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何でそんなふうに感じたのかは俺にも分からねぇ。
ジュードは何とも思ってなさそうだが……レイジスの横のミーシャは何故かほんの少し不安気に兄貴を見つめている。
俺がそのミーシャの表情に気を取られかけていると、ヘイデンが淡々とした面持ちでただ一言「承った」と答える。
「もとよりそのつもりだ。
ミーシャ殿の身の安全は、こちらで引き受ける」
ヘイデンの言葉にレイジスが破顔する。
「──ありがとうございます」
言った言葉も笑みも、どこもおかしくねぇ。
ねぇんだが……。
なんだろう、この何とも言えねぇ感覚は。
犬カバが平和そうに俺の足元でむしゃむしゃとチキンにがっつくのをちょっと見ながら──俺は誰にも気づかれねぇ様に小さく片眉を上げた。
と──少しの間を置いて、ミーシャがそっとレイジスへ向かって口を開く。
「──ところで兄上、」
「──うん?」
ミーシャの重たい表情にレイジスは和やかに微笑みかける。
ミーシャはそいつに一切表情を緩めることもなく、続きを口にした。
「── 一年前のサランディールの内乱……。
あの日サランディールで一体何があったのか……兄上の知っている事を教えては頂けませんか」
さらりと核心をついてミーシャが問いかけるのに……レイジスは一瞬スッと笑みを引っ込め、そーして少し困った様な目でミーシャを見下ろした。
はぁともふぅともつかねぇ息をついてテーブルの上の食事に大仰に手を広げる。
そーしてミーシャに目で訴えかける。
今その話までしたら、せっかくの飯が冷めちまう……って。
……まぁ、レイジスは んなしゃべり方しねぇかもしんねぇが。
わりに真剣な目で訴えて、レイジスはやんわりと口でもミーシャに訴える。
「──食事の後にしよう。
執事殿の料理をまずは味わいたい」
やんわりとした口調だが、そこには有無を言わせねぇ響きがある。
実際ミーシャはその返答にほんの少し不満げにしながらも、大人しく口を閉じた。
レイジスは『分かってくれて良かった』とばかりに微笑んで、食事の前の祈りの言葉を口にして、再びヘイデンに食事の席への招待に対する感謝を述べてようやく食事を開始した。
さすが王族の出だけあって、食事の取り方もなんかしんねぇが上品だ。
俺は詳しい事は分からねぇが、たぶん食事のマナー的なもんもバッチリ出来てんだろう。
俺やミーシャも、レイジスとヘイデンに続いて食事を始める。
一番最後にジュードも静かに食事を取り始めた。
だんまりを決め込んだままのジュードに引き換え、レイジスは朗らかに和やかに談笑を交えつつ食事を進める。
つっても、ミーシャはあんまりその談笑には加わらねぇし、ヘイデン・ジュードもいつも通りのだんまりだからレイジスの談笑の相手はもっぱらこの俺、なんだけどよ。
けど……何つーのかな?
そのレイジスも、一見俺との会話を楽しんでるよーに見えて、その実まったく別な事を考えてる様な……。
俺はそいつに気がつきながらも、レイジスの穏やかな談笑に付き合う事にしたのだった──。
◆◆◆◆◆
それから小一時間後──
(見た目には)和やかな昼食会も終わりに近づき、執事のじーさんが皆にうまくて温かい茶を淹れ直してくれた、その頃合いに──。
レイジスは俺との談笑を切り上げて、ようやく隣のミーシャの顔へ視線を転じた。
ミーシャがそいつに不満げに兄を見返す。
まぁ、こんだけ話を先送りにされて、しかもその間に為されたのがどーでもいい談笑のみだったんだから、ミーシャの気持ちも分からなくもねぇけど。
レイジスはそのミーシャの顔を見て静かに一つ息をついた。
そうして、言う。
「──分かっている。
サランディールの内乱の日の事、だよな」
言った横顔がちゃんと真面目になっている。
ミーシャがレイジスの言葉に小さく一つ頷くと、レイジスはテーブルを囲む皆の顔を見る。
執事のじーさんはそいつに静かに一礼して、話の邪魔にならねぇ様部屋を出ようとしたんだが……。
レイジスが片手を上げてそいつを留めた。
いてもらって構わねぇっていう、無言の合図だ。
じーさんがもう一つ礼をしてその場に留まるのを、気配で感じながらだろう、レイジスが
「──さて、」
と一言口を開いた。
その、たった一言で。
その場にいる全員の注目が一気にレイジスに集まる。
俺の足元にいた犬カバでさえもぴょんと俺の膝の上に跳ね上がり、レイジスの方を大人しく見つめる。
俺だったら んなに一斉に注目なんかされたら多少なりとも怯んじまう所だが、レイジスはまったく何にも動じてねぇ。
人の注目に──“見られる”って事に慣れてる人間の所作だ。
レイジスは構わず先を続ける。
「結論から言えば、俺があの内乱について知っている事は、すでに世間で知られている内容とさほど変わりない。
父王や兄、アルフォンソが討たれた事、内乱の首謀者は宰相のセルジオであった事。
そのセルジオが今はサランディールを乗っ取り好き勝手にしている事だ。
セルジオは──確かにかなり以前から、怪しむべき点のある人物だった。
もちろん俺は反対したが──……ノワール王とミーシャとの縁談を持ち出したのもセルジオだったし、妙な噂もいくらか耳にしていた。
ノワールと裏で結託し、サランディールで反逆を企てる気なのでは、と思える様なものもいくつかあった」
レイジスがさらりと言うのに、俺は思わず「じゃあ、」と口を挟みかけた。
だったらなんでそん時、そのセルジオとかいう宰相をちゃんと問い詰めなかったんだ。
レイジスの話じゃ『かなり以前から』怪しむべき点があったんだろ?
