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もしかしたらそいつは、レイジスを──自分の母国を『見捨てた』事への苦しみかもしれねぇし、いつまでもダルクの事を考えて、俺やダルクにすまねぇと思う苦しみかもしれねぇ。


いつ俺や飛行船にサランディールの手が伸びるかって怯える苦しみかも。


どこへ逃げても、どの道を進んでも苦しみが付きまとうってんなら……根本的にちゃんと問題を解決するしかねぇ。


そいつが本当の意味でミーシャの悲しみや苦しみを救うって事に、なるんじゃねぇか?


それに、俺自身も──……。


俺は一呼吸置いてから、口を開く。


「俺は──……レイジスのサランディール奪還に、協力しようと思ってんだ。

この飛行船が……こいつを飛ばす俺の技術が、その役に立つってんなら、役立ててもらおうと思う。

……ミーシャは俺がダルクみてぇにサランディールの事に巻き込まれちまう事を心配してくれてたけど……。

俺は、俺の意志でサランディールの事に関わろうと思ったんだ。

ミーシャやレイジス、圧政に苦しんでるって噂のサランディールの人達を救う為ばかりじゃねぇ。

この俺自身も……。

ダルクとサランディールとの因縁に……ダルクとの事に、ケリをつけてぇんだ。

もし可能ならさ、レイジスがサランディールをセルジオってぇ宰相から奪還したら……ダルクのやつを、こっちに引き取りてぇ。

引き取って、ちゃんと手厚く葬ってやるんだ。

そうしてやりてぇとも思うから……。

……だからごめんな。

俺にはミーシャをどこかへ逃してやる事は出来ても……一緒に逃げる事は出来ねぇ」


言う。


その言葉が、たぶんミーシャを悲しませるだろうとは分かっちゃいたが……仕方がなかった。


ミーシャは、何も言わねぇ。


ぎゅっと俺の服を握ったまま。


額を俺の背に当てたまま、だ。


もしかしたら泣いてるのかもしれなかった。


俺の肩口に乗ったままミーシャの方を見ている犬カバがしょんぼりとミーシャの方へ頭を垂れている。


俺は──目の前の舵を目を伏せたまま見下ろして──……そのまま口をつぐんだのだった──。


◆◆◆◆◆


それから──飛行船はしばらくの間ゆったりと空を漂ってから、来た時よりも遅い速度で元の発着場へ──……あの洞窟へと戻ってきた。


そうして飛行船から降りて来たのは、俺と犬カバ、そしてミーシャの三人だ。


あの後ミーシャへ『俺は一緒には逃げられねぇが、ミーシャだけこのままどこかへ逃そうか?』みてぇな事を問いかけた先で、ミーシャは力なく首を横へ振った。


そーしてミーシャも俺も……犬カバも、何の言葉も重ねる事が出来なかった。


気まずい雰囲気の中飛行船を降りて……俺はちょっとだけ肩を落とした。


……本当は、こんなハズじゃなかったんだけどな。


ミーシャと犬カバに初めての空の旅を楽しんでもらって、喜んでもらって。


興奮冷めやらぬうちにここに戻ってきて、わいわい話をして帰る。


そんな俺の目論見は完全に失敗に終わっちまった。


……もしもあの時……。


俺がミーシャの願いをそのまま受け入れてたら、結果は変わっていたんだろうか。


ミーシャはほっとした笑顔でフライトを楽しんで……俺も犬カバも笑ってて。


よくよく考えてみりゃあ、ミーシャの『お願い』なんて、そう滅多にある事じゃなかった。


ずっとずっと思い詰めて……さっきの『お願い』は、ミーシャにとってすんげぇ勇気を出して声にしたもんだったのかもしんねぇ。


……俺は俺の『正しいと思う事』を、ミーシャに押しつけちまっただけ、なんじゃねぇんだろうか……。


んな事を考えながら飛行船を降りて地面との架け橋になっていた銀色のタラップをしまう為に、飛行船の側面のスイッチを押す。


