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その俺の意図を汲んだジュードが──後ろで小さく はぁ、と息を吐き、それでも何も言わず俺の横につく。
俺と違って(……いや、俺だってこの頃はちょいちょい剣の稽古とかしてるけど)普段からしっかり体を鍛えてるジュードは、ズンッとそこに立つだけでその場にそれなりの威圧感が出る。
その虎の威を借りて、俺に……じゃあなくジュードの側の足元付近に寄って「ブッフ」と勇ましく鼻を鳴らしたのは犬カバだ。
まぁ俺だってジュードの事を最初から担ぎ出してんだから人(この場合は犬、か)の事は言えねぇが。
けどよー、俺みてぇなイケメン・優男が一人粋がって名乗りを上げるより、悔しいがいかにも腕の立ちそうな剣士が表に立つ方が話が早ぇんだって。
その証拠に──ジュードが剣の柄に手を置き男二人を一睨み見下ろしただけで、男二人がそそくさっと足を後ろへ引きながら、ヘラヘラしながら(どうやら俺の後ろの女の子に話しかけてる体で)言う。
「あっ、そっ、そーなんだ。
お嬢ちゃん、ちゃんと連れがいたんだな」
「よっ、良かったよ。
この辺も物騒だからさ、女の子一人じゃ危ねぇなと思ってたんだよ」
「じ、じゃあ、そーゆー事で!」
言うが早いか、そのまま二人 息を合わせてぷわーっと走って逃げていく。
……ったく。
やれやれと思いながらも軽く肩をすくめて、俺は後ろを振り返る。
金髪碧眼の女の子が目をぱちくりさせて、振り返った俺を見た。
俺も、彼女を見る。
抜ける様に白い肌に、整った目鼻立ち。
ナンパ男達が絡んでくるのも無理はねぇ。
ちょっとその辺じゃお目にかかれねぇ様なめちゃめちゃ可愛い女の子だった。
さっきから女の子の方をチラッと見ては見惚れながら通り過ぎていく通行人も多い。
それも、キリッとした いで立ちからか、男女問わずって感じだ……が……。
……なーんか、この顔……。
思わず首を傾げながら眉を潜めて女の子の顔をガン見する。
──と、その視界が大きく揺れてぐるっとそっぽを向かされる。
どーやら後ろから首根っこ掴まれて、そのまま無理やりそっぽむかされたらしい。
「〜初対面の女性をじろじろ見るんじゃない。
連れが失礼しました。
ご無事の旅をお祈りします。
……ほら、行くぞ」
中ふた言は女の子へ向けて丁寧に、前と後ろは俺へ向けてぞんざいな言い方で言って、そのまま俺を引きずって行こうとする。
女の子が一瞬唖然として、その後ハッとしたように俺とジュード、ついでに言やぁ未だにジュードの足元付近にいた犬カバからもパッと顔を背ける。
〜って、待て待て待て!
金髪碧眼だし見慣れてねぇせいでヘンな感じがしまくってるが、この俺の目に間違いはねぇよ。
犬カバだってその場にポツネンと居座って女の子の横顔見上げて、
「……クヒ……?」
なぁんて首傾げてんじゃねぇか。
誰がどう言おうと間違いねぇ。
俺はジュードに捕まれた首根っこを無理矢理手で払って剥がし、その勢いで女の子の方へ向けて二、三歩歩を進ませその顔を見た。
女の子が──どこか怯んだ様に体を斜にして顔も背ける。
だが、俺が自分の考えに確信を持つにはそれで十分だった。
髪の長さも髪色も、目の色だって違うが、目鼻立ちや立ち姿勢はもう、見れば見る程に──
「──……ダル、なんだろ?」
このサランディールの地で『ミーシャ』って呼ぶのはマズい気がして、そう問いかける。
周りを歩く通行人にはさほど気に留められねぇ様、なるべく声も抑えての問いかけだったが……。
女の子は──ほんの僅かにたじろいだ。
しん、と一瞬、俺と女の子との間が静まり返る。
その静寂を、呆れ混じりに打ち破ったのはジュードだ。
「……何を言っている。
こんな所にミ……あの方がいる訳が……」
『ないだろう』とでも言いかけたんだろう、言いかけて、ジュードはそのまま女の子の顔へと目線を移し……口を止める。
女の子は──ミーシャはあくまでそっぽを向いたまま誤魔化そうとしていたが、もう遅い。
ジュードが目を丸くして、珍しくもやたらに動揺した様子でギョッとして声を上げる。
「〜そんな、まさか……!
