頂きます。
よく覚えておいて下さいね」




