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ダルが苦笑して言う。
「申し出はありがたいが、またゴルドーに見つかっては大変だろう。
それに、自分の仕事くらい自分で見つけて決めなければ、ギルドの冒険者としては情けない」
ダルが言うと、ラビーンとクアンが感心したようにほ~っと唸る。
俺は半分はそんな3人の会話をてきとーに聞き流しながら、黙々と運ばれてきた料理を食べ始めた。
そうしながら──ふと、頭に今朝の夢での風景が浮かぶ。
暗くて長い廊下──
たった一人で道を進んでいく恐怖と不安──
それに──
「──アさん………リアさん」
穏やかに話しかけられた言葉に、俺はハッとして顔を上げる。
目の前のカウンターの向こうには、いつの間にかある見知った姿があった。
このカフェの店長である、じーさんだ。
「───……え?」
突然の事に、驚いてじーさんを見る……と、じーさんが少し心配になったように俺を見る。
そーして俺とちゃんと目があったのを確認して、穏やかに笑ってみせた。
「昨日はありがとうございました。
もう報酬は受け取られたようですね」
言ってくるのに、俺はぽかんとしたままダルへ顔を向けた。
ダルがこっちも心配そうに俺を見て言う。
「今、報酬をきちんと頂いた事を話していたんだ。
カフェのチケットもありがたく使わせていただくと。
……大丈夫か?また顔色が悪いぞ」
言ってくる。
俺は、ぼんやりしたまま「あっ、ああ……」と言いかけて、「ええ、大丈夫よ」と言い直した。
ラビーンとクアンまで俺の方を見て心配そうに声をかけてくる。
「まだこないだまでの体調不良が残ってるんじゃねぇか?
やっぱりもうしばらく休んだ方が……」
「そうだよ、リアちゃん。
リアちゃんには頼れる弟がいるわけだしさぁ」
言ってくる。
じーさんもやっぱりどこか心配そうにこっちを見ていた。
……そんなに顔色悪ぃのか?
自分でも良くわかんねぇまま思う。
まぁ、確かについこないだまで犬カバの屁にやられて寝込んじゃいたが、そいつが影響してるとは思えねぇ。
俺は静かに頭を振って今朝の夢の記憶を頭から追い出した。
「リア、たいちょー悪いのか?」
いつの間に来たのか、さっきまで犬カバの方へ行っていたリュートが横にやって来て言う。
その、手のひらと服の正面が、黒く汚れている。
まるで墨か絵の具をくっつけてきたような………と、考えかけて。
俺はあることに思い至ってゲッと顔をひきつらせてその場で立ち上がった。
さっきまで汚れの一つもなかったリュートが んなに黒い色まみれになってる、理由は一つしかねぇ。
犬カバを抱くかなんかして、奴につけてた色が落ちちまったんだ。
「~リュート、その手と服は一体どうした?」
調理場からちょっとだけ顔を出そうとしたロイがギョッとした様に言う中、リュートが何の事かとばかり頭を斜めにこてんと傾ける。
だがそいつに構ってるヒマはねぇ。
俺は慌てて待合室にいるはずの犬カバの元へ駆けつけることにした。
──と、
「~なにあれ?へんな毛並み………」
どっかのねーちゃんが彼氏と共に犬カバを離れた所から指差して眉をひそめている。
見りゃあ犬カバの毛並みは、色を塗った黒い部分があちこち取れちまって、ヘンな風に元のピンクが出ている。
俺はバッと素早く犬カバを抱え込むと、ねーちゃんと彼氏に見えねぇようにしながらニコッと笑ってごまかした。
いや、たぶん全くごまかせてねぇけど。
「あっ、はは……。
どこでペンキを被っちゃったのかしら。ヘンなピンクがついてるわ~。
じゃあ私たちこれで失礼しまぁ~す!」
犬カバを抱え込んだままカフェを出ていこうとすると、後ろからダルが「リア!」と呼びかけてくる。
俺はそいつを振り返りもせずに声をあげた。
「やっぱり私、体調悪いみたいだから一旦家に帰るわ!
犬カバちゃんは連れて帰るから!」
言いながらカフェを出る中、ダルが「リア!」と再び呼ぶ。
が、俺は全く耳を傾けず、そのまま走って家に帰ったのだった──。