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◆◆◆◆◆


男の護送や事件の後処理、ロイやリュートを家まで送り届けてもらう役を冒険者達に任せて……俺らが帰る頃には夜もすっかり更けちまってた。


ついさっきあんな事件が起こったなんて信じられねぇほど辺りは静かで──聞こえる音と言やぁ俺らが地面を踏み締める音くらいなもんだ。


ジュードが持つランタンの明かり一つだけが道の先をほんの一端だけ照らし出している。


ちなみに、帰る家はもちろんヘイデン家だ。


犬カバを狙う男も捕まった事だし別に旧市街の自分の家でも問題はねぇんだが、執事のじーさんが心配してるといけねぇしな。


冒険者達には『何でヘイデン?』ってばかりにちょみっと妙な顔されたが、それもこの俺のナイスな一言ですぐに解決した。


「ヘイデンさんは私たちの遠縁の親戚なんです。

今日は泊まっていけばいいとおっしゃって頂いていたので……」


親戚だなんて言ったと知れたらヘイデンに嫌な顔されそうだが、まぁ実際似たよーなモンだろ。


冒険者達もあっさり、


『そういやリアちゃんがギルドの救護室で寝込んでた時も執事さんがよく見舞いに来てたなぁ』


なんて納得してくれたんで、その辺は全く問題ナシだ。


……問題があるとしたら──


思いつつ、俺はそっと自分の後ろをのんびりとついてくるレイジスの姿を目の端に見る。


そう……。


俺らの帰途にはミーシャの護衛として道を先導するジュードと一緒に、その しんがりを務めるレイジスがついて来ていた。


冒険者の男共にはリアにくっついていくのをかなり睨まれていたが、本人はこれっぽっちも気にしやしねぇ。


ただ無言で何かを考え込んだまま──静かに俺らの後をついてくる。


それも大好きなこの『リア』を目の前にして何一つ話をする事もなく、だぜ?


俺は一歩歩くごとに胃から胃液がせり上がってくるような心地がした。


……絶対ぇ、気づかれてる。


少なくともリアがこの俺なんじゃねぇかと勘づいてはいる。


でなけりゃこんなシンとした空気になるかよ。


ミーシャもジュードも、ミーシャに抱かれた犬カバも、何の言葉も発しねぇ。


俺だってここで敢えて何かをしゃべり始める勇気はなかった。


五人、終始無言で歩き進める事しばらく──よーやく道の向こうに、ヘイデンの屋敷の明かりが見えてきた。


とりあえず……今日のところは、このまま無事に終われそうだ。


そう思った。


もしかしたらレイジスはリアの正体について考えてんのかもしんねぇ。


けど、今日はこのまま終わるだろう。


なんてったって夜も遅いし、あんな事件があって皆多少なりとも疲れてる。


リアの正体が実は『リッシュ』かもしれねぇなんて そんな些細な事、今問い正さなくったっていいはずだ。


うん、絶対ぇそうだ。


そう、自分を納得させる様に考えた──ところで。


ピタ、と後ろでレイジスが立ち止まる気配がした。


そーして俺が振り返るより早く──……


「──リッシュ・カルトくん、」


レイジスが──そう真面目な声で後ろから声をかけてくる。


俺は思わずその場でビキリと固まって──……


「──……え……?」


錆びたブリキのおもちゃみてぇにぎこちなく、後ろを振り返る。


レイジスがほんのわずかに顎を上げ、俺を見る。


その表情にはある二つの感情が浮かんでいた。


微かな怒りと──呆れだ。


実際レイジスは深く嘆息して俺へ向けて言う。


「──やはりそうか。

どうりでおかしいと思っていた」


その一言が、ズシリと俺の上に乗っかってくる。


──……終わった。


思ったのは、ただその一言だけだった。


レイジスが──たぶん俺の反応にだろう、静かに眉を寄せて目を閉じ、またもや深く嘆息する。


俺の頭の中に、ここしばらくのレイジスとのやりとりが走馬灯の様に駆け巡っては消えてゆく。


『リアさんは君の──双子のお姉さんなんだそうだね』


『そうそう!

