表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/284

4



◆◆◆◆◆



ゆったりゆったりと夕暮れが過ぎ去る。


街にぽつりぽつりと小さな明かりが灯っていく。


夕食のいい香りがふんわり流れる頃……ようやくカフェの最後の客が出ていった。


そろそろ閉店の時間だ。


じーさんの話によるとその後しばらくは店の片付けや明日の用意なんかがあって、店に誰もいなくなるのはそれからしばらく経ってからってことらしい。


俺とダル、そして“黒い毛並み”の犬カバは昼間のうちは家に戻って時間を潰し……ま、ヘタに人のあるトコに出て女装や犬カバの変装暴かれんのを防ぐ為だ……夕暮れ近くなってから、またこっそり店の近くまで戻ってきた。


街の建物と建物の隙間に潜んで、今度は店員達が店から出ていくのを待つ。


じーさんの言葉通り、店の明かりが完全に消え、最後の従業員……ロイだった……が出ていったのは、それからしばらく後の事だった。


ロイの姿が完全に通りの角を曲がり、見えなくなったのを確認してから……俺とダル、そして何故か犬カバまで、揃って目を合わせて頷く。


ちなみに言うと俺と犬カバはもちろん“美人でかわいいリア”と、“黒い毛並みのワンちゃん”っていう出で立ちだ。


いくら外が暗かろーが、街に出る以上は用心するに越したことはねぇからな。


ダルが夜陰に紛れて店の裏手の方へ向かう。


俺はというと、目立たねぇ様素早く店の戸口まで忍び寄り、じーさんから預かった鍵を使って真っ暗な店内へ足を踏み入れる。


そうしてサッと戸口を閉める……がその隙間を縫って犬カバがするりと中へ入ってきた。


おいおい、てめぇは大人しく外で待ってりゃいーんだっての。


そんな俺の思いをよそに、犬カバは勝手に迷いなく店を奥へ奥へと進んでいって、すぐに暗闇に同化して見えなくなっちまった。


俺は思わずぐるんと目を回して肩をすくめ、近くの壁に手をつき、歩き進める。


いつ食いモン荒しのネズミだかガキだかがここに来るか分からねぇからおいそれと明かりをつける訳にもいかねぇ。


俺は頭の中にある店の間取りと、見える範囲の物の形を頼りにカウンターの端まで行き、板を跳ね上げて調理場の戸を開く。


まあまあ長い間外に潜んでた甲斐あって、暗闇にゃ多少目が慣れてる。


俺は迷いなく保存庫の前まで行き、そのドアノブをそっと回してみた。


……予想通り、戸は何の抵抗もなく開く。


じーさんの話じゃ、保存庫の鍵は毎日最後にきちんと施錠されてるハズなんだが。


クッヒ、と俺の足元で犬カバが鳴く。


おうおう、分かってるよ。


俺は心の中で返して、保存庫の戸を元通りそっと閉めた。


そうやってから ちらりと辺りを見渡し、調理場の隅にある台の下に身を潜める。


ここなら保存庫の戸も、カフェ側に続く戸も、ついでに言やぁ調理場内も大体見渡せる。


俺が台の下にしゃがんで入り込むと、犬カバがトーンと俺の膝の上に乗ってくる。


おいおい、どーでもいいが、そこで屁ぇこくんじゃねぇぞ。


思わず眉を寄せて犬カバを見下ろす……と、犬カバは何の事もなさそうにツーンとすまして調理場を見張っている。


俺は溜息を堪えて仕方なしに犬カバと同じ調理場の方へ目を戻した。


辺りはしんと静まり返って、物音一つしねぇ。


暗闇に目を凝らしても、何一つ動くものがなかった。


ふわぁ、と思わずあくびが漏れる。


ここんトコ ずーっと犬カバの屁にやられて眠りこけてたのに、まだどーも眠いぜ。