なぜここに……!
迎賓館にいるはずでは……!
それに、その……」
たぶん見かけの事を言いかけたんだろうジュードの声に被せる様にミーシャは言う。
「〜どうせ言っても一緒に行かせてはくれないから、一人で勝手に発つ事にしたの。
城内の事は私が一番よく知っているわ。
必ず何か役に立つ事があるはず」
「しっ、しかし……あまりに危険です。
ここならまだ間に合います。
すぐにトルスに戻る手配を──……」
ジュードが言いながら動きかける……が。
「──トルスへは、戻らないわ」
ミーシャが一言、キッパリとそう告げる。
いかにも姫様らしい、凛として有無を言わせねぇ様なその一言にジュードが一瞬フリーズしちまう。
ミーシャはジュードを見据え、追い打つ様に
「……戻らない」
言う。
ジュードがミーシャを、珍しく厳しい顔で見る……が、ミーシャもそいつにゃ負ける気はねぇらしい。
互いに見合ったまま、どっちも引く気配はねぇ。
「ク、ヒ……」
犬カバが、どっちの側に付いたもんか迷う様に金髪碧眼のミーシャとジュードの顔を交互に見る。
俺は──ポリ、と頬を掻いて「あ〜」と一つ、口を挟む事にした。
「……俺も正直、ジュードの意見にゃ賛成っちゃ賛成なんだけどよ……」
「〜リッシュ!!」
言いかけた俺に、ミーシャがバッとこっちを見、反論する様に声を上げる。
その声も、顔つきも表情ももちろんいつも通りのミーシャなんだが、髪と目の色がいつもと違いすぎてどーにもヘンな感じだ。
まぁ、それはそれとして。
俺は軽く肩をすくめて続きを口にする。
「……ここで俺やジュードがミ……ダルを向こうへ返そうとしたってムダな気もすんだよな。
だから今こーしてここまで来ちまってる訳だし。
……ガイアスのおっさんの馬車、もうどっか迎えに来てんだろ。
んなトコであーだこーだモメててもしょうがねぇ。
どうするにしろ、おっさん家に着いてから考えねぇか?
……ほら、警備もこっち見てるしよ」
言ってちらっと目線で警備の方を見やる。
さっきから地味に騒がしくしてっからか、どことなく不審そーにこっちを見てんだよな。
声をかけられると多少なりとも面倒だ。
ジュードが納得しきってねぇ様に「だが……」と声を上げかける……ところで。
「──リッシュ・カルト殿でしょうか?」
不意にすぐ後ろから声をかけられる。
俺は思わずビクッとしてバッと後ろを振り向いた。
賞金首として追われてた経験から、俺は人間の気配ってぇのには相当敏感な方だ。
んなに間近に──しかも背後に迫られててこんだけ気づけねぇなんてこたぁ、あり得ねぇ。
なのに今……全然気配を感じなかったぞ。
半ばビビりながら振り返ったその先にいたのは、ヒゲもじゃの、いかにも冴えねぇじーさんだった。
土埃(か?)に薄汚れた、焦げ茶色のもじゃもじゃのヒゲと眉毛。
同じく焦げ茶の髪の毛はボサボサで、着ている服もな〜んか薄汚れて見える。
背は──ちゃんと伸ばせばそれなり普通にありそうだが、その背筋がやたらに曲がってやがるからよくは分からねぇ。
ただ一つちょっと違和感があるのは、その焦げ茶の目だった。
全体的に冴えねぇただのじーさんなんだが、その目だけはどっか鋭いっつーか力強い色を持っていて、そいつが全体の雰囲気を若干壊してる……よーな感じなんだよな。
俺の気のせいかもしれねぇが。
とにもかくにも俺は んな見も知らねぇじーさんに(しかもフルネームで)呼び止められる覚えなんかねぇ。
つーかじーさん、一体どこで俺の名前を知ったんだよ?
俺は思わず眉を寄せつつ、慎重にじーさんに返事する。




