4
「こっから先は空の散歩、なんてどーだ?
ほら、そのうち二人を飛行船に乗せてやるって言ってただろ?
今日は風もねぇし、気候も穏やかだし、飛行船飛ばすのに最高のコンディションなんだよ。
もちろん二人が嫌じゃなければ、だけどよ。
……どーかな?」
半分伺う様に問いかけながら、俺は微笑む。
そいつに──
「クヒ、」
いーじゃねぇかと言わんばかりに真っ先に犬カバが同意してきた。
俺はそいつにニッと笑ってミーシャを見る。
ミーシャが困った様な優しげな微笑みで俺を見た。
「……喜んで」
◆◆◆◆◆
洞窟内のとあるスイッチを一つ押すと、飛行船の前面──進行方向にある大きな岩壁が静かに横にスライドする。
そしてそこには──
「……うそ、」
「クヒ……」
ミーシャが口元に両手を当てながら、犬カバが目を大きく丸く開けて──目の前の光景を見る。
そう、そこには青く澄み渡った一面の空が広がっていた。
こないだヘイデンに見せてもらって以来、俺にとっちゃあもうすっかり見慣れた光景だが、二人は初めてだしな。
驚くのも無理はねぇ。
それにしても二人のこの驚き様……見ててなんだか楽しくなるぜ。
以前ヘイデンもこの光景に驚いた俺にフッと笑ってたが、今はなんとなくその気分が分かる。
俺は、ついこないだヘイデンから聞いた通りの話を、ちょっぴり鼻を高くしつつ二人に告げる。
「この辺りの土地の起伏の関係でさ、こっから海方向に飛行船を飛ばす分には、陸地からは見えねぇんだそうだ。
コースはある程度限られるけど、それでも案外楽しめると思うぜ」
へへっと笑いながら告げる間に、犬カバがぽてぽてと岩壁のあった辺りまで様子を見に行く。
そーしてそこが断崖絶壁で、下に海の飛沫が見えたからだろう、「キュ〜!」と完全にビビった声を上げ、犬カバがびょ〜んとその場に跳ね上がり、慌ててこっちに戻ってきた。
その様子に、俺は思わずニンマリと笑っちまった。
以前この光景を見た時、『犬カバがここにいたらこーゆー反応すんじゃねぇかな』と思った俺の予想と、今の犬カバの反応がほとんどぴったり合ったからだ。
俺は気分良く思いながら、飛行船から降ろした銀色のタラップの前へ行き、未だに口元に手を当てたまま目を丸くして洞窟の外を見るミーシャへ声をかける。
「驚くのはまだ早いぜ。
今からこいつでその向こうに行こうってんだからな。
〜さあ、行こう。
快適な空の旅を保証するよ」
ニッと笑って言った先で、ミーシャがこっちも微笑んでしっかりと一つうなづいた。
飛行船の前にやってきたミーシャに軽く初めだけ手を貸して、タラップを先に上がってもらう。
それから俺は、俺の足元後ろでちょこんと顔だけ出して未だに怖々と洞窟の外を見つめる犬カバへ顔を向けて──ニヤリと笑って声をかけた。
「……犬カバ、お前、怖いのか?」
からかい混じりに問うと、犬カバがたじろぐ様に、
「ク……クヒ?」
返してくる。
俺はニヤリとしたまま言う。
「別にいーんだぜ?ここで待ってても。
俺はミーシャと二人で空のデートと決め込むからよ」
ニマニマしながら言う。
まぁ、実際そいつも悪くねぇ。
それこそ空の上で二人きりだったら、いつもみてぇにいい雰囲気の所を犬カバやジュードに邪魔される心配もねぇしな。
思う存分いちゃつけるってなモンだぜ。
そんな俺の考えを読んだのかどうか。
犬カバが俺の顔を むむむっとした表情で二、三秒程も見上げて──そうして、
「〜クッヒ」
プイッと顔を背けて悠々と俺の足元後ろから出てくる。
そーしてそのままツンと鼻を上げ、ミーシャの後について優雅な足取りで銀のタラップを上がっていった。
その様子がどーにもおかしくって、俺は思わず小さく笑う。
恐怖心にプライドが勝ったのか、それとも単に売られたケンカを買っただけなのか。
俺は思わず笑いそーになるのを堪えて、俺も犬カバから数歩遅れて銀のタラップを上がる。
そーして甲板の上に辿り着くと、俺を待っていたミーシャと犬カバの前を通って悠々と舵の前に立った。
すぐ目の前には、崖に切り取られた様にそこにある、どこまでも青く澄んだ空。
風もなく、穏やかな気候。
ここ幾日も、俺は折を見ては飛行船を空に飛ばしてきたが、そん中でも今日は本当に最高の条件だ。
俺はおもむろに舵の左横についた とあるスイッチを押す。
と──飛行船の後ろの方で、飛行船と地上を繋ぐ銀のタラップが船体にしまわれていく。
そうして最後にいつも通り、ガチャン、としっかりとした音でタラップが完全に船体に格納された。
俺は──これまで飛行船を飛ばす時にはいつもそうしていた様に、そっと目を瞑ってすぅ、と息を吸い込む。
そうして息を吐いて──目を開けた。
今、俺の隣にはミーシャが、そして反対隣の足元には犬カバが並んでくれている。
思えば偶然に偶然が重なって出会った三人だ。
皆それぞれに訳アリで。
皆で色んな出来事や事件に関わって、今はこうして三人で、ここにいる。
そいつが──その事実が、俺の芯を、いつの間にか支えてくれている。
強くしてくれている。
この先、何が起こるかは分からねぇ。
レイジスに手を貸して、飛行船をサランディールの方まで飛ばして──。
飛行船も俺らも、次にまたいつこんな風に気軽に飛べるか分からねぇ。
全てが無事に終わる保証もねぇ。
だけど──俺はミーシャへ、そして犬カバへとそれぞれにニッと笑いかけて、いつもの俺らしく へらっとした声で「さぁて、」と告げた。
『ダルク・カルト』の文字が彫り込まれた金属のタグがついたエンジンキーをポケットから取り出して、指先でくるりと回す。
ジャラジャラッと小気味のいい音が辺りに響いた。
「じゃあ行くか。
二人共、振り落とされんなよ」
「〜キュ?」
「えっ?」
犬カバとミーシャがひやりとした焦りの声を上げるのにニヤリと笑って、俺は舵を左手に掴み、もう一方の手でエンジンキーを鍵穴に差して右に回した。
ブブンッとエンジンが唸りを上げる。
鍵穴のすぐ上にあるギアを上へ押し上げると、いつも通りに飛行船がゆっくり前へ動き出した。
ギアを握る手に力が込もる。
鼓動が速くなる。
目の前に、空の青が近づいてきた。
その距離を見定めて、俺はそのままギアを目一杯上へ上げ切った。
いつもと同じように、飛行船が地面と鋭角に上がって、そして──。
絶壁の向こうへ飛び出した。
空を切り裂き、雲を切り裂いて、ぐんぐんと空を上がってゆく。
空気を切り裂いた時に起こる風が、ブワァッと前から吹き付けてくる。
「〜きゃ……っ!」
「ッヒ!」
犬カバが俺の左足にぎゅむんとしがみつき、ミーシャが俺の腕を強く握ってギュッと一心に身を寄せる。
俺は思わず伸びかけた鼻の下に気づかれねぇ様にミーシャが握る腕とは反対の腕で鼻の下を擦り、そのまま操縦に専念したのだった──。




