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その時の事を考えながら──俺は、どーにも気が進まず看板を見上げたまま「なぁ、」と隣のミーシャに話しかけた。


「……やっぱりさ、このまま回れ右して帰らねぇか?

あんな依頼の手紙なんか俺らのトコにゃあ届かなかったって事にしてさ」


言うと……ミーシャが中々に冷ややかな じと目を俺に向けてくる。


そうして、


「馬鹿な事を言っていないで、行くぞ」


しっかりと『ダル』の口調でそう言ってくる。


そいつに当たり前の様にその後に続きながら──犬カバも「クヒ」とだけ応えててこてこと歩いていく。


ちなみに、ミーシャはもちろんいつも通りの男装姿。


犬カバも黒染めを落としてねぇから黒毛のかわいい(?)わんちゃんのまま。


この俺だけは何の変装もせず、イケメンの『リッシュ・カルト』としてここまでやって来た。


犬カバについちゃあノワール貴族の件もすっかり片がついたし、俺だってずっと前に賞金首から足を洗ったんだから、もう心配事は何にもねぇ。


それにゴルドーの手紙には『冒険者ダルクとリッシュ・カルト』って名指しされてた訳だしよ。


ゴルドーの野郎に女装姿を見られんのもシャクだし、何より……。


もし万が一にもここに辿り着くまでの道中で『リア』の姿でレイジスに会っちまうなんて悲劇が起こらねぇとも限らねぇしな。


そん時俺はどんな顔してレイジスに接すりゃいいのか分からねぇ。


こないだはともかく、今俺が特段の理由もなしに『リア』に変装してたら、何でまたリアの姿に?って疑問に思われちまう。


んな事になったら今度こそ、誤魔化しきれる気がしねぇよ……。


それにしても……。


ミーシャのじと目、いつになく冷てぇなぁ……。


原因はもちろんレイジスを騙し続けてる俺にあるんだろーが……。


思いつつ、俺は はぁ、と色んな意味で嘆息して……。


大人しくミーシャ、犬カバの後に続いてゴルドー商会の戸を潜ったのだった──。


◆◆◆◆◆


ゴルドー商会の内部は── 一年前に訪れた時と変わらず、玄関口からして悪趣味だった。


なんかしんねぇがデカい金製の女神(?)っぽい彫像が中央の階段を挟んで二体も並んでるし、通路の途中にゃあこれまた金や銀のツボやら何やら宝石の塊やらがショーケースに入っていくつも置かれてるし……。


大理石らしい床の中央にはド派手な龍の柄を施した金刺繍のレッドカーペットが。


壁には悪趣味な感じの色遣いのどぎつい絵が飾られている。


たぶんこれでもゴルドー的には“静か”な感じにまとめ上げた気でいるんだろうが……。


ここを見る時俺の頭ん中にいつも浮かぶのは、『成金』の二文字だけだ。


まぁ、自分の彫像とかまで飾ってねぇだけマシだけど。


思いつつげんなりしている……と。


「おっ、ダルくんじゃねーか!」


ちょっと離れた所から、よく聞き知った声が届く。


声の主は見るまでもねぇ、もちろんラビーンだ。


そしてその横にはいつも通りにクアンの姿もある。


普段ならここで「リアちゃ〜ん!」とクアンがうきうき話しかけてくるトコだが……。


今日はラビーン、クアン共にミーシャから俺へ視線を転じて……いかにも胡乱(うろん)な表情で、


「…………リッシュ・カルト」


言ってくる。


なんでてめぇがここに、しかもダルくんと一緒に?とでも言いたげだ。


まぁ別に俺だってラビーンやクアンにちやほやされててぇなんてこれっぽっちも考えちゃいねぇけどよ。


リアとしてあんだけ思いっきり親しまれてたって経緯があるからか、どーもこの『リッシュ』への表情っつーか態度に馴染めねぇんだよな。


俺はとりあえず軽く肩をすくめて頭をポリポリ掻いて顔を横へやる──と。


丁度そのタイミングで、正面の階段の一番上にわりと大きな足音が響いて止まる。


──声をかけられるまでもねぇ。


ゴルドーだ。


案の定、嫌〜な気持ちで見上げた先で、ゴルドーが俺らの事を見下ろしていた。


俺らの──っていうより俺の顔を見るなり、いつも通りのがなり声で言ってくる。


「〜遅ぇぞ、至急っつったろーが。

話は奥でする。

さっさとついて来い」


それだけ言って、こっちの返事も待たずにさっさと踵を返し、階段を上りきった先の廊下の奥へ進んでいく。


俺は思わずミーシャ、犬カバと顔を見合わせて──そーして仕方なしに肩をすくめてのんびりと歩を進めた。


ラビーンとクアンの前を通る時──二人がグラサン越しにギロリと俺だけを睨んでくる。


そいつは──もしリアへの普段の態度を知らなかったら──中々に凄みの利いたワルの一睨み、だったんだが……。


……やっぱりどーも、慣れねぇんだよなぁ。


◆◆◆◆◆


ゴルドーに案内されるまま、俺らは廊下の一番奥の突き当たりの部屋へ入る。


部屋の中は中々に広々としているが、どっか威圧的っつーか重っ苦しいっつーか、そんな感じだった。


入って右手には豪奢な客用のローテーブルと黒い革張りのソファー。


部屋の一番奥にはなんかやたらに高そうな素材の、重厚感たっぷりの木製の机と、それに見合った椅子。


その机の左手には、おそらくは机と同じ素材らしいドッシリとした立派な書棚がある。


書棚の中には中々に読み応えのありそうな本が並んでいた。


……とまぁ、そこまではいいんだが。


俺は思わず渋面のまま目を細めて、ゴルドーの机の後ろの壁にデカデカと掲げられたそいつを見上げた。


そこには──ある肖像画が金色のド派手な枠にはまって飾られていた。


いかにもキザな感じで葉巻を持ち、眼光鋭くこっちを見下ろしてくる、黒と白の縦縞スーツを着た男──。


葉巻を持つその手指にはゴツい宝石付きの指輪がいくつもはめられている。


ついさっき俺は玄関口を見て『いかにも趣味が成金っぽいが、ゴルドー自身の彫像を飾ってねぇだけマシだ』……と思ったが、どーやらそいつは前言撤回しなけりゃならねぇ。


ここが書斎なのか客間なのかしんねぇが、フツーの神経の持ち主なら んな風にバカでかく自分の肖像画なんか飾らねぇだろ……。


床に敷かれた絨毯だって毒々しい紫と赤だし、ほんとこんな中で普通に生活してられるその神経を疑うぜ。


ゴルドー商会の誰か、これは趣味悪ぃって教えてやれよ……。


ゴルドーは……自分の肖像画のすぐ下にある 机の椅子にドッカと腰を下ろし、俺らを悠々と見上げた。


肖像画のゴルドーと、生身のゴルドー自身と。


この威圧感たっぷりの部屋の中、二人のゴルドーに見据えられて……どーにも嫌な感じだ。


俺の足元で犬カバが「クヒ……」と密かに息を飲んでさり気なく俺の後ろに隠れた。


と──この部屋を見て何とも思わなかった……なんて事はまずねぇだろうが……。


ミーシャが「それで、」とゴルドーへ向けて温かみのあるやんわりとした声で問いかける。


「私達にご依頼というのは?」


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