15
「まだ第二王子と王女がいるはずだ!
逃すな!確実に捕らえて始末しろ!!」
『王座の間』の外から、誰かの怒鳴り声が聞こえる。
ジュードと同様、アルフォンソの耳にもその声は届いたらしかった。
「──こんなところで油を売っていていいのか?ジュード。
レイジスは自力でどうにかするだろうが、ミーシャは放っておけば殺されるぞ」
さらりと、そんな事を口にする。
ジュードの中に、沸騰する様な怒りにも似た“何か“が湧き上がった。
そう仕向けているのは、あなたではないのか。
何が目的でこんな事を引き起こしたのか。
大きく声を上げて糾弾したかったが、そんな猶予がない事は分かっていた。
ジュードは最後に──アルフォンソの無機質なその薄紫の目を見る。
だがその目からはどんな意思も感情も、掬い取る事は出来なかった。
そうして全てを断ち切る様にその場から身を翻し──ジュードは一人、王座の間を飛び出したのだった──。
◆◆◆◆◆
「それから──俺はミーシャ姫を地下通路へ逃がし、再び王座の間へ戻ろうとしたが──……火の回りが激しく、出来なかった。
レイジス様を見つけ出すことも叶わず、俺はそのまま追われる様に城を脱した。
それが──……あの日俺に起こった事の全てだ」
ジュードがゆっくりと重く、そう話を終える。
俺は──ジュードのとんでもねぇ告白に、頭の先から足の先までを雷で打たれちまった様な衝撃を受けていた。
側で話を聞いてた犬カバもたぶん同じだ。
辺りにしぃんとした重い空気が流れる。
俺はやっとの事で息を飲み込んで「ちょっ……。待ってくれよ」と声を上げた。
「じゃああの内乱の首謀者は、宰相セルジオじゃなくてアルフォンソだったってぇのか……?
冗談だろ」
言うとジュードが「俺がこんな冗談を言うと思うか」と妙に説得力のある言葉で返してくる。
俺は思わず口をへの字に曲げて「そりゃ、思わねぇけど」と返す事しか出来なかった。
この根っから真面目くさったジュードが、よりにもよって んなタチの悪ぃ冗談を言って見せるなんて、それこそあり得ねぇ。
嘘でも冗談なんかでもねぇ。
そいつがジュードの見た『真実』だったからこそ、ジュードはこれまで誰にも……レイジスやミーシャにさえもこの事を告げられずにずっと一人、苦しんでたんだろうしな。
だけど、だ。
「……けど、それだと色々おかしくねぇか?
今サランディールを乗っ取って支配してんのは、アルフォンソじゃなくて宰相のセルジオなんだろ?
王と王妃を殺して……アルフォンソはその後どーなってんだよ?
噂じゃ内乱で死んだって話だったけど……。
っつーかそもそもアルフォンソにゃ内乱を起こす理由も、王や王妃を殺さなきゃならねぇ理由もねぇんじゃねぇのか?」
黙って大人しくしてりゃあ、いずれは王になって、サランディールを支配出来る立場にあったはずだ。
それなのに内乱なんか起こして挙げ句の果てに失敗でもしてみろよ、それこそ王位継承権とか何やら剥奪されて、悪けりゃ投獄されるか処刑だろ?
そのリスクを取ってもアルフォンソに内乱を引き起こす理由なんて、あるかよ?
