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◆◆◆◆◆


サァーッと気持ちのいい風が、辺りを吹き抜ける。


見渡す限りの草っ原は、俺がガキの頃見ていた景色と少しも変わってねぇ。


渡る風に緑の香りがある事も、草っ原も、陽の光も何もかも。


その場所は十二年前とおんなじ様にそこに存在していた。


今はもうねぇだろうと思ってたが……。


昔ダルクと暮らした粗末なボロ家も、以前とおんなじボロさで……けどしっかりとそこに建っている。


昔と違うのは広い草っ原にダルクの飛行船がねぇ事と、ダルク・カルト本人がこの場にいねぇ事だけだ。


そう──俺はミーシャ、犬カバ、そしてひっつき虫のリュートを引き連れて、旧ダルク・カルトの家の辺りまでやってきていた。


市街地から旧市街を抜け、そのまま街を離れての〜んびり街道を外れて北西に向かう事約十五分。


ちょっとした気分転換と暇潰しには案外ちょうどいい距離だろう。


ここに来りゃ、リュートがすんなり訳を話してくれて、問題も全て解決する、なんてもちろん思っちゃいねぇが、あのまま街をぐるぐる回ってたって疲れるだけだしな。


それに、イケメン・リッシュと『ダルク』がセットで街をうろついてたら注目浴び過ぎちまう。


人気がなくてゆっくり出来る近場でパッと出てきたのがこの場所だった。


「──こんな場所があったんだな」


と、『ダル』の口調でそう言ったのは、ミーシャだ。


リュート相手なら、別にもう訳を話せば『ミーシャ』として接してたって構わねぇんじゃねぇかとも思うが、まぁ んな事してもリュートを混乱させるだけだしな。


ムダと無意味は省略ってな訳だ。


犬カバが「クヒー」といかにも気持ち良さそうに風を浴びてほや〜んとした声を出す。


もちろん今も俺の足に絶賛ひっつき中のリュートは、こっちも興味津々の様子で目の前の草原を眺めていた。


ミーシャが……ふと草原から一軒のボロ家を見つけ、


「……あれは……」


と口にする。


俺はヘラっと笑って言う。


「昔、ガキの頃俺が住んでた家だよ。

正直まだ残ってるとは思ってなかったけど」


言うと、ミーシャがハッとした様に俺を見る。


俺はそいつににっと笑って見せた。


と、足元からリュートが、


「リッシュの家?」


興味津々で尋ねてくる。


俺はおう、と一つ返して見せた。


「まぁ、今はもう住んじゃいねぇんだけどな」


言いつつ、俺はその家の方に近づいてみた。


家の前に立ってみると、俺の曖昧な記憶の中でも昔の思い出が蘇ってくる。


カチャン、と玄関の鍵を開けて戸を開けるダルク。


あいつ背が高かったから、上に頭ぶつけねぇ様に家に入る時はいつも軽く身を屈めてたっけ。


そーゆー姿を見てたせい、ってぇのもあるんだろーが……。


ガキの頃には今見るよりもう少し大きな家だったって感覚があったんだが、今こーして見てみると、その頃の俺の体感よりも大分小さく見える。


これなら旧市街にある俺の家(って事にもう勝手にしちまってるが)の方がずっと立派ででけぇくらいだ。


思いつつ……俺はふいに にやっと笑って言う。


「──ちょっと中、入ってみるか?」


リュートに問いかけると、リュートの目がキラッと輝く。


そーして こくんっ!と大きく頷いた。


俺はそいつに笑って家の戸の前に立つ。


戸口には昔ダルクが使ってた家の鍵とは別に、一つの新しい錠前が取り付けられていた。


金色の錠前は、今現在も飛行船をしまってるあの洞窟の戸にかかってたのと同じもんだ。


つー事は、この家を管理してくれてんのもヘイデンか。


飛行船だけじゃなく、こんな誰も住んでねぇボロ家を、十二年も。


本当に、頭が上がらねぇや。


隣に立ったミーシャもこの錠前がヘイデンがかけたもんだって気づいたんだろう、柔らかにそっと微笑んで俺に目線を送る。


俺は人差し指で鼻を軽く擦って、照れ隠しに「さぁてと、」と口にする。


そーしてズボンのポケットから毎度お馴染みのヘアピンを取り出した。


「カギ?」


足にひっついたリュートが興味津々で問いかけてくるのに、