双子の姉なんですよ』


ハッキリそう答えた、俺。


レイジスの事をちゃんと『さん付け』で呼んだ俺に、


『いや、リッシュくん。

いずれは君の義理の兄になる予定だ。

俺の事は兄と呼んでくれ』


『じゃ、じゃあ、レイジスの兄貴』


言われて呼ぶと、心底うれしそうに顔を輝かせたレイジス。


その──今までの全てが、今ここに崩れ去った。


レイジスのこの表情と溜息がそいつをハッキリと告げていた。


「──……兄上、その事だけれど……」


ミーシャがためらいがちにレイジスに声を掛けかける。


だがレイジスはゆっくりと首を横に振る事でその声を拒否った。


そうして「分かっている、」と重く鬱然として言う。


次にどんな言葉が出てくるか──。


怒りの言葉か、冷てぇ言葉か、それとも蔑みの言葉か──……?


俺が思わず俯き、目をギュッと閉じて覚悟を決めている──と。


「〜分かっている。

遠い街にいる親戚の看病をしているリアさんが、突然この街に戻って来られるはずはないからな。

それで仕方なく、顔も姿も瓜二つの君がリアさんに変装することにしたんだろう?」


そう……ほとんど確信を持った口調でレイジスが問いかけてくる。


俺は思わず顔を上げ、


「……へっ……?」


ぽかんとしてレイジスを見た。


ミーシャも目をぱちぱちさせてレイジスを見てるし、その腕の中の犬カバは目をまんまるくしてやっぱりレイジスを見てる。


ジュードだけは無を貫き通してどっか遠い彼方を見てるよーだが……。


ともあれミーシャは、もうこれ以上このまま放っちゃおけねぇと思ったらしい。


「兄上、あのね……本当は……」


「あっ、おい……」


明らかに真実を口にしようとしたミーシャに半ば焦って俺が言いかける……が、んな必要はなかった。


レイジスはまたも頭を振ってそのどれもの声をも遮ってみせる。


「いくら似ているとは言え、ほんの僅かな間でもリッシュくんとリアさんを見間違えてしまうとは……。

俺は本っ当に自分が情けない!

こんな事リアさんに知れたらどう思われるか……。

俺のリアさんへの愛を疑われても仕方がない」


かなり心痛に、入れる穴があるなら入りたいとばかりにレイジスが言うのに……。


俺は一瞬──ほんの一瞬だけ、このレイジスの言葉や反応が演技なんじゃねぇかと疑った。


さっきの深い溜息や、俺を見下ろした時のあの微かな怒りと呆れの表情。


それが全部を物語ってんじゃねぇのか。


レイジスは全てを分かってる。


『リア』なんて女の子はこの世に存在しねぇ事。


この俺が女装した姿こそが、本当は『リア』だったんだって事。


その事実をちゃんと俺の口から吐かせる為に……その為にこんな心痛そうな演技をしてんじゃねぇか……ってな。


だが……。


こうしてじっとレイジスの様子を窺う限り、どうもそういう感じじゃねぇ。


レイジスの落ち込みも声も、どーやら本当に裏表のない、心からのもん……みてぇだ。


俺は答えを求める様にちらっとミーシャの方を見る。


ミーシャがほんのちょっと口をきゅっと曲げて、困った様に首を横に振った。


どうやらミーシャも俺と同じ考えらしい。


……ミーシャの兄貴に対してこう言うのもなんなんだけどよ。


前々から思っちゃいたが……。


レイジスのやつ、リアの事が絡むと急に頭がバカになるんじゃねぇか?


やたらに妄信的っつぅか。


思いつつも俺は……大人しく話に流されておく事にした。


「まっ……まぁ、リアは今ここにはいねぇんだしさ。

俺らが言わなきゃリアが今回の事を知る機会もねぇって!

それに冒険者達だって、誰も俺がリアじゃねぇなんて気づいてやしなかったぜ?

むしろこの俺の完璧な変装を見破るなんてさ、兄貴のリアへの愛ってやつが強い証拠だよ。

〜なっ、ミーシャもそう思うだろ?」


段々とレイジスの目に輝きが戻ってくるのを確認しつつ、最後の一押しでミーシャに話を振る──けど。


そいつはどうやら失敗だった。


ミーシャは──何とも言えねぇシラ〜ッとした冷てぇ目で俺を見返すだけで、うんともすんとも言ってくれねぇ。


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