こっちの気も知らねぇで、銀色のタラップはいつもと変わりなくすーっと滑らかに飛行船の中へしまわれていく。


そうして最後にガチャン、としっかりとした音を立て、タラップが飛行船の中に収まった。


しん、とあたりが静まり返る。


俺はその“静まり“を聞きたくなくて、ちょっと肩をすくめて


「〜さあてと、」


となるべく明るく聞こえる様に、声を上げる。


俺の肩口から降りていつもの定位置──俺の足元辺りにいる犬カバが俺を見上げる。


ミーシャの視線は俺に向いてる感じはしなかったが……たとえ今そうしてくれたとしても、俺はミーシャの顔をちゃんと見る事が出来なかっただろう。


その証拠に……って事もねぇが、俺は無意識に二人のどっちからも視線を外して続きを口にする。


「……すっかり暗くなっちまったよな。

腹も減ったし、戻って執事のじーさんに何かうまいもんでもこしらえてもらおうぜ。

二人とも昼食早めに食ったきりだから腹減ったろ?

俺なんかまだ一食しか食えてねぇしさ。

たっぷり飯食っての〜んびりして、それから──……」


息をする様に、つらつらと言葉が出てくる。


どっかでしゃべるのをやめちまうと、何だかもう再び声を上げる事が出来ねぇような気がした。


そうしてしゃべりかけた俺に──


「──……リッシュ、」


とミーシャがたった一言で歯止めをかける。


俺は──思わずぎこちなくミーシャを振り返った。


ミーシャは、俺を見ていた。


自分の右手で左手をぎゅっと抱え込む様に握って──そこに力が込もってるからか、白くなっちまってる。


ミーシャは言う。


「──……さっきの話、だけれど。

もうこれ以上、私が何を言っても……考えを、変えてくれるつもりはないの……?」


問いかけてくる。


すみれ色の目に、ほんのわずかに悲しみの色が映っている。


だけど俺は──……そのミーシャの目を見てはっきりと、


「──ああ」


と答えた。


ミーシャがぎゅっと目を瞑って──息を吐く。


きっと、悲しい様な辛い様な、そんな顔を見ちまう事になるだろうと思った。


けど──そうして顔を上げたミーシャの表情は──……俺が想像していたよりもっとずっとキリリとしたものだった。


「──分かった」


ミーシャがそう、口にする。


その目に、迷いも悲しみもなかった。


俺がちょっと目を大きくしてミーシャを見つめる中、ミーシャは言う。


「──……あなたが覚悟を持ってそう決めたのなら……もう何も言わない。

……それに、どうせ兄上にも打診されていたのでしょう?

サランディール奪還に、あなたの力を貸してほしい、飛行船を貸して欲しいって」


ミーシャが言うのに俺はギクリとして視線を横へ彷徨わせた。


俺は、ミーシャにただの一言もレイジスからの んな打診があった事を話しちゃいねぇ。


ただでさえ飛行船や俺をサランディールと関わらせたくねぇと言ってたミーシャに、んな話したって辛くなるだけだろ?


それに俺だって今朝までその答えをどうすんのか、決めかねたままだったし。


そりゃ、『俺がレイジスに協力しようと思ってる』って事は勘づかれたとは思っちゃいたが、まさか『レイジスに打診されてる』って事まで見透かされてるとは思ってなかった。


ミーシャが俺の顔を見て『やっぱり』っていう様な顔をする。


そうして一つ息をついた。


「──私は、あなたがサランディールの為に飛行船を使うのは、反対よ。

サランディールに関わる事で、あなたに悪いことが起こるんじゃないかって、とても不安だから……。

だけど……リッシュが言っていた、ダルクさんをこのトルスの地に連れ帰り、手厚く埋葬して差し上げる、して差し上げたいという気持ちには賛成、なの。

リッシュがそうしたいと思っているのならなおさら……」

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