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「ラビーンとクアンから聞いたぜ……。
リッシュくん、リアさんの双子の弟くんなんだって?
前々からうっすら似てるな〜とは思っちゃいたが、まさか双子の弟くんとはなぁ。
知ってるかもしれねぇが、俺はリアちゃんとは元・同僚なんだ。
弟くん、これからは困った事があったら何でもこの俺に言ってくれよな。
必ず力になるぜ。
あっ、今度お姉さんに会った時には俺の事いい感じにプッシュしといてくれよな」
言ってくる。
……ああ〜、そーいう事か。
思わず半眼になりながら思ってると、隣のクアンとラビーンが「おいコラ、何一人だけ抜け駆けしよーとしてんだ!」と文句を垂れる。
が、
「あっ、リッシュくん、俺の事もさり気にプッシュしといてくれよな」
「俺もだよ〜」
と自分をアピールする方向に話を持ってきたんで、俺は「はは……」と曖昧に笑って視線をそのどっからも逸らして誤魔化す事になった。
つーかウェイター、お前もちゃんと仕事しろってんだ。
注文取ったんならさっさと厨房に伝えに行けよ……と、考えかけて。
俺はふと気がついて、俺から一番離れた端の席に座ったまま、何も言葉を発していないジュードを見やった。
「〜って、ジュード。
お前、注文は?」
そーいやジュードの注文がまだだったか。
思いつつ、何の気なしにフツーに呼びかける……が。
ジュードは──未だ深刻そうに視線を落としたまま、俺に話しかけられた事にすら微塵も気づいちゃいねぇ。
……おお〜い。
ったく……。
何をんなに深刻に考えてんだか知らねぇし、そいつを誰にも何も言わねぇのも勝手だが、しっかりしろよ。
思いつつ「お〜い、ジュード?」ともう一度仕方なく呼びかける……と。
そこでよーやく呼ばれてる事に気づいたんだろう、ジュードがハッとした様にこっちを見る。
そいつに半眼で返しながら──俺は再び「注文、」と丁寧にも教えてやる。
ジュードはそいつに「あ、ああ……」と口を開いた。
「俺は──いつもので」
「はいよ、オッケー。
い・つ・も・の……っと」
俺へのアピりを終えたからなのか、それとも単にずっとカッコつけちゃあいられねぇ性分なのか、いつもの軽〜い感じで軽〜いメモをサラサラッと書きつける。
んなメモでいーのかどーか知らねぇが、まぁいいんだろう。
ウェイターは最後に にこ〜っと俺とミーシャに笑いかけて、そのまま気分良さそうに厨房の方へ引っ込んでいった。
……に、しても。
ジュードの野郎、本当に大丈夫かよ?
正直こいつの事をよく知ってるって訳じゃねぇが、さすがにこれは心配になるぜ。
ミーシャも俺の隣で眉尻をちょっと下げてジュードを見……俺も同じ様にしてると気づいてそのまま俺の方へ顔を向けた。
俺はちょっと息をついて、そいつに答えるでもなく応えたのだった──。
◆◆◆◆◆
「ふーっ、食った食った!
