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ミーシャは後ろ髪を引かれる様な気持ちでリッシュに洞窟の戸とジュードを任せて──先を行っていたレイジスの元へ追いついた。
犬カバがとてとてとうれしそうな足音をさせながらレイジスの右横についている。
ミーシャはその音を聞きながら──犬カバとは逆の側、レイジスの左に並んで、口を開いた。
「……ジュードの事を、あまり信用していないのね」
ぽつり、言った言葉には少し非難の色が混じっていたのだろうか。
レイジスが 一、二度目を瞬いて、横に並んだミーシャを見下ろす。
ミーシャはレイジスの方へは視線をくれず、わざと真っ直ぐ正面だけを見る。
レイジスは──そんな妹の姿を見て、自身も視線を前へ戻して口を開いた。
「──信用したい、とは思っているさ。
だが、実際に信用するかどうかはまた別問題だ。
ジュードが俺達にサランディールの内乱に関する『何か』を隠している事は間違いない。
その『何か』が明らかにならない限り、俺としては手放しでジュードを信用する事は出来ないよ」
言う。
ミーシャはそんな兄の言葉に少しだけ眉尻を下げて、レイジスの横顔を見た。
レイジスは真面目な顔で正面を見据えたまま、話を続ける。
「──俺の選択には今、サランディール奪還に協力すると言ってくれたたくさんの人の命がかかっているんだ。
個人的な感情だけで無条件にジュードを信用し、重用して、その人達に危険を及ぼす訳にはいかない。
例えジュードが昔からの馴染みで、少し堅いが真面目ないい奴だと知っていてしかも、あの内乱の折には大事な妹の命を救ってくれたのだとしても、だ」
前半は真面目に、後半は少し悪戯っぽく、レイジスは言う。
その様子と言葉で──レイジスが本当にジュードに信を置きたいのだ、という事が分かった。
けれど、今の状況ではそうする事が出来ない。
その気持ちは──ほんのちょっとだけ、ミーシャにも分かる様な気がした。
それは、続けたレイジスの、
「お前だってリッシュくんの身に危険が迫る事があるかもしれないとなれば、ジュードを無条件に信頼して、全ての手の内を明かす事は出来ないだろう?
それと同じだよ」
というその一言に集約されている。
ミーシャはそれには敢えて答えず……レイジスと同じ様に再び視線を前に戻して、静かに口にする。
「──……ジュードは一体、何を隠しているのかしら」
思えば確かにジュードはあの日の事を──あの内乱のあった日の事を、ミーシャにもあまり話してはくれなかった。
きっとレイジスにもそうなのだろう。
その、語らない理由は何なのか──。
誰にも語れない程重要な事柄なのか──。
考えるミーシャに、レイジスは何も答えなかった。
◆◆◆◆◆
目的のカフェに着いた時にゃあ、時刻はもう昼を大きく回っていた。
昼っつぅよりおやつの時間に近いくらいだ。
犬カバじゃねぇが、腹が減って仕方ねぇぜ。
今回はレイジスの奢りだってんだし、心行くまでたらふく飯をご馳走してもらおうかな。
犬カバももちろんそのつもりらしく、しっかりといつも通りカフェの待合室の隅に陣取って、きちんといい子にお座りして礼儀正しく待っている。
その姿勢の良さと気合の入り方に、俺は思わず笑っちまった。
まるできちんとしてりゃあその分上乗せでうまいもんを持ってきてもらえるとでも思ってるみてぇだ。
ま、けどよ。
あんだけ腹空かせて期待して待ってんだ、後でウェイターにでも言って、犬カバ好みの食いもんをたらふく与えてやってくれる様頼んどくか。
思いながらレイジス、ミーシャ、そして今でも深刻そうな面持ちのジュードの後について、俺はカフェの中に入る。
すると──例によって例の如く、
「おっ!
リッシュくんにダルくんじゃねぇか!」
「わっ!ほんとだ!
もう用事は終わったのかい?」
いつもどーりのこの二人、ラビーンとクアンがカウンター席に先に陣取ったまま、こっちに話しかけてくる。
二人の前にはコーヒーとケーキ。
楽しくおやつタイムって訳だ。
こいつら……本当にいつ仕事してんだよ?
思いつつも、俺はいつも通りのクセで愛想良くへらっと笑って「ああ、まぁな」と簡単に返してやった。
それに「そっかそっかー」といかにもお気楽な訳知り顔で頷いて、クアンが「まぁこっち空いてるから座りなよ」と自分の横を示す。
元々クアンの横にゃあ隣二席分空いてたんだが、丁度さらにその横、三席目と四席目に座ってた女の子二人組が、
「あっ、良かったらここどうぞ」
「私達、丁度もう出る所だったので」
と席を譲ってくれる。
俺はその二人の親切心に にっこりとお得意の爽やかスマイルで「ありがとう」と礼を言う。
と──女の子二人が二人揃って、
『ポッ』
と顔を赤らめた。
「いっ、いえ、そんな」
「全然いいんです」
パタパタと手を振って、言う。
俺を見る視線には『カッコいい〜』の五文字(伸ばし棒入れりゃあ六文字か?)が浮かんでいた。
ふっふっふっ、これだよこれ。
ちょっと前まではひたすら女装してたせいで(男共はともかく)女の子達からのこーゆー熱〜い視線を浴びる機会がなかったけどよ、この頃じゃあ街を一歩歩くだけでも女の子達の熱い視線を感じるし、黄色い声も聞かれる様になった。
ただし残念な事に。
同じく「ありがとう」とやんわり微笑んで女の子二人に礼を言ったミーシャに、
「きゃ〜っ、とんでもないです〜っ!!」
「どうぞどうぞ、座ってくださぁ〜い♡」
とまぁこーゆー感じで、大抵あっさりとお株を奪われちまうんだけどな。
まぁ何はともあれ、俺たち四人はありがたくもカウンター席に横並びに座れる事になった。
と、丁度のタイミングでいつものあのウェイターが冷水と共に注文を取りにやってくる。
しかもいつもとは違って──
「──いらっしゃいませ、ご注文は?」
と、いかにもデキる男風にカッコつけて、だ。
俺とミーシャは思わず二人、軽く目を瞬いてウェイターを見る。
もちろん普段とは違う、ウェイターの妙な変化に対してだが、レイジスの方ではまったく疑問も違和感も感じなかったらしい。
レイジスがいつも通りのやんわりで、
「俺はチキンソテーとパンを。
皆、好きな物を頼んでくれ」
と、前半はウェイターへ、後半は俺らに向けて言ってくる。
それに──ミーシャはひとまずウェイターへの違和感を傍に置いておく事にしたらしい。
半ば戸惑いながらもウェイターへ向けて口を開く。
「……では、トマトソースパスタと、サラダのセットで」
「じゃ、じゃあ俺はビーフステーキセットとホットドッグを。
あと、待合んトコでうちの犬カバも待ってるからよ、おんなじやつをちょっとずつそいつに盛ってやってくんねぇかな?」
言うと、まぁだ妙なカッコをつけながらウェイターがサラサラと注文票にメモを書き取り「かしこまりました」といつも以上に丁寧に返事する。
……いやいやいや。
お前本当にどーしちまったんだよ……?
ミーシャと二人、何とも反応に困りつつウェイターを見る。
と、そこで……。
ウェイターはフッとキザに笑いながら「ところでリッシュくん、」と言葉を続けた。