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1


暗闇に、俺は立っていた。


俺の左右には高い石の壁。


高い天井。


長い通路。


壁の高い所に取り付けられた燭台が、暗闇をぼんわりと照らしている。


俺はこの場所に“誰か”を探しに来たらしい。


「……おい……××××、いないのか……?」


おそるおそる、その“誰か”の名を呼ぶ。


裏返った声は“また”ガキの頃のものだった。


どこからも、声は返ってこねぇ。


俺は仕方なく一人、その通路を進んでいく。


俺のすぐ横で、水の流れる音がする。


暗くてよく見えないが、どうやら水路が近くにあるらしい。


「おい……いるんだろ?

俺、ここにお前が入ってくの、見たんだからな……」


一人、通路へ向けて声を投げかける。


と──…俺の鋭い耳が、ある音を1つ、感じ取った。


パサッ、と。


そいつはまるで、うっかり座ったまま眠り込んじまった誰かが腕を膝から床に落としちまった、そんな様な音だった。


俺はホッと胸をなで下ろして、明るい気分でそっちへ向けて走っていく。


何だ、やっぱりいたんじゃねぇか。


ムダにビビらせやがって。


半ば怒りながら、けどどっかには見つけた嬉しさを感じながら、俺は“その場所”に辿り着いた。


だが、そこにあったのは──……。


◆◆◆◆◆



バッと俺は無理矢理に目を開き、起き上がる。


肩でぜぇぜぇと息をする。


背筋は冷や汗で湿り、額から垂れてきたんだろう汗が、顎を伝ってぽたんと下へ落ちた。


荒く呼吸を整えながら……俺は思わず目をつむり、片手で顔を覆う。


──今の夢……一体何だ?


暗くて長い通路、じめっぽい水の音。


俺は”誰か“を探しに行っていた。


何だかやけに”嫌な夢“だった。


あんな場所、行ったこともねぇってのに。


……いや。


俺は本当にあそこに行ったことはねぇのか……?


妙な疑心が、俺の心の奥底でむくりと顔を出す……が──


カリカリカリカリ


俺の耳が、妙な音を拾った。


この部屋の戸を、外側から爪で引っかく音。


それも、さっさと戸を開けろって言わんばかりだ。


俺は──よろよろとベッドの端に手をついて立ち上がると、そのまま戸の方へ向かった。


そーして戸を開くと、まぁ案の定そこにいた犬カバが、さっと戸にかけていた両前足を床に下ろし、俺を見上げて「クッヒ!」といななく。


「おい、犬カバ、一体何を………」


言いかけた俺の鼻先に。


ツーンと焦げた臭いが流れてくる。


ついでに一帯ひとおびの白い煙も。


……こーゆー事は、前にもあったぞ。


俺はやれやれと頭を振りながら、先に一階へ降りていく犬カバの後を、のたのたとついていく。


夢の事はいつの間にか、すっかり俺の頭の中から抜け落ちていた──。



◆◆◆◆◆



「………」

「………」


無言のまま、俺とダルはまったく同じモンを見つめていた。


コンロの上にある、小さな鍋。


俺が降りてきた時には火はちゃんと消されていたが、何が入ってたんだか分からねぇ鍋の中はコゲコゲ。


鍋の外側も中身が吹きこぼれて茶色く変色し、それでもまだジクジクと焦げていく音を立てていた。


俺は……片手を腰にやり、もう一方の手で頭をカリカリ掻きながら、言う。


「……今度は何作ろーとしてたんだよ?」


「………」


二度目の失態がまぁまぁショックだったんだろう、ダルが無言を貫く。


見れば調理台の上はボウルやら割れた卵のカラやらでぐちゃぐちゃ。


シンクの中にも、今回の料理(?)のどこで使ったんだよ?ってくれぇ色んな調理器具が汚れたままごちゃごちゃと溜まっている。


……これ、地味~に片すの大変な奴だぞ。


俺がそれらを嫌な顔で見渡す中、俺の足元に来た犬カバが、やっと大変なお守りから解放されたみてぇに小さく鼻で息をつく。


……まー、とにもかくにも、だ。


「……朝から んなモン片す気がしねぇ。

とりあえず俺ぁ顔洗って身支度してくっからよ、朝食はロイんトコのカフェで取ろうぜ。

報酬ももらいにいかなきゃいけねえしよ」



犬カバがこくっと元気に頷き、ダルが若干不満気に「分かった」と頷いた。


……ったく、毎朝毎朝 んな事されてたら身が持たねぇぜ。


ダルにゃ料理禁止令でも出しといた方がいいかもしれねぇ。


考えながら、俺は一つ肩をすくめて顔を洗いに行く。


犬カバもその後に続いた……が。


俺の目の端でそっとダルが新しい鍋をもう一つのコンロに置き、火をつけようとする。


俺は ぐりっとそいつに向き直って歯止めをかけた。


「そのまま動くな。

俺がいいって言うまで鍋にもコンロにも触れるんじゃねーぞ」


言う……とダルがむくれた様に口を曲げて俺を見たが。


ぷいと顔を背けて「言われなくても分かっている」と明らかなウソをつく。


そいつにとりあえずはよしと頷いて再び正面を向きながら、俺は一つ息をついたのだった──。


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