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「……ミーシャ……」
他に言葉も出ずに言う……と、ミーシャが続けた。
「だからもしあなたがその為にもサランディール奪還に協力する、その為にこの飛行船を動かすと言うのなら──……その時は私も必ず一緒に行くわ。
行って、必ずあなたの助けになるの」
「〜へっ?おっ、おい……?
そこはフツー、あなたの無事を祈って帰りを待ってる、みてぇなトコじゃねぇのか?
さっきだって遠い所へ逃げようって言ってたくらいなのに……」
半ば焦りながら言うと、ミーシャがふいと顔を背ける。
その仕草は上品で、だけどいかにも利かん気の強いお姫様って感じだ。
「〜私が逃げたいと言ったのは、あなたと二人でなら、ということよ。
ここに一人残って無事を祈って帰りを待つくらいなら、私はあなたと一緒に行くわ。
そもそもこれは、私の国の問題だもの。
あなただけを危険な場所へ向かわせて自分だけのうのうと安全な場所にいる事なんて、出来ない」
そう、きっぱりと言ってくる。
さっき空の上で弱々しく『どこか遠くへ逃げてしまわない?』って俺の背に額を当てて話してた時とは、別人みてぇだ。
だけど、今のこっちの方が何だかミーシャらしい(……いや、この男前な感じは『冒険者ダルク』ん時のミーシャらしい、か?)気がする。
それに、だ。
『──私が逃げたいと言ったのはあなたと二人でなら、ということよ』
その一言が、何だかすげぇ嬉しかった。
俺と二人でなら、かぁ。
俺だって事情が事情でなけりゃあ、ミーシャとならどこへだって逃避行してやる所だ。
ミーシャと二人、愛の逃避行かぁ。
考えてみりゃあそいつはそれでアリだったかもしれねぇ。
なぁんてバカみてぇな事を本気で考えかけてる……と、
「ブッフ!」
俺とミーシャの間に割っていって、犬カバが『この俺を忘れてくれるな』とばかり大きく主張する。
ミーシャがそれに一瞬きょとんとして──そーして思い至った様に「ごめんなさい」と犬カバの前にしゃがみ込んでその頭を撫でる。
「〜犬カバの事を忘れていた訳ではないのよ」
ミーシャが優しく言って犬カバを抱っこしてやるが、
「キュフン」
半分拗ねた様なヘンな鳴き声で犬カバがいじけてみせる。
まぁ、それはそれとして。
俺は けどよ、と真面目な話に流れを戻す事にした。
「そうは言っても、そいつをジュードやレイジスが許してくれるかどーかは微妙だぜ?
特にレイジスはさ。
可愛い妹を んな危険な場所には連れてこーとしねぇだろ」
そう思って言った先で、ミーシャは犬カバを抱っこしたまま ふふっと笑ってみせた。
そーして言う。
「そうでもないと思うわ。
ちゃんと説得すれば、きちんと公平に判断してくださるはず。
城にいた頃だって剣術や馬術は姫君には必要ないと言って誰も私に教えてくれようとはしなかったけれど、レイジス兄上だけは違ったの。
『確かに姫がそういったものを習ってはいけないという法はない、遊びでやるのは感心しないが、もしもの時の一手になるかもしれないのだから、やらせてみてもいいんじゃないか』と。
私に剣術の基礎を教えてくれたのは、レイジス兄上なの。
そしてその剣術のおかげで、私は内乱の後の一年間を、曲がりなりにも無事に旅する事が出来た。
今回だって、きちんと説得すれば、無下にしたりはしないと思うわ」
言う。
……ミーシャの剣の師匠は、レイジスだったのか。
まぁ、ミーシャの言い方じゃレイジスが教えたのは剣術の『基礎』らしいから、その後は独学か何かだったんだろーが……。
