3
ミーシャの問いかけに、ゴルドーが「ああ、」と口にして先を続ける。
「〜てめぇらうちの経営するカフェのロイってコックを知ってんだろ。
あの男、こないだの事件があってからどーも仕事ぶりに問題があるらしい。
てめぇら行ってどうにかして来い」
言うのに……俺は思わず「はぁ?」と怪訝に問い返した。
ロイの仕事ぶりに問題があるって、なんだよ?
あいつは俺やラビーン・クアンと違って、普段から仕事をサボるってタイプの人間じゃねぇし、リュートの為にも一生懸命働いてんだろ。
一体何を根拠にんな事言ってやがんだ。
思わず噛みつこうとした俺だったが──ミーシャは小さく首を傾げてゴルドーの顔を見つめる。
そうして何かを考えたらしい。
一つ頷いて「分かりました」と返事する。
俺は思わず「げっ」とミーシャに向かった。
「おい、ミーシャ……」
言いかける俺をさらりと無視してミーシャはゴルドーへ柔らかに微笑む。
ゴルドーが……おそらくは人に んな微笑みを向けられた事なんぞ滅多にねぇからだろう、ケッと一つ喉を鳴らしてそっから顔を逸らす。
「〜解決したらまたここに戻って来い。
報酬は用意しておく」
言って──これで話は終わりだとばかりに片手でシッシッと犬を追い払うように俺らを追い払う。
〜ったく、なんなんだよ。
話はそれで終わりかよ。
んな依頼ならわざわざ俺らをここに呼びつける必要なかったじゃねぇか。
手紙に依頼内容書いといてくれりゃあ直でカフェに行ったのによ。
まぁでも用がそんだけってんならこっちだってそいつに異論はねぇ。
そういやあの事件の後ロイやリュートと会ってねぇし、リュートがどうしてんのかってぇのは俺だってちょっと気になっちゃいたんだ。
俺は──ゴルドーの俺らの追い払い方には納得いかねぇものの、軽く肩をすくめて「へいへい」といかにもゴルドーが怒り出しそうな口調で反抗して返し、さっさとその場を退出する。
俺の足が突然動き出したからだろう、犬カバがまたゴルドーとゴルドーの肖像画の視線に目を当てられて「クヒッ」と鳴いてびくりと跳ね上がり、慌てて俺の後についていく。
ミーシャだけは丁寧にもきちんとゴルドーに一礼してその場を後にしたみてぇだが……。
あんなムダに偉そうなやつに んな礼をする必要ねぇってぇの。
思いつつ、ゴルドーの部屋を出てそのまま玄関口をも通り抜け外に出ようとした──ところで。
まぁたラビーン&クアンと鉢合わせちまった。
……つーかたぶん、こいつらずっとここにいて俺らを待ち伏せしてたろ。
ちゃんと仕事をしろよ、仕事を。
思いつつさっさと二人から視線を出口へ向けて二人の前を通り過ぎる──と、その後ろでミーシャが二人に捕まった。
ラビーンとクアンがこそこそとミーシャに何かを吹き込む声が聞こえる。
「ダルくん、なんであんな男と一緒に行動してんのか知らねぇが、あんまりあいつとは関わらねぇ方がいいぞ。
元とはいえ一億ハーツの借金踏み倒してうちのボスに指名手配されてたよーな男だからな。
長く関わってるとダルくんまで悪の道に引きずり込まれちまうかもしれねぇ」
「そうだよ、ダルくん。
今回はボスの依頼みたいだからしょうがないけどさ。
この仕事が終わったらソッコーで縁を切るんだよ?
あんな元賞金首と交流があるなんて知ったらリアちゃんもきっと心配しちゃうしさ」
「なんかあいつに困らされるよーな事があったらすぐ俺らに言いにくるんだぞ。
すぐにこのラビーン様が駆けつけるからな!」
「もちろん俺もだよ〜!