と満腹の腹を抱えながらそう言ったのは、それからしばらくの事だった。
その間ラビーンとクアンは俺の見事な食いっぷりを微笑ましそーに眺めていたが、
「二人とも、またゴルドーさんがお怒りだぞ、仕事サボってまたどっかほっつき歩いてやがる!って」
と、親切にも教えにきてくれたらしいゴルドー商会の二人の仕事仲間らしい男の情報に、心底震え上がってカフェを飛び出していった。
もちろん去り際に、
「じゃーな、リッシュくん、ダルくん。
ゆっくりしていけよ」
「また会おうね〜」
と俺とミーシャに愛想よく挨拶する事だけは忘れなかったが。
それにしても。
ビーフステーキも、そこにセットとして付いてたパンやサラダやスープ、それにホットドッグも、レイジスがいいって言うんで後からつけたイチゴの生クリームのショートケーキも。
どれもこれもこの上なくうまかったぜ。
遅めの昼食にゃあちっと量を多くし過ぎた気もするが、うまいもんをたらふく食えたし、俺としちゃあ大満足だ。
そしてそいつはもちろん、待合室の隅で俺と同じもんを食べた犬カバも一緒だった。
きれいに平らげた皿を前に、
「クヒ〜」
と和みきった様子でたら〜んとその場に伸びている。
こっちも食い過ぎなくらいに腹がぽっこり出っ張っていた。
「いや〜、わんちゃんいい食べっぷりだったなぁ」
「犬カバくんっていうのよ、この子。
きっと犬カバくんにもこのカフェご飯のおいしさが分かるのねぇ。
見てるとこっちまで幸せな気分になるわ」
しみじみと感心した様に、どっかの兄ちゃんと可愛いお姉さんが言っている。
おーおー、犬カバの食いもん好きがまさかの人を幸せにしてやがる。
まぁ、それはともかく。
「おい、犬カバ、そろそろ行くぞ」
声をかけると犬カバが「クヒ〜?」と今の姿勢のとーりにたら〜んとした声で問い返してくる。
しかも俺を見てはきてるが、全く動こうって気概を感じられねぇ。
俺は腰に両手を置いて大きく一つ息をついた。
そーして「ったく、しょーがねぇなぁ」と文句を垂れつつひょいと犬カバを両手で持ち上げた。
その重量が、いつもの倍くらいになってやがる。
こりゃ本当に食い過ぎだな。
俺と同じもんをちょっとずつ盛ってやってくれとは言ったが、もうちっと品数も減らしといてやるべきだったのかもしんねぇ。
まぁもう遅いけど。
本当はちっとでも自力で歩かせて食い過ぎな分運動させるべき、なんだろーが、このたら〜んと幸福に伸びきった姿を見てる限り、絶対ぇに今は一歩たりとも歩きそうな気がしねぇ。
仕方ねぇ、犬カバが自分で動こうって気になるまでしばらく、こーして持ち運んでやるかぁ。
しょうがなく犬カバを片腕で抱いてやると、犬カバがそのまままる〜んと丸まって「クヒ〜」と和んだ声を発する。
こーなるともう『黒くてかわいいわんちゃん』ってより、ただの『黒くて丸いふわふわの鞠』って感じだな。
思いつつも半ば呆れつつ犬カバを見ていると。
ミーシャが横からちょこっと顔を出して ふふっ、と優しく微笑む。
「すごく気持ち良さそうだ」
言った口調はもちろん周りの目を意識して『冒険者ダルク』のものだったが……。
犬カバを見つめる優しい眼差しと、わりよ近い距離と声に、俺は思わず見惚れそうになっちまった。
ミーシャがそのままの眼差しで俺を見たんで尚更だ。
と──
「二人とも、行くぞ」
レイジスがそう声をかけてくる。
別に俺とミーシャとの間を邪魔するつもりもなくごくフツーにかけたってだけの声みてぇだったが。
何だかすげー邪魔された様な気分になるのが不思議だった。
普段ならもっと真っ先に(しかもこっちはハッキリと悪意を持って)俺とミーシャとの間を邪魔しよーとするジュードが大人しい分、余計にそう感じちまうのかもしれねぇ。
そのジュードが──きちんとレイジスの従者らしくカフェの戸を押さえ、レイジスを先に通す。
続いて、ミーシャ。
まぁ俺ん時まで押さえてちゃくんねぇよな……と思いつつもミーシャの後に続いて行こうとする……が。
ジュードは何も言わず、しかもきちんと戸を押さえてくれたままでこの俺を通した。
俺はちょっと確認するつもりで通りがけにジュードの顔を見た。
案の定、ジュードは俺の事なんか見てもいねぇ。
深刻そうな表情で、まぁだ何かを考え込んでいる。
きっとその『何か』に気を取られ過ぎて、こーして俺の為にまで自分が戸を押さえ続けてるって事にも気付いてねぇのに違いねぇ。
……ったく、ほんとに……。