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『ダルクの仇は俺が取る』
ゴルドーがこの俺を引き取ろうって時に言ったあの言葉──そいつの事だってな。
ゴルドーが俺を──あの当時と同じ目で真っ向から見る。
「──落とし前は必ずつける。
だがその前にてめぇがおっ死んじまったら、見届ける野郎がいねぇだろーが。
てめぇが飛行船を墜落させたりしねぇ様、この俺様がしっかりサポートしてやる。
断る理由はねぇ……だろ?」
最後にはニヤリと笑った悪人面でゴルドーは言う。
俺はブスッとしたまま目を細めて軽く天井を仰ぎ……そーして首を垂れて頭を掻く。
はぁっと思い切り、息をついた。
この場にいるみんなの視線が俺に向くのを感じながら──……俺は仕方なしにもう一つ息をついて、心を決めた。
そーしてゴルドーからレイジスへ顔を向けて、言う。
「……悪ぃけどレイジス。
サランディールへの道のりにゃ、このゴルドーを副操縦士につけるよ。
さっきヘイデンも言ってたけど、こいつはダルクと一緒に飛行船を造ってた仲間なんだ。
飛行船の事や……空を飛ぶ為の、ありとあらゆることに精通してる。
乗員数的にもいっぱいにゃあなっちまうが……確実に安全に運行する為に必要な人員だと思ってる。
見てのとーり礼儀も愛想もからっきしねぇし、ワーワーギャーギャーうるせぇかもしんねぇけど……いいかな?」
問いかけると──レイジスがふっと笑ってみせた。
「──操縦士の意見にケチをつける程俺は阿呆ではないよ。
リッシュくんがそう言うのであれば、こちらとしてもぜひお願いしたいところだ」
言うのにゴルドーがニヤリと悪人の顔で笑った。
「どーやら交渉成立の様だな。
それで?
この報酬はどうなる?
こいつはただの遊覧じゃねぇんだろーが。
一旦事を構えれば、俺らもタダじゃ済まなくなるかもしれねぇ。
その危険を冒して助けてやろうってんだ、まさか無償だなんて言うんじゃねぇだろうーなぁ?」
言ってくるのに。
俺は思わず呆れ返ってゴルドーを見た。
この話の流れで、どこをどーしたらそーゆー品のねぇ要求が出来るってんだよ?
「あのなぁ……!」
と思わず声を上げかけた俺だったが……ククク、とレイジスがおかしそうに笑う。
そうしてゴルドーに向かった。
「もちろん、サランディールを奪還し、王位を継いだ暁には望みの報酬をご用意させて頂くつもりだ」
言う。
俺はそいつに「おいおい」と口を挟んだ。
「〜レイジス、あんま安請け合いしねぇ方がいいぜ?
そのおっさん、見かけどーりにがめつくて意地汚ねぇからよ。
そのうち城を寄越せだの、法外な要求してくるぞ」
結構本気で忠告しておいてやったんだが、レイジスは「それはさすがに困るな」と冗談でも聞かされたよーに笑っただけだった。
ゴルドーがガハハ、と珍しく陽気に(?)笑う。
どーなっても知らねぇぞ……と心の中で思いながらも……俺は「〜っと、」とヘイデン家にやってきた本来の目的を思い出し、気を取り直してヘイデンへ顔を向けた。
「〜そーいやミーシャから聞いたんだけどよ、ヘイデン、サランディールに知り合いがいるんだって?
しかもこのサランディール奪還の力になってくれっかもしんねぇ様な。
その話、詳しく聞きてぇんだけど」
言うとヘイデンが「ああ、」と真面目に頷いた──。
◆◆◆◆◆
マリーが取ったという街の宿までの道のりを、ジュードはマリーとその侍女の護衛役として、二人に付き従い歩いていた。
護衛役と言ってもさしたる事は何もしていない。
無論周囲に不穏な動きがないか、その気配には重々気をつけていたが、そういった心配はどうやらいらなさそうだった。
前を歩く女性二人はキャッキャキャッキャと楽しそうに話に花を咲かせている。
「リッシュ様が、」
「今日も素敵でしたねぇ」
話を全て聞いていた訳ではないが、概ねそんな様な内容だ。
……あの男、顔だけはいいからな。
世の女性たちが騒ぐのも無理はない事なのかもしれない。
そんな事をぼんやりと考えながら……ジュードは先程のレイジスの言葉を思い返していた。
『この後この家の主人とリッシュくん、ダルクくんと共にしなければならない重要な話し合いがあります。
護衛には、この男をお付けしましょう』
ヘイデンと、ダルク。
そしてリッシュ・カルトまでもが重要な話し合いの場に『必要』だと判断されたのに、そこにこの自分がいない。
『……お前、自分でも分かってんだろ?
レイジスの兄貴に怪しまれてるぞ』
リッシュが言った言葉は、真をついている。
おそらくレイジスは自分の事を信用してはいない。
当然だろう。
ジュードがレイジスの立場でもそうだろうと思う。
だが、どうにもしようがなかった。
リッシュが言う様に全てを正直にレイジスへ打ち明けられればどんなにかいいか──……。
いや、レイジスにでなくてもいい。
あの内乱の日の事を、自分の見た真実、その全てを誰かに打ち明ける事ができたなら──……。
この肩の荷を下ろす事が出来たなら……。
そう思うが、それだけは絶対に出来ないと思う自分がいるのだった。
だがもしこのまま事が進めばどのみち……。
陰鬱な気持ちのまま物思いに耽っていると。
「騎士様、騎士様」
ふいに──自分に声をかけられている事に気がついた。
ふと見下ろすと、マリーがにっこりと明るい笑顔を浮かべていた。
「──宿はこちらですの。
本日は重要なお話し合いがあるというのに時間を割いてここまで送って頂いて、ありがとうございました」
言われて正面を見ると、確かに一軒の宿の前だった。
……また、ぼんやりしてしまっていたのか。
ここまでの道のりに何事もなかったから良かったものの、これでは役目の半分も果たせていない。
マリーの明るい感謝の言葉にジュードは「いえ……」と一言返すので精一杯だった。
その声か──あるいはもしかしたら沈んだ表情にだろうか。
マリーがちょっと眉を寄せて……そうして小首を傾げる。
そうして「あの、」と一言声をかけてきた。
「こんな事、初対面で言うのは差し出がましい事なのかもしれないのですけど……。
でも何だか、ずっとお辛そうなお顔をされていたので。
……もし何かお困りの事やご心配事があるのなら、どなたかにご相談されてみるのも良いと思いますの。
自分一人では思いもかけなかった良い解決方法があるかもしれませんし、何より気が楽になりますわ」
言われて……ジュードは思わず目線を下へ下げた。
〜そんな事が、出来る訳がない。
胸に下ったのは、ただその強い一念だ。
どこの誰へであろうと、あの日の事を打ち明ける事など出来るはずがない。
良い解決方法など、この世に存在しない。
時を遡り、過去を変えでもしない限りは。