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◆◆◆◆◆


部屋に戻ると、そこを出る前と同じ様にベッドの端に腰掛けたままの体勢のジュードの姿があった。


俺が戻ったのに気がつくとこっちに顔を向けてきたんで、俺は軽く肩をすくめてジュードと向かい合う形でもう一つのベッドの端に腰掛ける。


「電話、マリーからだったぜ。

今日は大統領の予定が取れなくなっちまったから、明日の夕食時に会うって事になった。

まぁそん時になってみなけりゃ分からねぇけど……。

もし話せそうだってなったら、レイジスの事、明日にでも大統領に話す事になると思うぜ」


言うと──ジュードが「……ああ、」とだけ返してくる。


難しい顔だ。


まぁ、ジュードからしたら複雑な事極まりねぇよな。


もし大統領がレイジスのサランディール奪還に協力してくれるってなりゃあ、事は一気に動き出す。


しかもその敵側には──もしかしたら自分の主人(アルフォンソ)がいるかもしれねぇんだからよ。


てくてくとのんきに歩いてきた犬カバが、俺の横にびょ〜んとジャンプして乗り込み、そのままふかふかのベッドの上にくるんと丸まった。


その重みを左側に感じながら……俺は言う。


「ま、悪い様にはしねぇつもりだ。

レイジスにとってもジュード(お前)にとっても……それに……もし生きてたんなら、だが、アルフォンソにとっても」


その誰か一人でも“悪い様“になっちまったら、例えどんな理由があろうとミーシャが悲しむからな。


もちろん俺も目覚めが悪ぃ。


そう思いつつ言った先で、ジュードは変わらず難しい顔のままだ。


俺は──ふと天井を目だけで見つめて……そーしてしばらくの後、ジュードに目を戻した。


そーしてニヤリと笑ってみせる。


「ところでジュード。

お前、サランディールにいた時はちゃんと騎士やってたんだよな?

どーせヒマだろ?

剣の稽古がてら、俺と手合わせしてくれよ」


言うと……ジュードがいかにも怪訝そうに、俺を見たのだった。



◆◆◆◆◆



数十分後──。


俺はゼェ、ゼェ、と今にも死にそうな息をつきながら、


「ちょっ……待った……」


へろへろと片手を上げ、そのまま近くのベンチに崩折(くずお)れる様に寄りかかって地面に座り込んだ。


対するジュードの方は息一つ上がっちゃいねぇ。


剣の稽古がてら手合わせ、なぁんて息巻いてみたが、実際は十数分でこのザマだ。


寄りかかったベンチの上で犬カバが呆れたように「クヒー」と溜息とも呆れ声ともつかねぇ声を上げる。


くぅぅ……。


しょーがねぇだろ、相手は元騎士だぜ?


ガキの頃から(たぶん)剣の修行に明け暮れてたよーな奴だ。


対するこっちはよ、ついこないだ剣術を学び始めたばかりのド素人だぜ?


