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思いながらも息をついて外へ出る──と。
「〜リッシュ様……?」
ふいに──ある一つの声がかかった。
俺は犬カバを片腕に抱いたまま きょろっと辺りを見渡す。
と、
「やっぱりリッシュ様ですわ!!」
パァッと明るく、心を弾ませた様な声が届く。
と同時に俺の前にいたミーシャより、レイジスよりさらに向こう側から ぴょこんっとよく見知った顔が飛び出した。
サラッとした長い金髪に、輝く青い目。
薄ピンクのワンピース。
見間違いようがねぇ。
ありゃあグラノス大統領の一人娘の──……
「〜マリー?」
マリー・グラノスだ。
思わず目を瞬きながら問いかける様に口にした先で、マリーが「はいっ!」とうれしそうな元気な返事をする。
ジュードが俺の後ろでパタンとカフェの戸を閉じて──そーして前が詰まってる事に気がついたのか、踏み出しかけた足でたたらを踏むのが感覚で分かる。
マリーがレイジスには目もくれずにその横を通り抜けて、俺と──それにミーシャの前にやってくる。
マリーはまずはミーシャへ向けてきちんとスカートの裾を持って、
「ダルク様もご機嫌よう」
とレディーの挨拶をする。
「この間の人拐いの件では、ダルク様、リッシュ様には本当に大変お世話になりました。
一度きちんと御礼を申し上げたいと思っていましたのに、このように遅れてしまい申し訳ありません。
ダルク様に置かれましては前回の会議の折にお風邪を召されたと伺っていましたが、お元気になられた様でなによりですわ」
朗らかに明るくマリーが言うのに、ミーシャがきちんと『ダルク』の口調で「あ、ああ、」と口にする。
俺は思わず口を挟んだ。
「つーかマリー、何でまた んなトコに……。
またお忍びで遊びにでも来たのか?」
問いかけるとマリーがほんのり頬を紅潮させながら「はいっ!」とはっきりと返事する。
「私、どうしてもリッシュ様にお会いしたくって、こうしてここまでやって来てしまいました。
それで、あの……」
言いかけた、ところで。
マリーの後ろにさりげなく控えていた若い侍女が──前に大統領官邸でもマリーの付き人をしていた侍女だ──「お嬢様、」と一言口を挟む。
「ここではカフェに入る方々の邪魔になってしまいます」
言ってくる。
マリーがそいつに目をぱちぱちと瞬いて侍女の方を振り返った。
侍女は続ける。
「それに、突然押しかけ相手のご予定も聞かずにぺちゃくちゃと話し始めますのは大変失礼ですよ。
今日のところはご挨拶だけにされて、またきちんとアポイントメントを取って改めてお会いすべきですわ」
ピッと人差し指を立て侍女が進言するのに、マリーが口をきゅぅぅと曲げて悲しげに侍女を見る。
だが、侍女の言葉に一応の納得はしたらしい。
しょんぼりしながらも「はい……」と言葉を返す。
マリーの事を知るはずもねぇレイジスが、その様子をどことなく興味深そうに眺めている。
俺は思わずミーシャと顔を見合わせた。
基本的に──俺もミーシャも普段、『アポイントメント』なんて大層なモンがなきゃ誰かと会わねぇ、な〜んて生活は一切送っちゃいねぇ。
だからマリーが突然訪ねて来たって、別にメーワクな訳でもねぇ。
けど……。
俺はちらっとレイジスの方へ軽く目を向ける。
こっちだって絶対ぇ今日中に……ってな訳じゃあねぇとは思うが、レイジスは出来れば早めにヘイデンに話を聞きに行きてぇだろう。
サランディールにいるっていうヘイデンの知り合いが一体どーゆー人物なのか、本当にレイジスの力になってくれる人物なのか、きちんと把握する為に。
そしてその場にゃあもちろんマリーがいねぇ方がいい。
そう考えて──俺は悪い事をしてる気分になりながらレイジスからもミーシャからもさらにはマリーからも視線を外して「あ〜……」と頭を掻いた。
普段なら「どーせ暇してたんだから俺らは大丈夫だぜ」くらいの事は言ってやれるんだけどな……。
思いつつ、マリーにどう声をかけるかを考え口を開きかける──と。
レイジスが意外な事を口にする。
「アポイントメントは特に必要ないんじゃないのか?
