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それから──
俺と犬カバはその後も大統領とのゆったりとしたディナーを楽しんだ後、マリーが用意してくれた馬車に乗って大統領邸を後にした。
美味い飯をたらふく食って腹もいっぱいだし、いい話し合いも出来たんで俺としては気分も上々だ。
後は明日レイジスが大統領と直接会って話せば、たぶんそれで事は一気に動き出すだろう。
俺の帰りを待ち侘びてたレイジスやミーシャ、ついでにジュードにもその事を話すと、レイジスとミーシャはどっかほっとしたよーな顔をし、ジュードはまた重く難しい表情で目線を下に下げた。
ジュードが何を思ったのかは大体察しがつく。
俺はちょっと肩をすくめてそいつをやり過ごしたのだった。
そしてその日の夜遅く──
俺はヘイデンへ向けて、一通の手紙を書いた。
ある頼み事をする為だ。
俺がこれからやろうとしてる事、その結果がどこに辿り着くのかは分からねぇ。
それでもそいつが絶対ぇに必要な事だってぇのは間違いねぇ。
ジュードにとっても、他の皆にとっても。
俺は書いた手紙を封筒に収め──……そうしてきっちりと封を閉じたのだった──。
◆◆◆◆◆
大統領が手配してくれた馬車が俺らの泊まる宿の前にやってきたのは、約束通りその翌日。
昼過ぎってぇ頃合いだった。
そいつを大統領が手配したってのが間違いなく分かる様にだろう、その馬車にはマリーが乗っていて、
「レイ様、リッシュ様、そして皆さま、ご機嫌よう」
言って、にっこり微笑んだ。
「本日は父の名代としてお迎えに上がりました。
どうぞ、お乗りくださいませ。
皆さんをきちんと父の元までお送りいたしますわ」
俺、レイジス、ミーシャ、そしてジュード、犬カバの四人と一匹はあいさつもそこそこでその馬車に乗り込み、マリーと共に出発したのだった。
俺は勝手に、行き先は前に人拐い事件の時の会議をしたあの官邸なんだろうと思ってたんだが、どうやら違ってたらしい。
マリーの話じゃ『迎賓館』ってぇ外国のお偉いさんを迎える館に向かってるそうだ。
土地勘がねぇからはっきりとは分からねぇが、馬車の窓から景色を見てる感じ、官邸より少し西の方に離れた場所……くらいの位置にあるんだろう。
しばらく街中を走り抜けていくと、ある地点から街の雰囲気がガラッと変わる。
道幅が広がり、家がなくなり、付近を歩く人間も減る。
けど閑散としてる、みてぇな裏寂しい雰囲気って訳じゃ決してねぇ。
なんてぇかこの辺は気軽に一般市民が彷徨いてちゃいけねぇ場所なんだな〜と雰囲気だけで察知するような、なんとなく気位の高いエリアなんだよな。
そしてその雰囲気は確かに間違っちゃいなかった。
外の景色を何となく見ていた俺の目に、どこまでも続く長ぇ白壁の塀が映り始める。
そいつは左右の端が馬車の中から見えねぇ程延々と続いてる上に、高さも普通の人間を縦に三人分並べたくらいある。
これじゃ誰もやろうとは思わねぇだろうが、よじ登って塀の向こうに入るのも、中の様子を覗くのも絶対ぇに無理だろう。
そしてその塀の丁度ど真ん中に現れたのが、
「〜なんっだ、あの門」
やたらにでかくて──立派すぎる門、だった。
俺の膝の上に乗って窓枠に手をかけ、ぐっと伸びをして外の景色を見ていた犬カバも「クッヒ、」と驚きの込もった声を上げる。
そいつは塀と同じく一片の汚れもねぇほど白い門で、両隣の塀よりまた一層高さがあった。
アーチ状の門の中には堅く締められた大きな白い格子扉があって、その左右には門番が一人ずつ配置されている。
俺は城なんてもんは生まれてこの方一度も拝んだ事がねぇが、こいつが城壁と城門だと言われりゃ普通に信じちまうレベルの立派な門構えだ。
馬車がその門に近づいていくと、二人の門番が何も言わず人力で格子扉を開く。
馬車がそこを通り抜けると、後ろですぐに門が閉められる。
俺と犬カバは思わず首を回してその様子を見つめた。
そうして、広すぎて庭なのかどうかもよく分からねぇ様な立派な庭園を馬車で走る事数分。
