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こんなんじゃ到底ゴルドーを説得することなんか出来やしねぇ。
案の定、俺の予想通りゴルドーの目がどんどん眼光の鋭さを増していく。
そこに見える言葉は完全に『不機嫌』の三文字だ。
「ちょっ……、ちょっとくれぇの休憩くらい、いいだろ?」
苦し紛れに言った言葉は、完全に迷走しちまっている。
もしかしたら、ロイがリュートを待ってここにいた時間は『ちょっとくれぇ』じゃねぇかもしれねぇ。
そしてその事は──おそらくもっと前からここに来て、中でコーヒーでも飲んでいただろうゴルドーがよ~く知ってるハズだった。
~完全に、マズッた……。
汗をだらだら流しながら、ゴルドーの鋭い視線を一身に受ける。
ゴルドーがしっかりと俺を睨みながら「あぁ?」とガラ悪く、俺に返してくる。
「てめぇ、何か勘違いしてんじゃねーのか?」
「か、勘違い……?」
一体何をどー勘違いしてるってんだよ?
焦りもそのままに問い返す──と。
そいつに答えたのは何故か、ゴルドーじゃなくロイの方だった。
「──オーナーが申し出てくれたんだ。
お前達がリュートを外へ連れ出してくれていると聞いて、夕刻には飯を食べに戻るだろう、店はいいからちゃんと出迎えてやれ、と」
言う。
ミーシャはそれに優しい笑みを浮かべて「ゴルドーさん……」と口にしたが……。
俺は──思わずポカーンとしてゴルドーの顔を見た。
『店はいいからちゃんと出迎えてやれ』……?
とてもじゃねぇが、ゴルドーが言った言葉とは思えねぇ。
だってよ、この俺に『ロイの働きぶりに問題があるからどーにかしろ』っつー依頼を出してきたのは、他ならねぇゴルドー自身だぜ?
そのゴルドーが、んなに思いやりに溢れた優しい言葉をロイに言うなんておかしいじゃねーか。
つーかそもそもゴルドーに『思いやり』や『優しい』なんつー心があるかもしれねぇ事さえ俺には信じられねぇ。
そう、思うんだが……。
どーやらそう思ってんのはこの俺だけらしい。
ロイはなんかしんねぇが信頼を寄せてるよーな顔でゴルドーを見てるし、ミーシャは上記の通りだし、あの犬カバでさえ、ほんのちょっと俺の後ろから顔だけ覗かせて『もしかしていい奴……?』っていうよーな顔でゴルドーの方を見てんだからな。
こんだけの人数にそんな目で向けられる事なんか滅多にないからだろう、ゴルドーはゴッホンとわざとらしく咳払いして俺ら全員から顔を背ける。
俺はそいつに思わず声をかけた。
「……そりゃいいけど。
カフェの方はどうなってんだよ?
コックがいなけりゃ注文が……」
言うとゴルドーがちらっと横目で俺を睨みやり──まぁ、たぶん本人にゃあ睨んでる意識なんかねぇんだろうが──皮肉っぽく口を挟む。
「こんだけ繁盛してるカフェに、コックの役割を果たせる野郎が一人な訳ねぇだろーが。
てめぇはロイに休みをやらねぇ気か」
「ぐっ……そりゃそーだけどよ。
俺はロイ以外のコックなんか、このカフェで見た事ねぇぜ」
時間は昼の前後だけ、働く期間も短かかったとはいえその間に見たロイ以外のコックなんかいねぇ。
一代前のコックは確か引退したよーな事を店主から聞いてるし……。
店には毎週定休日があるから、そこがフツーにロイの休みなんだと思ってたんだけどよ。
確かに言われてみりゃあロイが急病とか用事が出来ちまった時コックが他に一人もいないんじゃ困るは困るのか。
納得はしつつも疑問に思って言った先で、
「──店長だ。
俺がいない時は店長が代わりを引き受けてくれる。
俺なんかよりよっぽど経験のある、腕のいい料理人だ」
ロイがそう答えをくれる。
その答えに俺は思わず目を大きく開けてロイを、続けてゴルドーの野郎を見る。
店長……って、あの店主のじーさんが?