たまらずごしごしと目をこすって、俺は目を細めて調理場を見張る。


──昼間見たあのガキの顔……。


何だか、“何か”を思い出すようだった。


ガキの目はあの時真っ直ぐにロイと、そのすぐ脇に置かれたパンケーキに向かっていた。


ありゃ、単にパンケーキを食いてぇな とだけ思ってる顔じゃなかった。


どーやったらあんなもんが作れるんだ?って、そいつを見たくて見たくてたまらねぇ感じだった。


ロイの料理にかなり興味があるんだろう。


背伸びして、窓枠にしがみついてでも見ていてぇくれぇに。


何だかその姿は昔の………。


ふと、何かを思い出しかけた……ところで。


ゴソリ、と一つ、音がした。


調理場の右側……保存庫に近い所だ。


俺は思わず息を止め、視線をそっちに向ける。


目を凝らしてみると、小さな動く影がゴソリゴソリと音を立てながら動いている。


どーやら四つん這いで壁のどこか下の方をすり抜けてきたみてぇだ。


完全にこっち側に抜けきると、ひょこんと立ち上がって辺りを見渡す。


何かを探してるらしい。


俺は台の下でぐっと身を引き締めて、見つからねぇ様息を潜めた。


──人影、だった。


かなり小せぇし、細くてひょろっこい。


一目でガキの姿だと分かった。


夜目が利くのか慣れてるのか、暗闇の中ガキが自在に調理場内を動く。


始めに壁際にあった木の椅子を引きずり、シンクの前に持ってくる。


ガキが蛇口を捻ったんだろう、ジャーと水の流れる音と、そこに手を突っ込んで洗う音がした。


蛇口を閉めて、近くに用意されたタオルで手を拭く。


ガキは続いて、今度は調理台の所まで椅子を引きずっていった。


昼間ロイの奴がパンケーキを焼いていた位置だ。


ここからなら──今なら、このガキを捕まえられる。


そーゆー位置取りではあったが。


俺は黙ってガキの動静を見守る。


ガキは手にはない空想のフライパンを片手に持ち、コンロの前でそいつをトントンと揺すっている。


もう一方の手で空想のフライ返しを持ち、空想のパンケーキを空想の皿に乗せる。


その動作はまるっきり昼間のロイと同じだ。


俺と犬カバが暗闇に なりを潜めて見守る中、ガキが椅子を降りて、ご丁寧にも元あった場所までまた引きずって戻す。


そうしてご機嫌に小さな鼻歌を歌いながら、例の保存庫の方まで行き、戸を開け、中に入った。


そいつを見届けてから。


ぴょーん と犬カバが音もなく俺の膝から床に降りる。


俺はやれやれと心の中でだけ息をついて、静かに台の下を抜け出し、ガキに気取られねぇ様保存庫の近くまで行く。


保存庫の戸は半開きだ。


その隙間をするりと犬カバが抜けていく。


と──かなり感覚が鋭いらしいガキが くるっと戸口を振り返る。


戸の外に立つ俺の影も見えたはずだ。


パッと雷光の様な早さで俺の方へ──正確には、俺の前にある戸の隙間めがけて逃げていこうとしたガキの首根っこをひっ掴み、俺はようやく保存庫の明かりをつける。


「うう~っ!!」


思わぬ明かりにだろう、パッと手に持っていた何かを取り落とし、ガキが両腕で顔を覆う。


ちらと見るとガキが落としちまったのは、どーやらたった一つのオレンジらしい。


犬カバがたっしとオレンジに片前足を置き、“守ったぞ”と言わんばかりに俺を見上げる。


まー誇らしげなもんだ。


内心呆れながらも俺は犬カバからガキへ視線を転じて言う。


「保存庫荒らしはお前だな?

