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ま、俺も美味い飯食いながら大統領と談笑して、機嫌がいいのは同じだったが。
さて、その大統領との話って言やぁ、本当にたわいもねぇ事ばかりだ。
マリーも一緒に食事を取りゃあいいのに、父と料理を囲むのが嫌なんだろうか、なんていう大統領の嘆きのような愚痴のようなもんから、こないだの会議の後、大統領がゴルドーと対した時の話、それからいくらも日が経たねぇ内に俺が見事賞金首を脱却した事まで。
「それにしても、一億もの借金をあれほど短期間で完済するとは大したものだ。
さすがはリッシュくん、やはり才覚があるのだな」
そう言ってこっちも上機嫌で笑う大統領に、俺が視線を横に逸らしつつ「はは……は、」と乾いた笑いを漏らしたのは言うまでもねぇ。
こんだけ俺の事を褒めちぎってくれてる大統領に「実はあれ、カジノで大勝ちした金で借金返済したんだ」なんて真実を言える訳ねぇしな。
まぁ何にせよ、そんな調子で談笑する事しばらく、大統領が「そうそう」と思い出した様に口にしたのは、食事もまだ半ば頃の事だった。
「マリーから話が届いたかもしれないが。
先日ノワール王から私の元に直接の電話がかかって来てね。
君が以前言っていた通り、国境警備が厳しくなった事に対して、何か理由でもあるのか、とまぁそんな内容だった」
その内容の深刻さとは裏腹に、大統領の口の端はいかにも満足そうに上がっている。
マリーが『ご満悦』つってたまさにそのまんまの表情ってな感じだ。
俺も「ああ、」と半分笑いながらそいつに返す。
「聞いたよ。
つっても、簡単にだけど。
その様子だと、いい話が出来たみたいだな」
言うと、大統領はご満悦の顔もそのままに、クククと笑って先を続けた。
「ああ、もちろん。
せっかくだからこちらも色々と向こうに話させてもらったよ。
トルス国内で数々発生している人拐い事件の事、それらの犯人達や拐われた人々が国境を越えてノワールに流れた可能性が高いという事までね。
ついでだからノワール王にも国内でそういう不審な者がいないかどうか調べて頂きたいと依頼もしてみた。
これからどうなるか見物だな」
そう言って、至って楽しそうに笑う。
つーか見物って……。
完全に楽しんでんじゃねぇか。
『緋の王』相手に恐ろしいやら頼もしいやらだぜ。
って、まぁそれはいいとして。
俺は──ちょっと考えながら「そーいえば、」と何の気もない風を装い、大統領に話しかける。
さり気なく、手にしていたフォークも皿の上で休めた。
そうしてちょっとだけ眉を寄せ、大統領の顔を見る。
「この人拐い事件ってさ、トルスだけでしか起こっちゃいねぇのかな?
ほら、ノワールと国境を接してる国は他にもあるだろ?
トルスから南東に位置するヴィステロ国とか──それに、北西のサランディールも。
特にサランディールなんてトルスよりノワールとの接地面積広いしさ。
向こうでも似たような事件、実は起こってたりとかしねぇのかな〜?って」
ごくごくさり気なく、サランディールの事を話題に乗せて言ってみる。
大統領は難しい顔で「うむ……」と唸った。
「今のところ、そういった話は聞かないが……。
なるほど、確かに可能性はあるな……」
考える様にして、大統領が言う。
俺は、話がサランディールからうっかり離れちまう前に、続けて口を開く。
「そうそう、サランディールって言やぁさ、今は元・宰相が国を治めてるんだっけ?
そっちもノワールほどじゃねぇけど、あんまいい噂聞かねぇよな。
一年前の内乱?
