10
「よろしくお願いします、マリー嬢。
本来ならばあなたと侍女さんをお泊まりの宿までお送りするのが紳士の務めですが……生憎この後この家の主人とリッシュくん、ダルクくんと共にしなければならない重要な話し合いがあります。
護衛には、この男をお付けしましょう」
と、レイジスが手で指し示したのは、ジュードだった。
ジュードが──ようやく、自分が何か言われたと気がついたらしい。
「〜はっ……?」
と驚いた様にレイジスの方へ顔を上げ、了承の言葉とも問いかけともつかねぇ声を上げる。
レイジスはそいつににっこり笑ってみせた。
そーしてその微笑みのままマリーへ向けて説明する。
「この男は元はサランディールの騎士で、今は私の護衛として仕えてくれています。
無骨な男ですが剣の腕は確かですから、どうぞご安心下さい」
にこにこと爽やか〜に微笑んでレイジスが言うのに、マリーが遠慮深く「まぁ……よろしいんですの?」とちょっと申し訳なさそうにレイジスと、それに隣のジュード本人へ向けて、問う。
対するレイジスの答えはもちろん迷いがなかった。
「ええ、もちろん」
と爽やか〜な笑顔のまま、しっかりとそう返す。
ジュードにゃあ拒否権も与えられねぇ。
……まぁ、ジュードは一応レイジスに仕える立場だからよ、元々拒否権なんてあってないよーなモンなんだろーが。
マリーがレイジスの快い返答に「では、」と明るく、レイジスと、そしてジュードの方にも向けて口を開いた。
「よろしくお願いしますわ」
おっとりと明るくかけられた声に──ジュードが「……はっ」と潔く従者らしい返答をする。
「しっかりと頼んだぞ」
とは、レイジスの言葉だ。
マリーは──ほのかに赤い顔のまま皆を見渡す様にしながら
「ではごきげんよう」
と良家のお嬢様らしい上品な挨拶をし、そのままジュードと……それに部屋の外に控えていた侍女の女の子を引き連れ、帰っていった。
見送りは不要だと言うんで俺もミーシャも(ついでに犬カバも)着席したままそいつを見送ったんだが……。
マリーが退室してしばらくの後──
「── 一緒に行かなくて良かったのか?」
ミーシャが……何故かちょっとツンとした『冒険者ダルク』の口調でそう問いかけてくる。
それも、問いかけた先はレイジスじゃなくどーやらこの俺、だったらしい。
ただし俺がそっちへ目をやってもミーシャはツンとしたままこっちにゃ目線も合わせやしねぇ。
俺は──思わずぽりぽりと頭をかいて目をくるりと一つ回してみせた。
あ〜……なんか分かんねぇけど、なんか分かったよーな気もするぜ。
俺は──敢えてニンマリ笑ってミーシャの顔をひょいと覗き込む。
「……もしかして、俺がかわいー女の子に好意を持たれてっからって嫉妬してんのか?ミーシャ」
もちろん半分以上からかいまじりに言った先で、ミーシャが珍しく口をぎゅぅと尖らせて「そんな訳ないだろう」とフンッと思い切り俺から顔を背けた。
と、レイジスがそいつにくくく、と笑う。
「リッシュくん、あまり妹をいじめないでやってくれ。
ミーシャもそうツンケンするんじゃない。
リッシュくんとマリー嬢、俺は案外お似合いだと思うよ。
先程の話を聞く限り、大統領の覚えもめでたいみたいだし。
大統領の娘婿として政務補佐、なぁんてリッシュくんに合うと思うんだがなぁ。
それで俺がサランディールを取り戻した後、リアさんと結婚なんかしてしまったりしたら、サランディールとトルスに硬い友好条約も結べてしまうかもしれないし……」
と、ほんわり夢見心地でレイジスが語るのに。
ミーシャが……いつになく冷ややかな冷てぇ目でレイジスを睨む。
俺はそっからさりげな〜く目を逸らしつつ……けど、やっぱこのままじゃいけねぇなと思い直して、コホンと一つ咳払いする。
まぁリアとレイジスの結婚云々って話はひとまず傍に置いておくにしても、だ。
何をどう言われようと、ここだけは譲れねぇ。
「あ〜……レイジスの兄貴?
