3
◆◆◆◆◆
広く渡った草っ原を、一人歩いていきながら──俺は自分の閃きにほくそ笑みながら帰り道を進む。
そうしながらも、ここ数日、どっか心の奥底でわだかまってたモヤモヤが少しずつ消えていくのを感じていた。
空の青さと穏やかな気候が相まって、そこぶる気持ちがいい。
俺はヘイデンの屋敷へ戻る足を速めた。
ミーシャに、会いてぇ。
犬カバや、執事のじーさんや、ヘイデンにも。
たった半日顔を見てねぇだけなのに、んな事を思う。
もしダルクが生きていたら、俺の行動を見てどんな反応をしただろう。
サランディールに……レイジスに加担してサランディール奪還を手伝おうってぇのも、今日朝飯を食ってから、俺がミーシャや犬カバにしてやりてぇと思ってる行動も。
もしかしたらどっちも断固として反対をしてたかもしんねぇが……。
『……あの家に詰められた知識や飛行船は、てめぇが正しいと思う事の為に使え』
『他の誰の意見も、ダルクの遺志も関係ねぇ。
てめぇの頭で考えて、てめぇがちゃんと決断しろ』
そう言ったゴルドーの言葉に──そして俺自身の心に正直に、従ってやるつもりだった。
もし全てが終わって、いずれあの世でダルクに会う事があったら、そこでめいいっぱい怒られてやればいい。
『ゴルドーのヤローが言ったんだ!』って、ゴルドーを巻き添えにしてさ。
んな事を考えつつ……これから先の事を考えつつ、俺は思うより暢気な気持ちでヘイデンの家の前近くまで戻ってくる。
……と、そのヘイデンの屋敷の前に、ある二つの人影(……いや、人影と犬影、か?)を見つけた。
俺はおおいと軽く手を上げて二人(いや、一人と一匹……って、もういいか)に声をかける。
と、二つの影がパッと勢いよく俺の方を向く。
二人とも、心底驚いた様な──だけど不思議に心の奥底からホッとした様な雰囲気で、
「〜リッシュ!!」
「クッヒ!!」
大きく声を上げて、こっちへ走ってくる。
お……おお……?
戸惑うばかりの俺のすぐ目の前にやって来て……二人がきゅっと俺を見上げて口を開いた。
「〜今までどこへ行っていたの?
すごく心配したのよ!?
何の前触れもなく、急に夜中にいなくなるなんて!」
「クヒクヒ!!」
二人に寄ってたかって(?)責められて……俺は戸惑いながら目をぱちぱちと瞬いた。
「ああ、いや、悪ぃ……」
思わず気圧されるまま、謝ってみせる。
だが……
「……本当に、心配したわ。
このまま子供の頃と同じ様にどこかへ行ったきり帰ってこなかったらって……」
ミーシャが、最後は消え入りそうな元気のねぇ声で言う。
どーやら、んな事を心配させちまってたらしい。
自分でも不真面目だなぁとは思うんだが。
その様子に……俺は申し訳ねぇなぁと思う気持ちと同時に、何だか無性にミーシャを抱きしめたくなった。
もっとも、その俺の頭ん中を読んだみてぇに犬カバが じとーんとした目でこっちを見て来たんで、俺はごほんごほんと二度も咳払いしてそいつを誤魔化すハメになったが。
俺は……とりあえず仕方なく一つ肩をすくめて、ミーシャへ向けて安心させる様に笑ってみせる。
「──俺がミーシャや犬カバを置いてったままどっか行っちまって帰ってこねぇなんて、んな事あるわけねぇだろ」
温かみを持って、言ってやる。
そしてそいつは実際、俺の本音だった。
ミーシャは何か言いたげだったが──……俺は話を仕切り直す様に「さぁてと」と至って明るい口調で二人に言う。
「〜とにかくさ、俺はもう腹が減っちまってしょーがねぇよ。
皆朝食は食ったんだろ?
俺ぁもう執事のじーさんに言って、遅めの朝食兼昼飯を用意してもらうことにするぜ。
二人もちょっと早めの昼飯にしてさ、午後から三人で出掛けねーか?