その間にきちんと真偽を明らかにしてりゃあ、サランディールでの内乱は防げたんじゃねぇのか。
それにミーシャだって……危うくノワール王と結婚させられちまうトコだったんだぜ?
もしかしたら何かとんでもねぇ悪巧みをしてるかもしれねぇってのに……どうして んなに簡単にその縁談を受け入れたんだよ?
そう言いかけたんだが、レイジスはそいつに静かに首を横に振って答えた。
「こういった噂話は──特に噂の人物が地位の高い者であればあるほどに、"出回るもの"なんだ。
真偽の程を本人に問い詰めたところで常に本当の話が聞ける訳でもないし、やましい事があり、自分が疑われていると勘づけば、その証拠は狡猾な者ほどうまく隠す。
俺と兄は水面下で方々手を尽くし、セルジオの事を色々と調べたが、やつが国を裏切りノワールと内通しているという証拠はその時何一つ出てこなかった。
父王は、セルジオを信じておられたよ。
おそらく最後の時までね」
言ったレイジスの言葉端に──ほんのわずかに苦い物が混ざる。
レイジスにとっても悔いの残る話、なんだろう。
レイジスは一つ息をついて話を続けた。
「内乱が起こったあの日の晩、俺が目を覚ました時にはもうかなり火が回っていた。
詳しい状況を確認するなんて事は、とても出来なかった。
それでも父王やアルフォンソが討たれた事、俺とミーシャの命が狙われてる事は騒乱の中で容易に知れた。
お前の事もかなり探したが──結局俺は、お前を見つける事が出来なかった。
俺は一人裏道から城下へ抜け出し、そのままトルスへ亡命したんだ。
内乱の首謀者がセルジオだったと知ったのはその後だ。
俺は結局今も、セルジオとノワールに本当に何か関連があったのか、何故あんな事になったのかも分からない。
だが──……いずれ必ず、皆の無念は晴らす」
テーブルに乗せた拳にグッと力を込めて──……レイジスが強く、そう断言する。
そうしてそっと、ミーシャに向けて苦笑いして見せた。
「……俺の話はそれだけだ。
大した話もなく悪いがな」
まるで──思わず力を込めて言った本心を隠すみてぇなその苦笑と言葉に、ミーシャは何も言わずにそっとテーブルの上の自身のティーカップに視線を落とす。
レイジスは優しげな苦笑いのまま、言葉を続けた。
「──心配するな。
お前やリッシュくんたちの身の安全を脅やかすつもりは毛頭ない。
犬カバくんを狙っているというノワール貴族の件も、俺とジュードで請け合おう。
二人と一匹はここで大人しく匿わせて頂きなさい」
言って──レイジスはミーシャの返事を待たず、「さて、」と話を締めくくった。
「──すっかり長居してしまいました。
そろそろお暇させて頂きます。
──ハント卿、」
言って、レイジスはヘイデンへ向かって声をかける。
「──妹の事を、よろしくお願いします」
深く、きっちりと頭を下げて言うレイジスに──ヘイデンが無言のままに一つ静かに頷いた。
レイジスがそいつに小さな微笑みを浮かべて、席を立つ。
そいつに合わせる様にジュードも席を立った。
俺は──俺もそいつに合わせて席を立つ事にした。
膝の上の犬カバが「キュヒッ」とヘンな鳴き声を上げて床に降り立つ。
俺はレイジスに向けて、言う。
「──途中まで見送るよ。
街に戻るんだろ?
いい裏道、知ってるぜ」




