14
んな理屈、聞いた事もねぇぜ。
思いつつも、そう聞いて何だかちょっとうれしくなっちまってる自分がいる。
俺の声は、多少なりともリュートに届いていたらしいって事が分かったせいもあるが、何よりちゃんと俺の事、頼りにしてくれてたんだって、そう思えたからだ。
きっと──。
リュートはもう、大丈夫だ。
ノワール貴族のおっさんの事を思い出して心を痛める事もあるかもしんねぇし、これから先だってもしかしたら、またロイと一緒にいられなくなるかもって不安になる時だってあるかもしれねぇ。
けどリュートの周りには、リュートの事を一番に大切に思ってくれるロイがいる。
カフェの店主のじーさんも、あのウェイターだってリュートの力になってくれるだろう。
それにもちろん、俺やミーシャ、犬カバだって。
だからきっと、大丈夫だ。
そう思いながら隣のミーシャを見ると、ミーシャが温かみのある優しい微笑みで俺の笑いに返してくれる。
そーしてミーシャと二人、いい感じに笑い合っていると。
「クヒ」
犬カバがペシンと俺の足に尻尾を打ち付けて、『俺を忘れてくれるな』ってばかりに一つ鳴いてくる。
まったく……。
お前なぁ……たまには気を遣えよ。
思うが、まぁ犬カバに んな事を期待するだけ無駄か。
やれやれ、なんて心の中で思いながら道の先へ目を戻す。
そーして軽く正面を見上げた先で。
何とも言えねぇ、あの恐ろしくド派手で悪趣味な色づかいの『ゴルドー商会』の看板が
掲げられた建物が見えた。
……あ~あ。
看板見ただけで一気に気が滅入ってきた。
「は~……。
これでゴルドーへの報告さえなけりゃあなぁ。
今日も気分良く帰って寝れるとこだったのによ」
どーせ俺の顔見ればなんだかんだとイチャモンつけてゴタゴタ言うに決まってる。
せっかく気分もホクホクしてあったけぇ気持ちだったってぇのに、あいつのせいで何もかも台無しだぜ。
思いながらうんざりして言う……と、ミーシャがクスッと小さく笑った。
俺が「何だよ?」とミーシャの方へ視線をやると、ミーシャは言う。
「本当は分かっているんじゃないか?
ゴルドーさんは、少し素直ではないところもあるが、心根の優しいいい方だって。
リッシュの事もいつも心配して、気にかけて下さっている。
二人とももう少し素直になればいいのに」
やんわりとした優しい口調でミーシャが言う。
俺はそいつに思わず口をへの字に曲げて見せた。
心根の優しいいい方?
あのゴルドーが?
ジョーダンも休み休みにしてほしいぜ。
あのゴルドーのどこをどー見りゃそう見えるってんだよ。
思うが、ミーシャからはそれ以上何も言う気がないらしい。
俺は仕方なしに口をへの字に曲げたまま、改めて眼前の『ゴルドー商会』の建物を見た。
そーしてゴルドーの顔を思い浮かべて思わず片眉を上げてみせる。
心根の優しいいい方、ねぇ……?
◆◆◆◆◆
「──おぅ、来たか」
と、俺の予想に反して割に落ちついた、らしくもねぇ声を上げたのは、ゴルドーだった。
普段のゴルドーなら俺の顔を見るなりガミガミと怒鳴り散らしてくるトコだ。
『遅ぇぞ!!』
『俺サマがゆっくりしてけっつったのはテメェにじゃねぇ!!
ロイとあのチビガキにだ!!』
……だの何だのと。
俺は……思わずゴルドーの顔を訝しげに見る。
……ほんとにこいつ、ちゃんとゴルドーなんだろーな……?
と、俺の疑ぐる視線にゴルドーは若干怪訝そうな視線を向けてきたが『まぁいい』とでも言わんばかりに一つ肩をすくめてすぐに俺の隣のミーシャへその目を向けた。
そーして……いつもどーりに、ニヤリと悪どい笑みを浮かべてゴトンと机の上に重そうな音を立てて一つの布袋を置いた。
そしてその隣には、小さな鍵を一つ。
「──それは?」
問いかけたのはミーシャだ。
俺の足元後ろから、すっかりナリを潜めて隠れていた犬カバが、好奇心につられてひょこりと一つ顔を出す。
ゴルドーは言う。
「報奨金と、鍵だ。
まぁ、てめぇらにこの鍵は必要ねぇかもしれねぇが」
「……一体どこの、何の鍵なんだよ?」
訝しみながらも、問う。
ゴルドーがこの俺に渡す鍵?