ここの店長からの依頼で、捕らえさせてもらうぜ」


言うと、


「ううぅ~っ」


ガキが呻きながら縮こまる。


もっと暴れるんじゃねぇかと思ったが、どーやらそういうつもりはないらしい。


俺は はぁー、やれやれと息をついて保存庫の戸を後ろ手に閉め、ガキをその場に下ろした。


窓はおろか、ネズミが入り込むよーな穴さえねぇ保存庫だ。


戸の前さえ塞いじまえばガキは逃げ出せねぇ。


それに、だ。


こーしておけば外から折り悪く戸が開けられる心配もねぇからな。


俺はわざと戸に背を寄りかからせる様にして立ったまま、呆れてガキを見下ろす。


ガキは──…相変わらず体を縮こめていた。


サイズもブカブカで、ボロけた服。


薄汚れた茶髪は、くしを通したことあんのか?ってくらいボサボサに絡まっている。


一見すると汚ならしい野良の子犬みてぇだった。


おまけに、微かに震えてまでいやがる。


どーやらここで捕まったらかなりきつい仕置きの後に牢屋にでもブチ込まれると思ってるらしい。


俺は小さく息をついて「おい、お前、」とガキに向かって声をかけた。


ガキは何の反応も示さねぇ。


やれやれと思いながら、俺は続ける。


「別に俺はお前を取って食ったりしねぇよ。

殴ったりもしねえ。

だからとりあえず顔上げな」


言ってやる……と。


ガキが少しの沈黙の後、恐る恐る顔を覆っていた腕をほんの少し下げる。


でかい黒目の、薄汚れた面をしたガキだった。


やっぱり昼間調理場を外から覗き込んでたガキだ。


と──ぐぅぅ、とガキの腹が鳴る。


俺は軽く上を見上げて息をついて、犬カバへ向かって「犬カバ」と口を利いてやる。


犬カバはそれだけで察したらしい。


前足で取り押さえたオレンジを トン、と転がしてガキの方へやった。


オレンジがガキの足にこれまたトン、と当たって止まる。


ガキが訳が分からねぇって感じで俺を見上げてきた。


俺は言う。


「食べな。

俺からおごってやるよ」


言ってやる。


まー、正確にはこいつは俺のモンでもねぇんだが、そこはあえて気にしねぇ事にする。


後でじーさんにうまく言ってオレンジ1個分払わせてもらえばいいだろ。


よっぽど腹が減ってたんだろう、ガキは パッとオレンジを手に取ると、そのまま皮も剥かずにかじりついた。


端から見ててもいい食べっぷりだ。


たかがオレンジ1個にこんだけがっついて食べる。


そんだけでこのガキの食料事情がよく分かった。


ったく、こーまで腹へりのくせに、どうして一直線に保存庫に行かなかったんだ?


俺は呆れ半分に腕を組んでガキを見下ろし、言う。

「──そいつを満足に食ったら教えてくれよ。

お前、どこのガキなんだ?