リッシュくん。
せっかくはるばるこの街まで君に会いに来てくれたんだろう?
こちらは急ぎの用件ではないし、グラノス嬢を優先させてあげたほうがいい」
言うのに──俺は思わず目を瞬いてレイジスを見た。
マリーを優先させてやれって話に対してじゃねぇ。
せっかくはるばるこの街まで君に会いに来てくれた──?
グラノス嬢を優先させて──?
今この場での会話で、どうしてレイジスはマリーが『はるばる』どこか遠くからやって来たと分かったんだ?
マリーの姓が『グラノス』だと、何で知ってんだ?
この場にいる誰も……んな事はただの一言だって言ってやしねぇのに。
驚きながらレイジスを見ると、レイジスが俺ににっこりと微笑む。
マリーが──おそらくこっちはその謎に気づいちゃいねぇんだろう、それに「でも、」と申し訳なさそうにレイジスへ口を開く。
「すでにご予定があったのですよね?
急に押しかけた私が先にいらした方のご予定をキャンセルさせてしまうなんて申し訳なさすぎますわ。
それに、私はリッシュ様にお会いしたかっただけなんですの。
重要な用件なんて何にも……」
う〜んと唸りながらマリーが言いかけるのに。
侍女がコホンと一つ咳払いしてみせる。
そいつにマリーがハタと何かに気がついた様にちょっと慌ててみせた。
「いえ、ちょっとだけ父に頼まれた伝言が……ないこともないのですけど」
早口に、何故か焦りながらマリーが言う。
俺はそいつに、
「大統領からの、伝言?」
思わず疑問に思い、一言問いかける。
それに──マリーが首をほんのちょっと捻ってみせた。
伝言はあるにはあるが、さして重要さを感じられねぇ……と思ってるよーな、そんな反応だった。
そいつにレイジスも気づいたらしい。
やんわりと優しげに口の両端を上げ、微笑ましいもんを見るよーにマリーを見つめる。
まぁ、気持ちは分かるぜ。
何となくマリーを見てると和むっつーか、なんかほんわりするんだよな。
と──マリーが不意にそのレイジスの顔に目を留める。
そーして、
「……あら?」
と小さく目を瞬いた。
レイジスが──こっちはマリーの反応にだろう、二度目を瞬いてマリーを見返す。
マリーはレイジスを見上げたまま口元に手を当てて、言う。
「もしかして、サランディールのレ……」
言いかけた、ところで。
レイジスがやんわりと微笑んで先んじて声を上げた。
「──レイ、といいます。
覚えておられたとは光栄です」
言うのに──俺は思わず朗らかにマリーを見つめるレイジスと、逆に驚いた顔でレイジスを見上げるマリーの顔を見た。
「〜へ?
まさか二人、知り合いなのか?」
問いかけた先で──レイジスがやんわりした笑みを返してきたのだった──。
◆◆◆◆◆
俺、犬カバ、ミーシャ、それにレイジスとジュード。
そしてマリーとその侍女の七人(……いや、実際にゃあ六人と一匹、な訳だが……)は、のんびりと街を出て、散歩がてらってな感じでゆっくりヘイデンの家へ向けて歩いていた。
まぁ、ホントの所、誰にも聞かれず安心して話ができる場所ならどこでも良かったんだが、その上ですげぇ都合のいい場所がヘイデンの家だった。
旧市街にある俺とミーシャが暮らしてた家じゃ若干狭いし、こんだけの大人数があの家に入ってくのを見りゃ、誰だって『何事だ?』と気になっちまうだろ?
飛行船の置いてあるあの洞窟も、同じ様な理由でアウトだ。
そもそもあの洞窟は飛行船を隠しとくのに使われてるってぇのに、万が一にも全く関わりのない誰かに俺らが洞窟に入ってく所を見られでもしたら面倒だしな。
その点ヘイデン家にゃあ広くて快適な大広間があるし、別にあそこに俺らが出入りすんのはいつもの事なんだからよ。
普段のメンバーにマリーと侍女が加わりはしたって、誰もそこまで気にはしねぇハズだ。
ギルドのお姉さんたちも男冒険者共に俺らの事を詮索させねぇ様目を光らせてくれてるはずだし。