しかも、くれるゴルドー当人が俺らには必要ねぇかもしれねぇと言う。
んな鍵、もらう意味がよく分からねぇ。
つーかそもそも一体どこの鍵なのか分からねぇんじゃどーしよーも出来ねぇよ。
そう思って問いかけた、先で──
「──『ダルク・カルトの家の鍵』だ」
ゴルドーが、ただ一言でそう返す。
俺は……思わず息を詰まらせて、言ったゴルドーの顔をまじまじと見た。
ゴルドーはそんな俺から視線を外したまま、何故か目線をミーシャに向けたままで言う。
「……あそこにゃあ、ダルクが生前飛行船について書いた設計図やら構想が書かれた紙が、そのままそこに置いてある。
いくらかの大事な本はヘイデンが自分の屋敷に保管してるが、それでもダルクの書斎にはてめぇらのタメになる書類がごまんと残されてるハズだ。
──この鍵は、飛行船と同じ本来持つべき所有者に返しておく。
煮るなり焼くなり好きにすりゃあいい。
てめぇらの事だ、んなモンがなくても鍵なんかこじ開けて入れちまうだろーが……。
少なくとも鍵がありゃああの家に関しては んな必要もなくなるだろ。
コソ泥みてぇなマネはこれで仕舞いにするんだな」
言った言葉は──確実に、この俺へ向けて宛てられた言葉だった。
『鍵なんかこじ開けて』、『コソ泥みてぇなマネ』の件じゃ思わずギクリと体を強張らせた俺だったが、どうやらゴルドーの声音に責める口調はねぇ。
俺がまさに今日の昼間、今ゴルドーが言った通りの事をしでかして来たって事には気づいてねぇみてぇだ。
俺はそっと目の前の机に置かれたダルクの家の鍵を見る。
こーしてよく見ると、確かにちょっと見覚えがあるよーな気もしてくる。
ゴルドーが『さっさと受けとれ』って言わんばかりに くい、と顎で鍵と布袋を示す。
隣のミーシャへ視線を向けるとミーシャが微笑みながら俺に視線を促すんで、俺は半ば躊躇いつつもその鍵を手に取った。
そーしてついでに(いや、どっちかっつーとこっちが本命か)隣に置かれたズッシリと重たい布袋を頂く。
ジャラリと袋の中で金貨が動く音がした。
この重みといい、音といい、けっこーいい額が収められてるらしい。
ゴルドーにしちゃあやけに気前がいい。
まさか前みてぇに札束と思ったらカフェのチケットだった、みてぇなオチじゃねぇだろーなぁ?
半分疑いつつ布袋の口の隙間をさりげなく見てみると、金貨らしい黄金色の輝きがしっかりと見て取れた。
布袋を持った感触から言っても、どーやら本物、らしい。
もしこれがちゃんと全部金貨だったとしたら、中々の報酬額になる。
ほんとーに……一体全体ゴルドーのやつ、どうしたってんだ?
こんなの普段のゴルドーじゃあり得ねぇ。
ロイに親切にしたり、俺らにカフェの食事を奢ってくれた事もそう、依頼達成の基準がすんげぇ甘かった事もそう。
今日のゴルドーは、なんだか変だ。
半ば訝しみつつ思いかけて……俺はその先を考えるのをやめて一つ肩をすくめて見せた。
……まぁ、いいや。
どーゆー風の吹き回しかは知らねぇが、こーしてちゃんとした報酬をくれるってんだから、大人しくもらっとくか。
俺はそう単純に考えて、ゴルドーへ向かって、
「じゃ、鍵と報酬額、確かに戴いていくぜ」
そう、声をかける。
そーしてそのまま、ゴルドーに背を向け部屋を出ようとしたん……だが。
「──おい、リッシュ」
ゴルドーが後ろから呼び止めてくる。
俺は──そいつに思わずゴルドーを振り返った。