この辺に住んでんのか?……家族は?」


問う──と、ガキがオレンジにかぶりついたままピタ、と止まった。


半ば警戒するように上目遣いに俺を見上げる。


ぽたん、と1滴、オレンジの汁が床に落ちた。


俺は軽く息をつく。


「別にこれ聞いてお前をどーこーしよーって気はねぇよ。

言いたくねぇならそれでも構わねぇし。

お前を孤児院やらなんやらに送り込む気もねぇ」


真実だから、言ってやる。


……と、ガキが大きな黒目でじっと俺を見つめる。


そうして、


「……リュート。

……橋の下に住んでる。家族、いない」


しばらくの沈黙の後に、言ってくる。


俺はそいつに そーかい、とだけ答えてやった。


ガキ……リュートはそんな俺と、そしてリュートのすぐ脇までやって来て座りこけた犬カバを見つめ、続ける。


「ネーちゃん……?と黒いのは、誰だ?」


ネーちゃん?とハテナをつけたのは、俺の見た目と、口調や態度に違和感を感じたからだろう。


確かにこーんな美人のお姉さんにしちゃ声も力も男前だしな。


俺は軽く肩をすくめて見せた。


「その黒いのは“犬カバ”だ。

で、俺は……この辺じゃわりかし有名なんだけどよ、リッシュ・カルトってんだ。

これでも1億ハーツの賞金首、なんだぜ」


思いきって、言ってやる。


と、リュートが「しょーきんくび」と言葉を返してまじまじと俺を見る。


俺は「そ」と答えて、軽く肩をすくめた。


「俺の場合、誰かに捕まったら殺されちまう。

だから目眩ましにこーして美人のお姉さんに変装して誰にもバレねぇ様にしてんだよ。

どっからどー見ても男にゃ見えねぇだろ?」


聞くと、リュートが上目遣いに俺を見上げ、こくりと頷いた。


俺はそいつを確認して、言う。


「ちなみにそこの犬カバも変装中だ。

どーも人目に触れるとまずい訳があるみてぇでな。

リュート、お前、俺と犬カバの変装の事、誰にも言わねぇって約束できるか?」


まっすぐにリュートを見下ろしつつ聞く……と、リュートがこっちもまっすぐ俺を見上げ、神妙に頷いた。


よしよし、中々どーして聞き分けがいいじゃねーか。


俺は満足に頷き返して ところで、と口を開く。


「お前、料理作りに興味あんのか?

昼間お前が外から調理場見てんの見たぜ。

それにさっきも。

ありゃ、ロイってコックの真似だろ?」


問いかけると、リュートがやっぱり少しの間を置いてこくりと頷く。


俺は……そいつを間近に見ながら……ふとぼんやりとある光景が頭に浮かぶのに気がついていた。


物陰に隠れて“誰か”の飛行船を……そしてその“誰か”の作業を、真剣に見つめる俺。


ちらっとその“誰か”がこっちを振り向く。


瞬間。


ズキンと一瞬頭の左側が痛んだ。


まるで鈍器ででも殴られたみてぇな痛みに、俺は思わず左手で頭を押さえて片目をつぶる。


リュートが不安と心配の折り混じった目で俺を見上げていた。


それに犬カバも。


俺は──…ふぅ-っと薄く息をついて「大丈夫だ、何でもねぇ」と口にする。


実際痛みはほんの一瞬で消え去っている。


けど……今の光景は、何だ?


軽く疑問に思いはしたが。


俺は頭を軽く降って、気を取り直してリュートに向かう。


「──悪ぃ、悪ぃ、ほんと何でもねぇからよ。

ところでお前、んなに料理に興味あるってんならよ、ここで店長に突き出される訳にはいかねぇよな。

外で張ってる時考えてたんだけどよ……お前、うちに来る気はねぇか?」


聞く……とリュートが目を丸くして俺を見上げ、犬カバが「クッヒ?!」と大きく声を上げた。


俺は肩をすくめて見せる。


「元々店長にゃ、保存庫荒しを捕まえるか追い出すかして、ここがこれ以上荒らされねぇようにしてくれって言われてたんだ。

お前、腹さえそんなに減ってなきゃ、わざわざここにやって来て保存庫から食料取ってったりしねぇだろ?」


聞くと、リュートが呆けた様に俺を見上げながらも、それでもこくりと一つ頷いた。


俺もそいつに頷き返す。


「だったらこれで俺もめでたく依頼完遂って訳だ。

店長にゃ犯人はネズミだったとか何とか、うま~く言っとくさ」


へらへらっとしながら言うと、リュートが「でも、どーして……?」と口にする。


俺は頭の後ろに腕を組んで言う。


「……さーな。ま、気まぐれだよ。

あ、言っとくけど うちじゃタダ飯は食えねーぞ。

犬カバの世話とか そーじくらいはやってもらうからな。

うちにゃ この犬カバの他にダルっていう気難しい男もいるが、そいつも俺がうま~く言ってごまかしといてやるから………」


言いかけた、ところで。


「誰が誰をうまくごまかすんだ?」


ふいに俺の後ろ──閉じられた戸の向こう側から、聞き知った声が届く。


~げっ、ダルじゃねぇか。


戸の向こうから、ダルが息をつく。


「──開けてくれ。

ここに、ロイも来ている。

悪いが、話の大体は聞かせてもらった」


ダルが言う。


~おいおいおいおい………。


ちょっと今、聞き捨てならねぇ言葉を聞いたぞ。


ロイだぁ?