ちょっとした、散歩にさ」
うきうきしてんのをなるべく悟られねぇ様にしながら、だけど最後は我慢できずにちょっとだけ含みを持たせて言う。
そいつに──……ミーシャと犬カバが互いに思わずってな感じで顔を見合わせたのだった──。
◆◆◆◆◆
宣言通りちょっと早めの昼食(と、俺にとっちゃあ遅めの朝飯)を執事のじーさんに用意してもらってありがたく食い終えると、俺、ミーシャ、犬カバの二人と一匹は再びヘイデンの家を出た。
ヘイデンも執事のじーさんも俺が帰って来た事にはさしたる反応も見せなかったが──ミーシャの話じゃあ二人もわりと俺の事を心配してくれてたらしい。
別にそーゆーつもりで動いてる訳じゃねぇんだけど、あれやこれやと、二人にはちょいちょい心配かけさせちまってるんだよな……。
そのうち埋め合わせでもしてやりてぇトコだが、この俺が何を以ってヘイデンや執事のじーさんに心配かけた埋め合わせをしてやれるのかは分からねぇ。
まぁそのうちいい案が出たらド派手に恩返しでもしてやるさ。
んな事を考えながら、ミーシャと犬カバの二人を引き連れて歩き慣れた道を行く。
初めの内は犬カバと同様(……なんて言ったらミーシャに失礼か)不思議そうに小首を傾げつつ俺の隣を並んで歩いていたミーシャだったが……。
しばらく行くと、そのミーシャにも行き先に心当たりが出来たらしかった。
レイジスの事があるからか、少し深刻そうな表情をしていたが──……俺は構わずのんびりとした歩調で“散歩“を楽しみ──そうして、ようやく目的地に辿り着いた。
ヘイデンの屋敷から少し離れた場所にある山の中。
俺らの目の前には大きく聳える崖がある。
崖の上から下までを長い蔦が絡まり合って覆っていて──その裏に、ある一枚の扉を覆い隠している。
そう──俺が計画していた今回の散歩の目的地は、飛行船を置いているこの洞窟だった。
「リッシュ……」
ミーシャが深刻そうに声をかけてくる。
なんとなく、ミーシャが心配している事も考えている事も分かったが、俺はそいつに気づかねぇフリをしてへらっと一つ笑ってみせた。
「ま、いいから中入ろーぜ。
んなトコ突っ立ってたってしょーがねぇだろ?」
一つウインクをしてそう告げて、俺は以前ヘイデンから貰い受けていた鍵を使って錠を開け、そのまま扉を開く。
そーして中へ入り込んだ。
俺のすぐ後には犬カバが、そして一歩遅れてミーシャが中に入る。
パタン、と静かにミーシャが後ろ手に扉を閉めるのとほぼ同時、俺は先に五、六段ばかりの階段を降りて、洞窟内の電気をつけた。
いつも通りの洞窟内に、いつも通りの光景が姿を現わす。
広い洞窟の中、たった一つ大きく中央に置いてある、飛行船の姿だ。
俺は温かい気持ちでその飛行船の姿を見、ついでゆっくりと段を降り始めたミーシャに以前と同じ様に手を差し伸べた。
ミーシャがきょとんと目を瞬くのに、俺は言う。
「──足元暗いから気をつけな」
これも、以前言った言葉と一緒。
その事にミーシャも気づいたんだろう。
差し出した手に、ようやくミーシャが思わずって感じでふふっと小さく笑った。
俺もへへっと笑ってミーシャが差し出した手を取って階段下までエスコートしてやる……と。
きゃふん きゃふん、と妙に主張する咳払い(……なのかは分からねぇが)で犬カバがせっかくのいい雰囲気を台無しにしてくる。
まぁ俺だってこの手の事にはもう慣れっこけどな。
俺はそいつにすら笑ってやりながら、ミーシャと、ついでに仕方ねぇから犬カバを連れて飛行船の前まで来る。
そーして二人にニッと笑ってみせた。