あれ起こしたのも実はその宰相とやらなんだって、もっぱらの噂だぜ?」
さりげなさを装いつつ言う──と、大統領が小さく片眉を上げたのが俺の目にはっきりと映った。
眉を潜める、とまではいかねぇが、話の流れを計りかねるって感じだ。
んな噂がある事がノワール人拐いの件に何か関係あんのかどーかって聞かれりゃ、そりゃあねぇのに決まってる。
なのに急にそんな話題を打ち出されりゃあそーゆー反応にもなるだろうぜ。
我ながら苦しい話の持って行きようだったな、と思いつつも……俺は覚悟を決めて、居ずまいを正した。
きっと無意識なのに違いねぇ、犬カバも、俺につられるようにしゃんと座り直すのが目の端に見えた。
俺は真っ直ぐ大統領を見つめ、
「──大統領、」
重たく、呼びかける。
大統領がほんのわずかに片眉を上げたまま俺を見る。
俺は怯まず続けた。
「少し──大事な話をしてぇんだけど」
◆◆◆◆◆
温かな雰囲気の食卓に、しんと静かな間が流れる。
大統領が人払いをしてくれたから部屋には今、大統領と俺、それに犬カバの三人しかいねぇ。
先に──……「それで、」とゆっくりと重たく声を投げたのは、大統領だ。
「大事な話というのは?」
問いかけてくる。
俺は短く息を吸って、どんな風に話を切り出すべきかどーかと頭を巡らせかけて──……そーして結局は真っ向勝負、小細工なしに話をする事に決めた。
理由ってぇ理由があった訳じゃねぇが……そうした方がいいって、思ったからだ。
俺は、気合を入れる様に吸った息を吐いて、真っ直ぐ大統領に向かって口を開く。
「──実はこの頃、サランディールの第二王子、レイジスと知り合う事になったんだ」
そのものズバリ、至って真剣にそう告げると、大統領の目に思ってもみなかった事を聞かされた驚きが広がっていく。
その驚きをよそに俺は続けた。
「あの内乱の日、王族は皆殺されたってぇ話だったが、どーやらレイジスは秘密の抜け道を使って城の外に出て、そのまま亡命してたらしい。
その名を語ったニセモンじゃねぇ事は、サランディール王家でアルフォンソ王子の護衛騎士をしていた男がしっかりと証明してくれてる。
大統領とレイジスとは面識があるんだろ?
顔を見てもらえりゃあ、本物かどうか、大統領にも分かると思う」
言った先で大統領が、驚きもそのままに息を止め、俺の顔をまじまじと見る。
俺は──この話で最も重要な部分を、口にする。
「それで── 一つ大統領に聞きてぇんだけど。
例えばもしレイジスが、不当に奪われた自分の国を取り戻してぇ、そのためにトルスに力を貸してもらいてぇとなったら──……トルスとしては、どうなんだ?」
レイジスの力になってくれるのか、否か。
じっと真摯に、大統領の答えを待つ。
大統領も難しい表情で俺を見つめる。
しん、とした空気が辺りに流れた。
しばらくの沈黙の後──大統領がゆっくりと、責任感のある言葉で口を開く。
「実際に話を進めてみん限り何とも言い難い所ではあるが……。
王子からの直接の要請があれば、もちろんトルスとしても力をお貸しする事は可能だと思う」
言ってくる。
俺はそいつに思わずパッと表情を明るくした。
大統領がちょっとだけ困った様に笑みを見せる。
そーして「ただし、」とキリリと厳しく念を押す。
「全ては実際に王子とお会いしてみてからの話だ。
君を疑う訳ではないが、本当にサランディールのレイジス王子なのか確かめる必要もあるしな。
遅くとも明日の夜までには直接お会い出来る手筈を整える事が可能だと思うが、王子の方ではどうかな?」
「あっ、ああ、大丈夫だ!」
思わずぐっと密かに拳を握り締め言うと、大統領が うむ、と一つ頷いて、そーして最初のリラックスした笑みに戻った。
それから「それにしても」とわざと文句混じりの口調で小さく愚痴を零す。
「マリーにも困ったものだ。
私に隠れてこんな企みをするとは。
せっかく君が来ているというのにわざわざ自分だけこの食事の席を外れたのも、君にこの話を持ち出させやすくさせる為だろう?」
すっかり見抜かれちまってる。
大統領は笑った。
「まぁ、せっかくの機会だ。
たまには男同士、のんびりと食事の続きを楽しもうじゃないか」
大統領の朗らかな笑みに、俺も「ああ」と頷いて──……そーして俺は、俺個人として、“もう一つの本題“を口にする。
「けどその前に、俺からもう一つ大統領に頼みてぇ事があるんだけど」
俺の頼みに──大統領は興味深そうな眼差しを向けてきたのだった。