腕のいい料理人?
俺の疑問満載の視線にだろう、ゴルドーは半ば呆れる様な顔を送ってきた。
「……てめぇ、本当に覚えてねーのか。
てめぇも何度かじーさんの料理食ってたハズだぜ。
じーさんの作ったプリンがうめぇだの、ハンバーグがうめぇだの、あんだけ言っといてよ。
そん時働いてたコックは影で泣いてたぞ。
あんだけよく食ってうめぇうめぇ言ってやがったのに……呆気ねぇモンだな」
そう言ったゴルドーの口調には、呆れの中にほんの微かに残念そうな、寂しそうな響きが混じっていたような……。
そんな気がした。
まぁ、俺の気のせいなのかもしれねぇが。
どちらにしろゴルドーは「まぁいい」とその話を打ち切った。
「てめぇらここで夕食取ってくんだろ。
ロイ、てめぇも今日はもう上がっていい。
チビガキとそいつらと夕食食ってけ。
今日はまとめて全部、この俺様が奢ってやる」
言うのに……俺はますます混乱しちまった。
あのケチのゴルドーが、今日は一体どうしちまったってんだよ?
熱でもあんじゃねぇのか?
つーかこいつ、本当の本当にゴルドーか?
実はゴルドーの双子の兄とか、ゴルドーのそっくりさんとかなんじゃ……?
なんてバカな事を考えつつ、それでもその考えを捨てきれずにゴルドーを穴が開くほど見てる間に。
ロイが本当に心からの感謝を込めた様子で、
「オーナー……。
ありがとうございます」
ゴルドーに礼を言って頭を深く下げた。
その足にひっついたリュートはそんなロイをじっと見上げて、そーして自分のロイを掴んだ両手を見る。
ほんのちょっと何か考える様にその手を見てから──そっと、そこから手を離した。
俺やミーシャ、犬カバ……そしてロイがそいつに気づいて目を瞬く中、リュートはそのままゴルドーへ向かって、
「ありがとーございます」
とペコリと深く頭を下げた。
まるで、ロイの真似をしたみてぇだ。
ゴルドーはそいつにフッと笑って見せた。
「おぅ。
好きなもん、好きなだけ食って帰れよ。
遠慮しやがったらただじゃおかねぇぞ」
言ったゴルドーに、リュートがうれしそうにコクコクッと頷いた。
……いや、それはいいんだけどよ。
「~リュート、お前、手……。
もうロイにひっついてなくていいのか?」
ここに来るまで、絶対ぇに俺から離れよーとしなかった。
あのとっておきの場所でリュートと二人で話してからも、ずっと。
ロイの姿を見つけたら、真っ先にそこに走っていって、ロイにひっついて……。
まだまだ解決には長い時間が必要だと、そう思ってたんだが。
半ば戸惑いながら聞いた先で、リュートがすげぇうれしそうに、『もう平気!』って言う様に こくんっと一つ頷く。
俺はそいつに思わず拍子抜けして頬をポリポリ掻いた。
いや、まぁもう大丈夫だってんならそいつはそれでいいんだけどさ。
けどなんで今のこのタイミングで手を離してもいいって気になったんだ?
昼間俺と二人で話をした後、とかでもなくさ。
俺の疑問に気づいて……って訳じゃあ決してなさそうだが、リュートは俺に向けて言う。
「俺、リッシュが言った事、ちゃんと分かった。
もう、ロイといっしょにいられなくなるかもって、心配しない。
だからもう、ずっとひっついてなくっても大丈夫なんだ」
言った顔が、自信に満ちて晴れやかだ。
一方のロイは『もう、ロイといっしょにいられなくなるかもって、心配しない』っつぅリュートの言葉に、半ば動揺した様にリュートを見たが……。
けどまぁ、俺がこの場でなんだかんだと訳を話さなくってもいいだろ。
今のリュートはもう、いつもどーりの明るく人懐っこいリュートに戻ってて、本人ももう大丈夫だって言うんだから。
んな事を思いつつ、ロイの動揺を若干楽しんでみたりもしながら──俺は「へ~ぇ?」と笑い混じりにそう返す。