そんでも、俺なんかよりミーシャの方が数段腕が立つ事だけは確かだ。
そいつが『戦力』になるかどーかは別にして、説得材料の一つにくらいはなるかもしれねぇ……けど。
そんでもレイジスが今回のサランディール奪還作戦にミーシャを入れるかどーかは微妙な所だった。
『きちんと公平に判断して』ミーシャや犬カバには留守番してもらう……。
レイジスなら んな判断を下すかもしれねぇ。
それはそれで(ミーシャには悪いが)俺としては安心するけど。
……まぁ、んな事ぁどのみちレイジスに聞いてみなけりゃ始まらねぇ。
俺はカリカリと頭を掻いてミーシャを見、犬カバを見た。
犬カバが『もちろんそん時は俺もついてくぜ』と言わんばかりにブッフ、と鼻息を荒げて俺を見る。
俺はそれから──飛行船の方を見た。
洞窟の中、燦然と電気に照らされてそこにある、飛行船を──。
俺はそこまでを見てようやく二人に「分かった」と告げた。
「──まぁ、とにもかくにも、まずはレイジスに飛行船を見てもらわなきゃな。
話はそれからだ」
実際に飛行船がレイジスの役に立ちそうか、ミーシャや犬カバを連れて行くのか、判断すんのはレイジスだ。
俺の言にミーシャが犬カバを抱っこしたまま ええ、とうなづく。
犬カバも「キュヒ、」と短く鳴いた。
俺は再び飛行船へ目をやりながら、思う。
……どーやらお前にゃあ、一世一代の大仕事をしてもらう事になりそーだぜ。
◆◆◆◆◆
その日の夜──。
ヘイデン・ハントは自らの書斎の窓辺に立って、遠く外の景色を眺めていた。
空には満天の星が望み、風は穏やかで空気は澄んでいる。
実際にその目に見える訳ではなかったが、ヘイデンにはそれを肌で感じ取る事が出来た。
そして──……
コン、コン、
と、控えめな、部屋の戸をノックする音が聞こえた。
「──ヘイデンさん、少しよろしいでしょうか」
今日のこの空気の様に澄んだ、聞き慣れた声がする。
──ミーシャだ。
憂いや迷いが心の奥底に潜んでいた今朝までの声音とは少し違っている。
今日リッシュや犬カバと共に出掛け、帰ってきてからだ。
そしてそれは、リッシュも同じだった。
ヘイデンはその理由にある程度の見当をつけながらも、
「──どうぞ」
戸の外にいるミーシャへ向けて、声をかける。
部屋の戸が、キィと開く音がした。
そうしてミーシャが中へ入り、パタン、と戸が閉まる音も。
ミーシャは、部屋の中を進み歩く様子もなく、戸の前に立ったままヘイデンの顔を真っ直ぐに見ている様だった。
ミーシャの右斜め前には小さなテーブルと、それを挟んで二つのソファーがあるはずだ。
せめて席に掛けてはどうか──と、ヘイデンが声をかけようとした……ところで。
ミーシャがスッと頭を下げる。
「──……ヘイデンさん、私……」
ミーシャがどこか覚悟を持った声音で言いかける。
ヘイデンはそれに──そっとかけるべき言葉を変える事にした。
ミーシャにそこから先を言わせてしまう前に、ヘイデンはミーシャへ向けて声をかける。
「──リッシュには、」
言うと、ミーシャが目をぱちくりさせてヘイデンを見た。
実際には見えなかったが、そう感じた。
ヘイデンは静かに息をつき、先を続ける。
「以前こういう話をした事がある。
お前にはサランディールに極力関わってほしくない、ダルクの様な事にはなってもらいたくはない、と」
「……はい」
ミーシャの声に、決然とした中にも沈痛な響きが混じる。
だが、とヘイデンは言葉を続けた。
「ミーシャ殿といれば、そうはいかない事も出てくる。
だから──……もしその時が来たら、力になる様に。
……そう、言い置いてある」