ちょっと兄貴に言っとかなきゃならねぇ事があるんだけど」
言うと「うん?」とレイジスがまだ半分夢見心地のまま返してくる。
俺のちょっと真剣な声にだろーか、犬カバが丸まった体の上からちょこんと頭を出して足元から俺を見上げてくる。
隣のミーシャも訝しげに俺を見ながら──『何を言う気なの?』とばかりに小首を傾げる。
俺は、けど真っ直ぐレイジスを見、口を開いた。
「実は俺、ミーシャと付き合って……」
るんだ……ってな言葉は、最後まで言う事が出来なかった。
コン、コン、と控えめな……執事のじーさんが戸をノックする音に、遮られちまったからだ。
「──失礼致します。
ただいま主人が戻って参りましたが……後でこちらへお通し致しましょうか?」
問いかけてくるのに……レイジスが明朗な声で「よろしくお願いします」とじーさんに答える。
じーさんが「かしこまりました、その様に致します」とそいつに返して、戸の前を離れていく音と気配がする。
……じーさん……。
いつもは全部バッチリ丁度いい感じのいいタイミングで声をかけたりしてくれるってぇのに、なんで今この重要なタイミングで……。
思っていると、
「それで、」
とレイジスが朗らかな笑みで俺に向かった。
「それで……ミーシャと月が、なんだったかな?」
自然な感じで、問いかけてくる。
こいつは……本気のボケでそー言ったのか、それともわざとボケたフリをしてんのか……。
どーにも判断がつかねぇところがある。
けど、どっちだって関係ねぇ。
こーゆー事は話がややこしくなる前に先手を打ってスッキリ離しとくのが一番だ。
そう、固く決意して俺はミーシャをぐい、と自分に引き寄せる。
「リ……リッシュ?」
ミーシャが動揺したように声をかけてくる。
俺の足元からも犬カバの視線を強く感じたが、んなもんはカンケーねぇ。
俺は真っ直ぐレイジスを見上げ、再び真剣に、ちゃんと言い直す。
「〜俺達、付き合って……!」
はっきりと、大きな声で言いかける……ところで……。
『バァンッ!!』
と唐突に、しかも乱暴に部屋の戸が開け放たれる。
「ゴ……ゴルドー様……」
執事のじーさんが珍しく慌てた様に戸を開けた張本人……ゴルドーを静止する。
レイジスとミーシャが目を瞬いて……俺がそのままあんまりびっくりしちまって、そのまま固まっちまう中、ゴルドーはレイジスを見、ミーシャを引き寄せた状態の俺を見る。
そーして思い切り怪訝そうにしてみせた。
俺は思わずパッとミーシャから手を離し、
「わっ、なっ、なんだよ?」
思わず声を上げる。
上げた声が、我知らず裏返った。
「ゴッ、ゴルドー……なんでここに……?
〜っつーかノックくらいして開けろよな!!
客人がいんだぞ、客人が!!
つーか んな事より俺は今すんげぇ大事な話をしてだなぁ……っ!!」
食ってかかる勢いで、声を上げる。
と、ゴルドーがそいつにケッとガラ悪く喉を鳴らしてみせた。
まるで んなもん知るかとでも言いたげだ。
俺はカチーンと来ながらそのゴルドーのふてぶてしい悪人面を睨む。
と、そこへ──。
珍しく俺に同意しつつ(だろう、たぶん)
「……言うだけ無駄だ」
と呆れた様に口にした人物がいた。
ゴルドーの後ろ側で、声音と同様心底呆れ返った様に息をつく。
……言わずもがな、この家の主人──ヘイデンだった。
だがゴルドーは俺の意見もヘイデンの声もこれっぽっちも聞きやしねぇ。
不機嫌そのものの顔でズカズカと部屋に入り込み、あろうことかレイジスの前に立つ。
「?」
レイジスが平静な表情で間近に立ったゴルドーの顔を見上げる。