ダルくんは俺らの弟分みたいなもんなんだからさ。
いつでも遠慮なく呼ぶんだよ。
あんなやつ俺らがあっという間にボコボコにしてやるからさ」
ったく……。
あいつら俺が聞かねぇフリしてやってるからって言いたい放題言いやがって。
思いつつも……。
俺はぐるりと目を回して文句を喉の奥に引っ込めて、さっさとゴルドー商会を出る。
俺の後ろでミーシャがほんのちょっと苦笑気味に「分かった」と返事する声が聞こえる。
俺の足元では犬カバがしっかり俺の歩調についてきながら──意味ありげに俺を見上げてニマニマしながら笑っていた──。
◆◆◆◆◆
ミーシャ、犬カバと共にカフェに着き(まぁ、カフェは今営業中だから、犬カバにゃあまたカフェの入口にある待合室で大人しく待っててもらう事にしたが……)仕事中のロイの姿を見つけた──……瞬間。
なんとも悔しい事に、ゴルドーの依頼っつーか、言いてぇ事は一発で分かっちまった。
出来上がったホットケーキもそのままに、フライパンを持ったまま一歩たりとも動かねぇロイ。
──いや、動かねぇってぇのは、言葉が違う。
正しくは動け《•》ねぇ、だ。
ロイのいつもの仏頂面が、今は心底困りきった様に下を──自分の足元を見ている。
「……リュート、少し動きたいんだが」
出した声も、困り果ててる。
そう──ロイの足元には、リュートがしっかりとしがみついて離れずにいた。
それもロイの両足をぐるっと自分の両の腕でホールドしてるから、ロイの方では半歩たりとも動けねぇ。
「……リュート、」
もう一度、ロイが困り果てた声をかけるが、リュートはますますロイにしがみつくだけだ。
俺は思わずミーシャと顔を見合わせる。
ハッキリと断言するが、俺はロイとリュートのこんな様子はこれまでに見た事がねぇ。
カフェで働いてた時でさえ ただの一度も、だ。
だってぇのにこーなっちまった理由は……考えられる原因は、一つしかねぇ。
こないだの人質事件、だ。
ミーシャも俺と同じ様な事を考えたのか、ほんのちょっと表情を曇らせて心配そうにリュートへ目線を戻す。
と──そこにいつもどーりのお気楽な口調で、
「あ〜、いいよいいよ。
後の盛り付けは俺はやるから」
とロイに助け舟を出したのはリアのファンのあのウェイターだった。
ロイはほんのちょっと迷った様だったが……。
とにもかくにも早くしねぇとホットケーキが冷めちまうと踏んだんだろう、不承不承フライパンをウェイターにそのまま渡した。
ウェイターは手慣れた様子でホットケーキを皿に空け、そのまま盛り付けてテキパキと客席の方へ運んでいく。
通りすがりにちらっとその盛り付けを見てみたが、ロイの盛り付け程とはいかねぇまでも案外いい感じに仕上がっている。
へぇ、中々やるじゃねぇか。
俺らとすれ違う時、ウェイターはミーシャの姿を見つけて一瞬何か口を開こうとした。
が、きっと大した事じゃなかったんだろう。
挨拶がてらにミーシャにだけニッと笑ってそのまま客席の方へホットケーキを運んで行った。
俺の事は目にも留まってねぇみてぇだ。
まぁ別にいいんだけどよ。
『リア』ん時はあんなに愛想よく「リアちゃ〜ん!」なんて挨拶してくるのが当たり前だったからか、な〜んか物足りねぇってぇか、そんな気がする。
まぁだからって「リッシュく〜ん!」なんて親しげに来られても怖ぇだけなんだけど。
んな事を考えつつ……。
俺は調理場とカフェ側との戸が自然に閉まるのを待ってから、フツーにロイとリュートに歩み寄る。
そうしながら「よぉ、」と一つ明るく声をかけた。
「二人ともこないだぶり。
元気にしてたか?」
へらへら〜っと笑いながら、フツーに近づいて話しかけた先で──。
二人が揃って不審そうに俺を見る。
まるで知らねぇ男から急に親しげに声をかけられちまった、みてぇな顔だ。
ミーシャがそいつに苦笑する。
「──リッシュだ」