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──そこは暗闇の中、だった。


俺は一人、暗闇の中に立ち尽くしている。


音も、何もない。


一歩、足を踏み出してみると、そこはずっと以前ダルクやヘイデンたちが飛行船造りの作業をしていた、あの広い草原になった。


輝く様な青空。


ささやかな風に揺れる柔らかい草。


そして──その中に一つ、大きな存在感を持って置かれている、ダルクの飛行船。


すぐに、こいつは夢だ、と分かった。


柔らかな陽の光に当てられて、飛行船が輝いている。


いつまでも見てられる……そんな風景だ。


近づくとその夢が終わっちまう様な気がして……俺は、その草原の中でも立ち尽くしていた。


そんな中──。


ぽん、と後ろから、俺の頭の上に何者かの手が置かれる。


大きな手だった。


夢の中なんだからそんなもん感じるはずもねぇのに、その手は温かく──そして何故かほっとするよーな手、だった。


ダルクの手だ。


そう思って後ろを振り返る。


するとそこに──ガキの頃、嫌ってほど毎日見ていた、懐かしいダルクの姿があった。


いつも夢ん中じゃ、そのニッと笑った口元くらいしか拝めやしねぇのに……今回はどーゆう訳か、ちゃんと頭の先から足の先まで、全部しっかりと見える。


「……ずーっと気になってたんだけどよ。

ダル……お前、ユーレーのクセに足あんのかよ?」


思わず、そんなどーでもいい事を突っ込んじまう。


だがダルはそいつには何の反応もしなかった。


ただどーしてなのか優しく微笑んで──それだけ、だ。


まるでフツーとは全く違う時間軸にいる様な、不思議な感覚だった。


ダルクは、何も言わねぇ。


優しく……真っ直ぐな眼差しで俺を見つめる。


何の声も発しやしねぇのに……その真っ直ぐな眼差しが何を思ってんのか、何を言いてぇのか……不思議と感覚で分かった様な気がした。


ジュードの事を、よろしく頼むって。


そいつを伝えにきたみてぇだ。


まったく……死んじまってまでわざわざ んな事を俺に伝えにくるなんてさ、どんだけジュードの事心配してんだよ。


思いながらも……俺はふっと笑って、そいつに答える。


「……分かったよ、ダル。

大丈夫だから。

心配すんな」


夢の中の俺は、ニッと笑って──ダルクを安心させる様に、そう口にする。


ダルクが柔らかにそっと微笑んだ。


俺もつられる様にそいつに笑う。


何とも言えず温かい気持ちでその夢の中に浸っていると──ダルクがふいに俺の頭から手を離し、困った様な顔をした。


「?

何だよ?」


思わず訝しみながら問う中……ダルクがちょいちょいと地面を指差す。


『……ちるぞ』


何か、言葉を言っている。


「あぁ?」


よく聞き取れず……思わず俺は自分の片耳に手を当ててダルクの声を拾おうと前へ一歩踏み出す……と……。


『……落ちるぞ!』


はっきり、ダルクの声が脳ミソに響き渡った──とたん。


バッターン!!と激しい音を立て──……俺は寝ていたベッドの上から、仰向けに床に落っこちた。


「〜〜っつぅ……!!」


目の前がチカチカする。


頭から背中からあちこち痛てぇ。


くぅぅぅ……っ!


“落ちる“って、ベッドの上からって事かよ……!!


「ク……クヒヒ?」


ベッドの上から犬カバの声が、そしてもう一人、


「だ……大丈夫か……?」


ジュードがギョッとした様に、少し離れたところから声をかけてくる。


俺は目を細めてまずは犬カバの顔を、続けてジュードの顔を見る。


窓から差し込む光が、どーも昼に近い時間になっちまってる事を告げている。


俺はそのままぼんやりジュードの顔を眺めた。


ジュードが……俺の視線にだろう、戸惑った様に


「な……何だ……?」


そう問いかけてきた。


俺は一つゆっくり息をついて、


「何でもねー」


とだけ呟いたのだった。



◆◆◆◆◆



その日の午後は、ひたすらにヒマだった。


いつものとーり遅めの朝食(それとも昼食か?)を取ってのんびりしても、大統領やマリーとの約束の時間までにゃあまだ有り余る程の時間がある。


同じくヒマ人のジュードにでも、また剣術指南でも頼めばいいんだろーが……。


元より今日はひでぇ筋肉痛だし、そもそも大統領との会談前に んな激しい運動をしたくもねぇ。


ここは気分転換にミーシャでも誘って散歩がてらゆっくりデートを楽しむってのがいいんじゃねぇかな。


『サランディールのミーシャ姫』の顔を知ってるやつがいるかもしれねぇ官邸付近や、外交官が立ち寄りそーな場所さえ避けりゃあ特に問題もねぇだろーし。


そもそも『ミーシャ姫』の顔を知ってるからって、それですれ違い様に男装姿のミーシャと同一人物だって見破れる人間がいるのかどーかは疑問だ。


ラビーンやクアン、ギルドの男冒険者達にも邪魔されずミーシャとデート……なぁんていつものあの街じゃちょっと出来ねぇし。


気分転換にもなるしさ。


……まぁ一つ残念な事に、


「キュッ」


いつもどーりに空気を読まねぇ犬カバはついて来る気満々だからよ、『二人でデート』って言えるかどーかはビミョーなとこだが。


思いつつも……俺はそれでもちょっと心を躍らせながらコンコン、とミーシャのいる部屋の戸を軽くノックする。


「──ダル?

今から犬カバと散歩でもしに行こーと思ってんだけどよ、一緒に行かねーか?

ちょっとした気晴らしにもなるしよ」


ごくごく軽〜い気持ちで誘ってみる……が。


「〜……いっ、忙しいからやめておく」


ドア越しに……一瞬でそんなお断りの言葉が返ってくる。


その、ちょっと慌てたよーな声音に。


俺は思わず訝しんで片眉を上げた。


ただ宿ん中にいるだけだってのに『忙しい』って。


しかもだぜ?


この慌てきった口調……。


な〜んか料理で失敗した時とおんなじよーな慌てっぷり、なんだよな。


まぁ、部屋の中にはコンロも包丁もねぇだろうから『料理で失敗』説はもちろん外れだろーが……。


「おい、ダル?大丈夫か?

何かあったか?」


若干の不安を拭えず問いかける……が、ミーシャの答えは「何でもない。大丈夫だ」の二言だけだ。


俺は思わず足元の犬カバと顔を見合わせた。


ちょっとの間を置いて……犬カバも俺と同じく『何かある』と踏んだんだろう、ドアの向こうに向かって「クヒ?クヒヒ?」と問いかける。


が、ミーシャはそれにもちゃんとは答えなかった。


「本当に、大丈夫だから。

二人で散歩を楽しんできてくれ」


言ってくる。


……まぁ。


こんだけ『大丈夫』を連発してるくらいだし、たぶん、大丈夫なんだろう。


ここにゃあ両隣の部屋にレイジスとジュードもいるし、なんかありゃすぐにちゃんと駆けつけてもくれるハズだ。


どーにも腑に落ちねぇが……。


俺はそれでも「分かった」と答えて──仕方なく犬カバと二人、街を散歩する事になったのだった。

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