話の大体を聞いたって……。


一体いつからここにいたんだよ……?


いつもなら人の動く気配くらい感知できる俺なのに、リュートの事に気を取られてすっかり警戒し忘れちまった。


リュートの奴が保存庫荒しだってコト、そいつを秘密にして店長にウソの報告しよーとしたコト、それに………。


まさか、この俺サマがリッシュ・カルトだってコトまで知られちゃいねぇよなぁ……。


青~くなりながら、俺は戸の前で固まったままでリュートを見下ろす。


リュートと、それに犬カバが揃って俺を見上げていた。


俺はごくりと息を飲んだ。


……覚悟を決めるしかねぇ。


こん中でうまく立ち回れんのは俺だけだ。


俺は……心臓をドクドクさせながら、戸に向き直り、一応は女の子らしい声で戸口に向かって声をかける。


「はっ……、話の大体って、一体どの辺りからの事かしら?」


返答によっちゃ、こっから大人しく出るわけにはいかねぇ。


かといって こっちにゃ出口はなし、閉じ籠もるか、リュートを引き連れてダルとロイを突破して外へ逃げるしかねぇんだが。


頭の中でぐるぐると んな事を考えながら問いかける……と。


ダルの深い溜息が聞こえた。


「──残念だが、お前が自分の名と素性を明かした辺りからだ」


言ってくるのに──…俺はサァーっと一気に、頭から血の気が失せるのを感じた。


その俺に追い討ちをかけるように、


「───リッシュ・カルト……」


ロイが俺の名を呼ぶ。


低く、渋~い声だった。


俺の明晰な頭ん中で、走馬灯の様にこれから先の展開が駆け巡った。


ゴルドーやラビーン、クアンの前に引きずり出される俺。


そのまま めっためたのボッコボコにやられ、ブチ殺されちまう、俺。


そいつを気の毒そーに眺めるダルと犬カバ。


それに……ロイと店長に捕まって、リュートが牢に入れられる姿………。


~ダメだ。


それだけはゴメンだ。


ここはもう、ムリヤリでも二人の間を突破して、外に逃げるしかねぇ。


そう決意して、グッと足先に力を込めた──ところで。


「───…俺は、保存庫荒らしがその子供だという事を、知っていた。

二人に、悪い様には決してしない。

───…ここを開けてくれないか」


ロイが言ってくる。


俺は──…用心深く、戸の方を見やる。


保存庫荒らしがリュートだって知ってた?


だったら何で店長に言わなかったんだ?


