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そりゃ、もしかしたらリュートにとっちゃあいくら相手が自分を酷い目に遭わせた犯人とはいえ、『死ぬ=かわいそう』って発想なのかもしんねぇが……。
けどこないだのあの状況で──犬カバの血を求めて狂気の沙汰で騒ぎ喚くあの姿を見りゃあ、フツー『かわいそう』より『怖ぇ』が勝つよーな気がするんだけどな。
そんならこのひっつき虫病にだって説明がつくだろ?
あん時の恐怖が忘れらんなくて、どーにも一人じゃ怖ぇし不安だからなんだって。
思いつつ……俺はよっこいせ、とちょっとだけ上半身を起こしてリュートに向かった。
「……何で、そう思うんだ?」
責めるつもりも問い正すつもりも毛頭ねぇから、ただの疑問としてフツーにリュートに聞いてみる。
リュートの方でも、俺の口調に咎めるフシがねぇ事には気がついただろう。
目線は下に向けたまま、言う。
「おじさん、自分の子供に会えなかったから」
今にも泣いちまいそうな悲しげな表情で、リュートは言う。
「おじさん、子供に会いたいってずっと言ってた。
『せーじゅーの血』があれば、子供が生き返るって。
そのために俺に怖い思いさせるかもしれないけど、許してくれって俺、言われたんだ」
『せーじゅー』ってぇのは、『聖獣』……つまりは犬カバの事だろう。
そう理解しつつ聞く中で、リュートはどっかしょんぼりしたまま話を続ける。
「……みんな、おじさんのこと悪く言う。
けどおじさん、俺には優しかったよ。
木に縛ってごめん、怖い思いさせてごめんって、いっぱい謝ってくれてた」
「──ああ、」
きっとリュートがそう言うんだから──そうだったんだろう。
俺からすりゃあ、そーやって謝るくらいなら、初めっから子供を誘拐なんかしてんじゃねぇ!と思うトコだが……。
リュートん中では、それでもおっさんは『根っからの悪人』って枠にはハマらねぇんだろう。
リュートは続けた。
「……おじさんの子供、ずっと昔に死んじゃったんだろ?
おじさんも死んじゃったら、もう二人ともずっと会えない。
あんなに会いたがってたのに……。
おじさんが、かわいそうだ」
「……リュート……」
他に言うべき言葉を見つけられず言った俺に、リュートは「でも……」と沈痛な面持ちで先を続けた。
「『せーじゅー』って、犬カバのことだったんだろ?
俺……犬カバがおじさんの子供のかわりに死んじゃうのも、嫌だった。
犬カバが、かわいそうって思ったんだ」
言った言葉が、重い。
言葉こそ片言気味だが、リュートの気持ちは痛いほどよく伝わってくる。
俺はちょっとだけ頷いて、ただリュートの次の言葉を待った。
余計な口を挟まず聞いてやった方がいいと思ったからだ。
「……俺、おじさんのこと好き。
でも、俺……おじさんが死んじゃったって聞いて、犬カバももう大丈夫って知って、ほんとはちょっと、ほっとしてる……。
おじさんのこと、好きなのに……。
俺……ひどいやつ、なんだ……」
最後は消え入りそうな悲しげな声で……リュートがいう。
その頬に、涙が溢れた。
「俺がひどいやつって知ったら、ロイ、俺のこと嫌いになるかもしれない。
俺、ロイのこと大好き。
ずっと一緒にいたい。
だから……」
ひっく、ひっくと嗚咽が漏れて、それ以上声にならねぇ。
俺は──そいつを慰める様に ぽん、ぽん、とその頭に手をやった。
「──だからあーやってずっとロイにひっついてたんだな」
言うとリュートがこくっと頷く。
リュートなりの──……ロイに嫌われたくねぇ、離れたくねぇっていう最大限の意思表示だったんだろう。