「ま、そんなよーなもん……」


だな、と言いかけた、ところで。


ミーシャがこほん、とわざとらしく咳払いする。


ほんのついさっきの微笑みはどこへやら……俺を強い目で見て、訴えてくる。


子供(リュート)鍵開け(そんなもの)を見せるつもりなの?……ってな。


俺は あ〜、と視線を横に彷徨わせて、言いかけた言葉を訂正(?)する。


「……でもねぇ事もねぇかもしんねぇ。

まぁ、とりあえずこいつはフクザツで難しい開け方しなけりゃならねぇんだ。

開け方はこの鍵を持ってるやつしか知っちゃいけねぇ事になってるからさ、リュート、悪いがちょっとの間目ぇつぶっててくんねぇか?」


言うとリュートが素直に「分かったー」と返してぎゅっと目を瞑る。


よしよし、これでいーだろ。


同意を求める様にミーシャを見ると、ミーシャが小さく息をつきつつも どうぞって感じに返してくる。


その横の足元で犬カバまでやれやれって感じに首を振ったが……お前は単にミーシャの味方をしてぇだけだろ。


思いつつも、俺は気にせず早速ヘアピンでまずはヘイデンの金色の錠前を外しにかかる。


ものの数秒でそいつを開けてから、今度は昔からある戸口についた錠に移る。


長年風雨に当たってたから錆びちまって開けにくいかと思ったが……まったく んな事もなく、すんなりと鍵が開く。


たぶんヘイデンが……きちんと管理してくれてるから、なんだろう。


思いつつも二つの鍵をあっという間で開けた俺は よし、と元気よく声を上げる。


「リュート、もういいぞ」


言ってやると、リュートがわくわくした様子でパッと目を開いた。


俺はそいつに笑って、ゆっくりと戸を内側へ開ける。


その場所は──十二年前と全く同じに、そこに存在していた。


ふんわりと明るく射す、窓からの光。


ボロい木のテーブルと、二脚の椅子。


その奥にはちょっとした炊事場がある。


そこに──ふいに ある一つの幻が映った。


黒い短髪の、背の高い男。


そいつは半身だけでこっちを振り返り、


『おう、おかえり、リッシュ』


ニッと笑って言ってくる。


『ダルク・カルト』の姿だった。


俺は思わず一つ瞬きをする。


その瞬き一つの間に──ダルクの姿は、そこからすっかり消え失せちまっていた。


俺は我知らず静かに息をついて、軽く目を細め、ダルクがいた炊事場を見つめる。


そのまま──たぶん、数秒が経っていたんだろう。


ふと俺の足元から、


「──きゅぅ、」


犬カバが小さく控えめな声をかけてくる。


ふと気づくと俺の足元にいた犬カバが「大丈夫か?」とでも言わんばかりの表情で俺を見上げている。


未だ俺の足にひっついたままのリュートも、きょとんと不思議そうに俺を見上げていた。


俺は思わず目を瞬いて、後ろのミーシャの方を振り返る。


その表情に心配そうな色を見つけて──俺は軽く頭を振った。


ったく俺は、一体何やってんだ。


思いつつ……俺は気を取り直して口の端をニッと上げてみせた。


そーして心配そうなミーシャと犬カバ、不思議そうな顔をしているリュートへ向けて笑いながら言う。


「〜悪ぃ、ちょっとボーッとしちまった。

ま、何にもねぇ家だけどさ、適当に休んでこーぜ。

後での〜んびり外に出てもいいしさ」


至って明るく、いつもの俺らしい調子でへらへら〜っとして言うと、どうやらそれで──少なくともリュートは──すんなり納得してくれたらしい。


俺の足にひっついたまま、リュートがくいくい、と俺のズボンを引く。


「〜あっちと、あっちは?」


それぞれ、左右に一つずつある戸を順に指差しリュートが問うのに、俺は未だに俺を心配そうに見ているミーシャと犬カバの二人をそのままに、 ああ、と自分の記憶を呼び起こしながら答える。


「左側は寝室だ。

たぶんベッドが二つ並んでるだけの狭い部屋。

右側は──……書斎、かな」


なんせ十二年も前の記憶だから怪しいが……たぶん、そうだったろう。


もちろん書斎はダルクのモンだった。


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