どう考えていいもんか──…俺が戸の前で迷っていると。


リュートが とことこ と俺の前にやって来て、戸へ手を伸ばす。


一瞬ためらう様にしながらも、その戸を開いた。


外に立っていたのは、どーしたもんかと困惑気味のダルと、ロイ。


ロイは──すんなり開いた戸と、開けたリュートに少し驚き、その後ろにいて頬をポリポリ掻く俺を見て、もう一度驚いたみてぇだった。


ロイが相っ変わらずの仏頂面のまま、俺の顔と姿を見る。


「──…本当に、男か……?」


ま、ロイが驚くのもムリはねぇ。


俺は軽く肩をすくめて見せた。


ロイは軽く頭を振って気を取り直すようにしてから、今度は俺の前に立つ小さな小汚ないガキ……リュートを見下ろす。


俺はギクリとしてそんなロイを見た。


体中に、力が込もる。


もしロイが乱暴な手段に出る様なら、俺がそいつを止めなきゃなんねぇ。


そう、覚悟したんだが。


ふいに俺が見たのは、ロイのそんな面じゃなかった。


いつも厳しそーに しかめられた眉が、ほんのわずかに緩む。


目には温かい色が浮かんでいた。


俺が思わずそいつに怯んだ……ところで。


ロイがその場にゆっくりと腰を落として、片膝を床についた。


そーしてまっすぐにリュートを見て、問いかける。


「──…料理は、好きか?」


『──飛行船こいつが好きなのか?』


──俺の頭ん中に、ロイの声と重なって“誰か”の声が蘇る。


ニヤッと笑った口。


“俺の”飛行船についた手。


俺は“そいつ”の顔を見上げている。


そして……こくりと一つ、頷いた。


リュートが……こいつも、あの時の俺と同じ様にロイを見上げて、こくっと頷く。


俺の頭の左側が、またズキッと痛んだ。


思わず顔をしかめ 左手を頭にやった俺に、ダルが気づいたんだろう、俺を見て口を開きかける。


俺はそいつを 何でもねぇ、と目顔だけで示して止めた。


こっちの動静にゃ一切勘づかず、ロイがリュートをまっすぐ見つめたまま「そうか、」と一言言って立ち上がる。


そうして今度は俺を見た。


俺も平静を装ってロイを見返す。


ロイが、口を開いた。


「──…リュートのこれからの事だが……。

──お前に、リュートを預ける訳にはいかない」


きっぱりと、ロイが言ってくる。


俺が「な……っ」と声を上げかけたところで、ロイは続けた。


「──…ダルクはともかく、お前のようなちゃらんぽらんに、子供の面倒など見させられん。

街で話題の賞金首というならなおさらだ。

もしお前が捕まって処刑でもされたら、その後リュートはどうする」


ロイが厳しい口調で言ってくる。


……正論すぎて、ぐうの音もでねぇ……。


けど、だ。


「~だったらどーしろってんだよ?

店長に突き出して投獄しろってのか?その後こいつがどーなるか……」


「───俺が、引き取る」


俺の言葉を遮って、ロイがきっぱりと断言する。


俺は……思わず毒気を抜かれて、目をぱちくりさせてロイを見た。


ダルも犬カバも、リュートと同じよーにロイを見る。


ロイは言う。


「──店長には、事情を説明して許して頂く。

俺のクビをかけてもいい。

……元々俺はこの子供が保存庫の食糧を盗み食いしていた事を、知っていた。

……知っていて、知らんふりをしていたんだ。

保存庫の鍵を開けておいたのも俺だ」


「──私には、最初からあなたがリュートを保存庫へ手引きしたとは思えないんだが?

あなたならもっと別な方法で食べ物に困っていたリュートを救おうとしたのでは?」


ダルがやんわりと温かい声で問いかけるのに……ロイが、大きく一つ、息をついた。


「──……。

確かに元々は……そこの、リッシュに色目を使っていたうちのウェイターが、あちこちの鍵をよく閉め忘れるのが始まりだった。

……調理場の物陰にある昔の猫用の出入り口も、誰も気にしなかったからそのままだった」


ロイが言うのに、俺は ああ、と二重の意味で納得した。


あのヘラヘラしたウェイターなら、しょっちゅう鍵をかけ忘れても不思議はねぇ。


それにリュートがどっからこの店に侵入してきたのか謎だったが、かなり小柄なこいつなら猫用扉からだってギリギリ入ってこれるだろう。


……けど、だ。


あの抜け目のねぇゴルドーがそんなモンを見過ごすとは どーも信じられねぇんだけどな……。


俺の疑いをよそに だが、とロイは続ける。


「そこに気づいておきながら、俺は何の対策も講じなかったばかりか……それに便乗したんだ。

簡単に許してもらえるとは思っていないが、リュートの事は……」


言い尽くした様に、ロイがうつむく。


そこに──…声をかけたのはダルだった。


「──…私からも、店長に口添えしよう。

誠心誠意心を尽くして話せば、分かってもらえるはずだ」


ダルが言う。


俺は……昼間、店長のじーさんから言われた事を思い出していた。


『円満な解決を、お願いしますよ』


そういった張本人がダルやロイからこの事件の全容を聞いて、どーゆー所に落とし前をつけるのか……俺は口をへの字に曲げて、思いを巡らせたのだった──。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