俺に乗り換えたのはロイの仕事の邪魔になってるって事が分かってたから──。
まぁ俺ならいいだろって思ったのかもしんねぇ。
「俺……自分のことばっかり、なんだ……」
ノワール貴族のおっさんの事は、気の毒に思ってる。
けど一方で、おっさんが死んで犬カバにもう危険がおよばねぇと知って、ほっとしてる自分がいて……そんな自分を『ひどい』と思って……。
ロイに嫌われたくねぇと思って、そいつが自分の事ばっかり考えてると責めている。
こんなに小っちぇえ体と頭で、そんなにたくさんの事を考えてたのか……。
俺は──リュートの頭にぽふんと手を置いたまま──……リュートを見つめてニッと一つ笑って見せた。
そーして言う。
「──だったら、俺と一緒だな」
リュートが「え?」とちょっと俺の方を見上げるのに俺は続ける。
「──あのおっさんが死んじまって良かったとも思わねぇし、おっさんの子供が生き返らねぇのも、おっさんにはそれが分からなかったのも、気の毒だし、かわいそうだ。
けど……俺は犬カバを好きだし、家族みてぇに思ってる。
今は死んじまったおっさんの子供の為にあいつを死なせる様な事は絶対ぇしたくねぇって、そう思った。
俺は犬カバと一緒に暮らしていてぇからさ。
……お前と、おんなじだ」
へらっと笑った顔は──もしかしたら弱々しく映ったかもしれねぇ。
そいつを誤魔化す為に俺は大きく息をついて「結局さ、」と話を続けた。
「本当はどっちにも不幸な目には遭って欲しくなかったって事なんだよ。
だけど残念だけどおっさんは死んじまって、もう帰ってこねぇ。
俺らは気休めに、おっさんが天国で子供に会えたらいいなって思う事しか出来ねぇんだ。
何をどうしたって過去を変える事は出来ねぇんだから」
言うと……リュートがちょっとだけ目を伏せて「……うん」と弱々しく一つ返してきた。
納得はしきれねぇ。
けど、おっさんの事について今更悩んで考えたってどうしようもねぇ事なんだっていうのは、理解が出来る。
──そんなトコだろう。
俺はちょっとだけ息をついて「けどよ、」と先を続けた。
「リュートが何をどう思おうと、それでロイがお前を嫌いになるって事は絶っ対ぇにねぇよ。
お前を見てりゃあよく分かるぜ。
ロイもお前に負けねぇくらいお前の事が大好きで、大切に思ってるって事がな。
だから、嫌われちまうとか一緒にいられなくなるかもとか、んな事は考えなくっていい。
自分の事ばっかりってぇのも……まぁ大体人間ってのは皆そんなもんだぜ。
あんまり自分ばっかりで人様にメーワクかけまくるってぇのは問題だけど、どっからどー見たってお前はその部類に入らねぇよ。
だから安心して、お前はお前の思う通りにいりゃあいいんだ」
そこだけは、自信を持って言い切れる。
俺の言葉が──リュートにもちょっとは届いたんだろうか。
ぎゅっと俺のズボンを握る手は離さなねぇままだが、大きくしっかりと一つ頷いた。
俺はそいつにへらっと笑って、リュートの頭に手をやったまま、もう片手を自分の頭の下に敷いて枕がわりにして空を見上げる。
一条の雲がゆったりと俺らの頭上を流れていく。
風は心地よく、耳にはさわさわと風が草を撫でる音が届いてくる。
リュートのひっつき虫がまだ治らねぇのは気になるが、きっと焦らずゆっくり待ってやれば、いずれはちゃんと治るだろう。
ゴルドーだって鬼じゃねぇ。
ちゃんと話せばある程度の理解は示すだろう。
どーしてもロイの仕事に支障が出るってんなら俺がこーしてロイの仕事の間だけリュートを連れ出してやったっていいしよ。
そんな事を考えながら、二人静かにそのまま草っ原で寝転がったままのんびり時を過ごした。
リュートの涙の跡が、消えるまで──。