そりゃこんだけ力の差があってトーゼンだろ。


言ってやりてぇ事は山ほどあるが、へろっへろに疲れ過ぎちまって声が出ねぇ……。


と──ジュードがスッと剣を鞘に戻し、稽古(手合わせ……?)に片をつける。


どーやら向こうにとっちゃあ稽古や手合わせどころか軽い準備運動にもならなかったらしい。


こっちは んなにへろへろだってぇのに、憎ったらしい程平然とした顔してやがる……。


けど、まぁ……。


ジュードもちったぁいい気分転換くらいにはなっただろ。


俺はこんなにボロッボロのへろっへろだけど。


思いつつも、上がった息を整える。


ちょっとの間を置いて、ジュードがその横に腰を下ろした。


その表情には、とりあえずついさっきまでみてぇな思い詰めたよーな深刻さはねぇ。


だが俺の息がよーやく整い始めたのを待って……ジュードは「そういえば、」とふとした感じで口を開く。


「ミ……。

……ダルク様、の言っていた、ハント卿のサランディールでの知り合いとは、どんな人物なんだ?」


あくまで、そっから思考を移す事は出来ねぇらしい。


それに危うくミーシャの名をフツーに出すところだ。


これでジュードがめちゃくちゃ頭の切れる、ウソや演技の上手い奴だってんなら俺だって話をすんのにもっと慎重にもなるが、このジュードはよぉ。


頭が切れねぇとは言わねぇけど、とにかく人を欺く為の演技に関してはもうどーしよーもねぇ程下手くそだ。


だからこそ秘密を抱えたまま、しかもそいつをちゃんと話さねぇばっかりにレイジスの兄貴や、一時はこの俺もジュードの事を疑うハメになった。


だからこの問いかけも、別にそいつを知ってどうこうしようなんて意図はこれっぽっちもなく、ごくごくフツーに聞いただけの問いかけだ。


考えるまでもなくすぐそう判断して、俺はちょっと肩をすくめてみせた。


「あ〜……そーいやお前、あん時マリーを送ってってたんでいなかったんだっけ。

何か俺もよく知らねぇんだけどさ。

ガイアスとかいう名前のおっさんらしいぜ。

ミーシャもレイジスも、その名前聞いてめちゃめちゃ驚いてたよ。

サランディールじゃちょっとした有名人なんだって?

何か英雄とか呼ばれてるみてーな事言ってたけど……」


言いかけた俺に、


「まさか……クライン卿か……?

ガイアス・クライン卿……」


ジュードが──こないだのミーシャやレイジスと同じ様に驚き混じりの声をかけてくる。


俺はそいつに「あ〜、それそれ!」と大した感動もなく答えた。


ジュードが……それに言葉をなくしたように目を見張るのに、俺は思わず訝しみつつ言葉を続ける。


「っつーか、何だよ、そのガイアスとか言うおっさん、そんなに有名なのか?」


問いかけた先でジュードが「当たり前だ……」とすぐに返してくる。


「……サランディールにその名を知らぬ者はいない。

騎士の中の騎士と呼ばれたお方だ」


「……騎士の中の騎士?」


訝しみながらも、問いかける。


ジュードは「ああ……」と重く、頷いた。


「……三十年以上前、サランディールはノワールからの侵略にあった事があったそうだ。

かなりの劣勢で、当時それに相対していた騎士団の者達も、それらを束ねる騎士団長もノワール軍に敗れ……。

『もう終わりだ』と誰もが思ったその時、当時齢十八にしかならなかったある一人の騎士が生き残った騎士達を束ね、ノワールを打ち負かし、国と領土……そして多くの国民を救った。

その騎士が、ガイアス・クライン卿だ。

随分前に引退されているが……そうか……あの方が……」


一人、考えに沈んでいく様に──ジュードの声に、複雑なもんが混じる。


たぶん──そいつともしかしたら相対する事になるかもしれないアルフォンソの事を思ったんだろう。


俺はガイアスなんておっさんの事は知らねぇが……ジュードの言った『ノワールのサランディール侵略戦争』については、ちっとは聞いた事がある。


確かノワールはそん時このトルスの国も侵略して、一部はノワール国の領地になっちまってたはずだ。


元々は縦に伸びる楕円形みてぇな形をしてたらしいこのトルスの国が今は雫みてぇな形をしてるのは、そのノワールの侵略に遭ったせいだ。


つまり、トルス国の上部が右からノワールに削られて、雫型になっちまったって訳だが。


そしてその雫の上部では、サランディールとノワールで左右を国境で分けている。


サランディールがノワールを追っ払ったからトルスは今の国の形のまま残ってるが、そうでなけりゃあ今ごろトルス国はなくなってたか、もしくは潰れた饅頭みてぇな地形になってちまってたかもしんねぇな。


けどまぁ……と俺はちょっと肩をすくめてみせた。


そんな話は今回の件に何ら関係ねぇし、そもそももうそいつ自体、三十年以上も前の話だろ?


ガイアスとかいうおっさんも、昔は十八とかで若くて立派だったかもしれねぇが、今じゃ若くてももう四十八だ。


皆は『英雄ガイアス』の名前に期待してるけどよ、騎士も引退しちまってる『元英雄』がどこまで俺らの力になってくれんのかってのはビミョーな所、だよな。


考えつつも、俺は両膝に手を置いて立ち上がり、「ま、そーゆー事らしい」と話を終えつつ、ベンチに腰掛けたままのジュードを見下ろす。


「っつー訳でさ。

今色々考えてたってどうしようもねぇ。

ほら、もう一本。

考え事してる暇があんなら稽古の続き、頼むよ」


言うと、


「大丈夫なのか?」


うっすらと疑い混じりに──ジュードが返してくる。


ここで言う『大丈夫』は、どーやらこの俺の体力の方らしい。


俺は「ヨユーだぜ」と簡単に返して一人、稽古の体勢に入る。


ジュードは……疑い混じりの目のまま、それでも仕方なくってな感じで重たい腰を上げたのだった──。


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