問いかけた俺に、ジュードは「分からない」とただ頭を垂れて答えた。
「少なくとも俺の知る限り、アルフォンソ様に内乱を起こす理由などなかったはずだ。
王と王妃との関係も良好だった。
次の王はアルフォンソ様だと、誰もが欠片の疑いもなく、そう思っていた」
「──……ああ」
きっと、ジュードがそう言うなら、本当にそうだったんだろう。
ミーシャやレイジスだって、アルフォンソがあの内乱に関わってたかもなんてこれっぽっちも気づいちゃいなさそうだったしな。
……まぁ、アルフォンソはあの内乱で死んだって話だったし、余計に疑いを向ける事もなかったんだろうが。
ジュードは「それに、」と話を続ける。
「あの時……あの方には微かに“違和感”を感じた」
「……違和感……?」
訝しみながら問いかけると……ジュードが、言うのを躊躇うようにしながらも、それでも告げてくる。
感情を失くしちまったかの様な無機質な目と、声。
アルフォンソであって、アルフォンソじゃねぇような。
レイジスやミーシャを死の危機に直面させておきながら、ミーシャを助けに行かなくていいのかと促す様な声をかけてきた事。
俺からすりゃあ、その『感情のねぇ無機質さ』こそがアルフォンソの本性だったって事だろ、ミーシャの事も単に面倒くさくなりそーなジュードを追い払う為の口上だったんだろ、ってな感じなんだが。
どーもそーゆう事じゃないらしい。
ただ、ジュード自身にもその違和感をきっちりこうこうこうだと説明する事は出来ねぇみてぇだったが……。
何にしろ……今考えなきゃならねぇのは、んな事じゃねぇ。
俺は「それで、」と話の本題に触れる。
「これからどーするつもりだよ?
このまま行きゃあ、レイジスの兄貴はフツーにサランディール奪還に向けて動き出すぜ?
もしアルフォンソが生きてて……その、セルジオとかいう宰相のバックについてるんだとしたら……」
正直な所、内乱を起こした張本人が何の覇権も握らず、内外に自分は死んだと思わせて代わりに宰相を表に出して好き放題させる……。
そんな異様な事があり得るのか、その辺は疑問だ。
それよか内乱に成功したはずの首謀者がその後宰相に討ち取られ、国を奪われちまったんだと考える方が自然じゃねぇか。
けどもし──……。
もし万が一、前者が『正解』だった場合……。
その時俺達は──……いや、ジュードはどうするつもりなのか。
アルフォンソと対峙する事になってもレイジスの側について、自分の元主君を討つつもりがあるのかどうか。
問いかけるつもりで聞いた言葉に、ジュードは厳しい顔のまま無言を貫く。
ジュードは、どっちとも答えねぇ。
迷ってんのか、『答え』は決まっているが言わねぇだけなのか、俺には判断出来ねぇが……。
一つだけ、ハッキリしてる事がある。
「……どっちにしろ、このままじゃダメだ。
まず、真実を明らかにしねぇと。
アルフォンソが今生きてんのか、死んでんのか。
今サランディールを牛耳ってんのは本当に宰相セルジオなのか、それとも実はそいつを影で操るアルフォンソなのか。
何で内乱を起こす理由のねぇアルフォンソがその首謀者を買って出たのか。
全部明らかにしてからじゃねぇと、俺もお前も先に進めねぇ」
「俺もお前も……?」
ジュードが戸惑い混じりに行ってくんのに、俺は若干ムッとしながら自分とジュードを指差す。
「お前が巻き込んだんだぜ?
知らなきゃ俺はな〜んも考えずにただレイジスの兄貴をサランディールまで乗せてくだけだったのによ。
おかげで俺まで余計な秘密を抱えて頭使わなきゃならねぇ」
半分文句混じり、もう半分は笑いながら言ってやると……。
ジュードが一瞬ぽかんとして目を瞬いた。
俺は促す様に口の端を上げて笑う。
ジュードが……その意図に気がついて、一つ息をついてほんの微かに笑んだ。
「それは……悪い事をしたな」
「まったくだぜ」
冗談っけたっぷりに返してやると、ジュードが「だが……」と再び暗い顔になる。
「どうするつもりだ。
そんなもの、知れるならとっくに探っている」
言われて……俺はくるりと目を回して一つ考える。
フツーにやったんじゃ、もちろん真実は知れねぇ。
だが、フツーじゃない手なら……?
俺は……ちょいとそこに心当たりを探して口を開く。
「……方法が二つある。
まぁ、メドがついたらお前にも真っ先に知らせてやるから任せとけ」
言った言葉に──ジュードと、それに俺のすぐ横で俺を見上げる犬カバが訝しげに俺を見つめたのだった──。