ようやく馬車が止まったのは、やっぱりこれって宮殿じゃねぇか?っていう様な大きく立派な白亜の建物の前、だった。
少しの間を置いて、御者が馬車の戸を開ける。
マリーが最初に外に降り立ち、続いてレイジス、ミーシャ、ジュードの順で馬車を降りる。
最後の最後に俺と犬カバで馬車を降り、顔を上げてみた──ところで。
その宮殿の様な館の玄関口──広々とした階段の下で、グラノス大統領を始め、お偉い役人らしい連中が皆揃ってそこに出迎えていた。
役人の中には俺の見知った顔もちらほらある。
山賊事件の会議に参加してた外交官達だ。
その役人連中がレイジスの姿を見て僅かに息を呑むのが分かった。
もちろん皆大統領から大体の事は聞いてんだろーが、それでもまぁ、フツーに死んだと思ってた隣国の王子がこーして無事に生きて目の前にいるってんだからそうなるのもムリはねぇよな。
大統領ですらほんの一瞬レイジスの姿を目を見張って見つめ──そうして他にそうとは知れない程度に俺の方へも視線を送った。
その目は自然、俺の隣に佇むミーシャへと向けられ……。
そーして恐らくはその正体に気がついたんだろう、驚いた様にミーシャを凝視し、問いかける眼差しで再び俺へ視線を向けた。
俺は一つ肩をすくめてそいつに返す。
大統領は戸惑い混じりにそれを見ていたが、それでも気を取り直してレイジスへ向かい、声をかける。
「──お待ちしていました。
サランディールのレイジス王子、そして、ミーシャ姫、ですね?
このような場所では落ち着いて話も出来ぬと思います。
部屋を用意していますので話はそちらで致しましょう」
大統領が言うのに。
僅かなザワめきが起こる。
どこにミーシャ姫が……?と目線で俺らの方を探し、そうしてその目がある一点、黒髪の小柄な少年にしか見えねぇ『冒険者ダルク』の元で止まる。
そしてそいつは俺らの後ろに立っていたマリーも同じだったらしい。
「えっ……?
ミーシャ姫……?」
そいつは戸惑い混じりの小さな問いだった。
だがそいつに答える間もなくその問いかけは、「どうぞこちらへ」っていう大統領の声にかき消される。
大統領の後に続いて、外交官達とレイジスが動き始めた。
ミーシャが何か声をかけたそうな表情でマリーの事を振り返ったが「姫、こちらへ」ってぇ外交官の声に従う他なかったみてぇだ。
マリーが目をパチパチと瞬き、そのミーシャの後ろ姿を見送る。
もちろんマリー自身はここから先の会合には参加しねぇ(出来ねぇって言った方が正しいか……?)ってな事になるんだろう。
俺は色々と悪いって意味を込めて顔だけで振り返り心ん中で謝る。
マリーの目は、それでもミーシャに釘付けだ。
そうして俺達はマリーだけを廊下に残し、大統領たちの後について歩き出したのだった──。
◆◆◆◆◆
そうして通されたのは中々に──……ってぇよりは、かなり立派で大きな部屋だった。
クリーム色の壁に、大理石(だろう、たぶん)のマントルピース。
壁に掛かってる絵は落ち着きのある風景画で、その額縁にすら草花をモチーフにした彫物がされている。
部屋の中央にはシックな色味のダークブラウンのドでかい長方形の木製テーブル。
それに合わせた座り心地の良さそうな椅子。
部屋の明かりはシャンデリア……ってぇ訳ではなさそうだが、リンドウの花を三つ、逆さに吊るした様な形の、温かみのあるオレンジ色の電気がいくつか天井から下がって部屋を照らしている。
絨毯はクラシックな雰囲気のモスグリーン。
金はかかってるが、そういう風を見せつけない、豪華だが派手じゃねぇ、そういう部屋だった。
こーゆー場には本気で縁のねぇこの俺でも、ここがただの部屋じゃねぇ事はひしひしと伝わってくる。
単に客人にリラックスしてもらう部屋でもなけりゃあ、堅苦しい内輪会議をする部屋でもねぇ。
外からの大事なお客様、《国賓》を招いて重要な会議や会談をする間──そんな感じだ。
レイジスと大統領、そしてミーシャが席につき、その後で外交官たちやジュードが各々の席につく。