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俺の足元でも、犬カバがブルリと一つ身震いした。


俺はとりあえず息を吐いて続ける。


「……まぁでも、リアとダルクと犬カバは、遠くの街に行ったって事になってんだ。

向こうもしばらくはこの辺りをうろちょろするかもしんねぇが、ここにリアも犬カバもいねぇと分かりゃ、すぐに他の街へ向かうだろ。

俺らはそれまで、大人しくここに隠れてりゃいい。

何も心配いらねぇさ」


ノワール貴族が俺らをどんだけ探ろうが大した事ねぇってばかりに、言ってやる。


けど──……。


本当に、そうなんだろうか。


んな思いがじわりと俺の胸の内に流れた。


そもそも犬カバは見世物屋のおっさんと一緒にエスティリアへ向かったって事になってるはずだ。


見世物屋の店主が俺やミーシャに犬カバを預けた事だって、他の人間は知らねぇはずだろ?


第一リアが飼ってんのは『可愛い黒毛のワンちゃん』で、決して『ピンクの毛並みの犬』じゃねぇ。


なのに何で見世物屋じゃなく、この俺の方に目をつけたんだ。


見世物屋の話を聞いた時から相当執念深いやつだとは思っちゃいたが……。


こいつは、マジで気をつけとかねぇといけねぇかもしんねぇ。


ミーシャも同じ事を考えてんだろう、キリッとした表情で俺の言葉に頷いた。


犬カバが心配そうに「クヒー……」と鳴くのに、俺はちょっと屈んで『大丈夫だ』って気持ちを込めて頭を撫でてやる。


そうだ。


絶対ぇ大丈夫だ。


ここには俺やミーシャの他に、ヘイデンや執事のじーさんもいる。


シエナもいるし、レイジスだってノワール貴族の事について出来るだけ調べてみるって言ってくれてた。


心配なんか何もいらねぇ。


大丈夫だ。


そう俺は自分に言い聞かせて──犬カバの頭を撫でる。


お前をノワール貴族なんかにむざむざ引き渡しちまったりなんか、絶対ぇしねぇからな。


◆◆◆◆◆


──その人物は、街の大通りから少し離れた小さな路地の片隅で、壁に手をつき浅い呼吸を繰り返していた。


手も足も、震えが止まらない。


力が入らず、今にもその場にくずおれてしまいそうだったが、彼はすんでのところで堪えていた。


首をもたげ、どうにか正面を睨み据える。


目が霞み、眼前がはっきりしない。


目を細めれば多少はマシになったが、それだけだった。


──ここで倒れる訳には、いかない。


今はノワールの家で眠る娘の為にも、絶対に。


周りの者達は娘は死んだのだと彼を諭したが、彼は全くそれに納得していない。


そう──娘は『眠っているだけ』なのだ。


心臓は止まってしまい、息もしていないけれど、聖獣の──飛翔獣の血があれば、娘は再び息を吹き返す。


止まった心臓だって動く。


戻った時に肉体がなければ困るから、娘の体は氷も溶けない冷たい蔵に入れ、生きていた頃そのままの姿でそこに寝かせている。


生き返らせる、準備は整っている。


あとは聖獣の血さえあれば……。


彼は震える拳を握り、頭を働かせる。


この頃ではどういう訳か──無理を重ねひどく弱り果ててしまった肉体とは裏腹に、頭の方だけは妙に冴え渡っていた。


リアとダルク姉弟が聖獣を預かった事には見当がついている。


そして、彼女たちが雲隠れした場所についても……。


問題はどのように彼女達を──聖獣をこちらの前に引きずり出すか、だが……。


と、考えて──ふいに彼はある一つの方法を考え出し、口元に僅かながらの笑みを溢した。


ダルクとリア、この二人はカフェで聖獣と遊んでいたという少年と浅からぬ縁がありそうだった。


それなら──……。


そう、一人静かに考えて──彼は再び、震える足を前へと押し出したのだった──。


◆◆◆◆◆


その日はいつも通り何の進展もなく、かといって後退することもなく終わろうとしていた。


シエナから電話があって丁度二日──。


窓のある部屋には行ってねぇから外の様子はしれねぇが、時計の針はもう夜の八時を過ぎている。


もうとっくに日も落ちて、屋敷の外も真っ暗になってる頃合いだろう。


俺は与えられた自室の机に向かってダルクの赤い手帳と、ヘイデンから借りてる飛行船関連の本を広げたまま、ぐるりと視線を上へ上げた。


埃ひとつ、シミの一つもついてねぇ天井が高ぇ。


俺の足元床ではいつも通りにクッションの上に丸まった犬カバが『ズピーズピー』とま〜たヘンないびきを掻いて寝てやがる。


まぁ、夕食も食い終わったし、気持ちよく寝ちまう気持ちもよく分かる。


それにまぁ、ノワール貴族を怖がって一睡も出来ねぇとかより数倍マシか。


俺は天井をぼーっと見据えてしばらくしてから静かに息をついて視線をダルクの手帳へ戻した。


この中にある内容は、複雑な数式から意味も取れねぇ走り書きまで、全部俺の頭の中に入っちまってる。


それでも──なんでか分からねぇが、ヒマさえあればついまた開いて見ちまう。


ヘイデンも俺がこいつを持ってる事には気づいてるみてぇだが、特に何か言われる事もなかった。


「…………ダル、お前だったら、どうする?」


ぽつり、手帳へ向けて話しかける。


このままヘイデンの屋敷にいて、隠れ続けて。


本当に んな事でこいつは解決すんのか。


犬カバにはああ言ったがノワール貴族だってバカじゃねぇ。


例え一度この街で情報を得られずに他へ行っちまったとしても、やっぱりこの街にいるはずだ、何かヒントがあったはずだって、いつまた思い直して戻ってくるか分からねぇ。


ヘイデンも言ってたじゃねぇか。


世界中、どこへ逃げ隠れしようと安全な場所はねぇかもしんねぇ、問題の『元』を正さねぇ限りは……って。


今ここでノワール貴族に何か手を打たねぇと、これから先もずーっとあいつの影に苛まれる事になるんじゃねぇのか。


考えてると──ふいにこの部屋の向こう──廊下にある電話のベルが鳴った。


ほんの数秒の呼び出し音の後、執事のじーさんが電話の所まで行く音がして、ベルが止まった。


──またシエナか?


カタン、と軽く腰を浮かせて椅子から立つと、足元の犬カバが「ズピッ!」と一つイビキを掻いてパッとその場に起き上がる。


俺は部屋の戸を開け廊下へひょこりと顔を出す。


と──隣の部屋の戸が少し開いて、ミーシャが俺と同じ様にちょっとだけ顔を出した。


どーしたんだ?と言わんばかりに犬カバが俺の足元に寄ってきて、やっぱり廊下の電話の方を──そこに立って電話を受ける執事のじーさんの方を見た。


「──はい……はい……かしこまりました」


じーさんの受け答える声に、ピリリとした緊張感がある。


電話が鳴ったのに気がついたからか、それとも何か気づくことがあったからなのか──廊下の階段からヘイデンが眉を寄せたまま降りてくる。


俺がそいつに気を取られてる間に、じーさんが「では失礼します」と電話口で告げて、静かに受話器を電話機にきちんと戻し、電話を切った。


そーして自然と集まった俺ら全員の顔を見渡し──口を開く。


「──シエナ様からです。

カフェのコック──ロイ様の所のリュートくんの姿が夕刻から見えなくなってしまったと。

それと合わせておかしな手紙がギルドの方へ届いたそうで」


俺は思わず顔を強張らせてじーさんを見た。


じーさんは続ける。

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