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レイジスはほんの一瞬躊躇った様にしながらも、ミーシャを優しく自分から引き離してから──一歩、二歩、三歩と俺の方に歩を進めてくる。


俺は──何故か後ろに下がりたくなりながらも、その場に留まって目の前に立ったレイジスの顔を見上げた。


目の前に立つと、やっぱり背が高い。


レイジスが俺の顔をじっと見つめてくる。


その目には──何とも言えない色が浮かんでいた。


その色をどう読み取っていいのか──。


どうにも分からずに俺は──俺も、レイジスの顔を見上げる。


そうしながらふと、こんな事を考えた。


……まさかとは思うが……俺がリアと同一人物だって気づいちまってる、なんて目じゃあねぇよなぁ、これ?


俺は答えを求めてジュードの方をちらっと横目で見る。


──が、目が合ねぇ。


明かに俺の視線に気づいているにも関わらず、だ。


レイジスが──スッと俺の手を両手に取る。


そうして、ギュッとその手を握り締めた。


「──……ジュードから聞いたよ。

リアさんは、君の───」


言いかける中──俺の頭の中で走馬灯くらいの勢いで色んな考えがサーッと素早く駆け巡って行った。


──リアさんは君の事だったんだね。


俺の頭ん中で、実際のレイジスの言葉よりも早くそんな声が流れてくる。


ギュッと両手に握られた手。


真っすぐ真剣な目は『リア』を見てる時と同じに見える。


君が男でも女でも関係ない。俺と付き合ってくれないか。


〜いや!


俺は兄貴とは付き合えねぇから……!


若干(いや、かなり、か?)テンパりながらも、本能で全力でレイジスの両手から握られた手を引き抜こうとした──その時。


「リアさんは君の──双子のお姉さんなんだそうだね」


レイジスが、俺が想像もしてなかった様なトンチンカンな続きを口にする。


俺は引き抜こうとした手のことも忘れて思わず、


「…………はぁ?」


意味も分からず問い返す。


レイジスの奥にいるミーシャや俺の足元にいた犬カバも目をぱちくりさせてやっぱり「えっ?」「クヒッ?」とそれぞれに驚きの声を上げる。


そうして──ジュードの方へ目をやった。


ヘイデンや執事のじーさんまでもがそちらに視線を寄越す中──ジュードはそのどこからも視線を外したまま、遠く彼方を見つめたまま動かねぇ。


まるで俺は岩になってっから何にも聞くなとでも言わんばかりだ。


ミーシャの顔には未だに「?」が浮かんでいたが……俺には何となく事情が分かったぜ。


単なる失恋でさえあんなに落ち込んでたってぇのに、そのお相手が可愛い女の子じゃなくこのイケメン顔の男だったなんて知ったら、さすがに気の毒だもんな。


別にレイジスに本当の事を話さなきゃならねぇ理由もねぇし、優しいウソで夢を見させてやる事に決めたんだろう。


俺だってそこに依存はねぇ。


もしレイジスに俺がリアだってことがバレたらどう思われるか分からねぇんだし、ミーシャの兄貴だって人に恨まれたり嫌われたりすんのはゴメンだ。


俺はくるっと一つ目を回して──愛想良くレイジスにへらっと笑ってジュードのウソに付き合う事にした。


「〜そうそう!

双子の姉なんですよ。

リアがミーシャ……ちゃんを、どーしても助けてあげたいって言って……。

それで二人が姉弟なんだって事にしてたんですよ。

俺も二人の様子が気になってたから影ながら見守ってみたりなんかしてて……」


へらへら〜っと笑いながらいい感じのウソを並び立てる。


と──何だか事情を察したらしいヘイデンが、後ろで呆れた様に鼻で一つ息をついた。


ミーシャがどこか訝しみながらゆっくり小首を傾げ、俺を見るが気にしねぇ。


レイジスがギュッと強く俺の手を握ったまま「それで、」と俺の華麗なウソ話を遮った。


「──それで、リアさんは今どこにみえるのかな?

見た所、ここにはいない様だけど……。

俺は彼女に、どうしても直接会って伝えたい事があるんだが」


言った口調は、表面上はやんわりと穏やかだが何故か有無を言わせず答えを吐かせちまう様なそんな響きがある。


俺はそいつに──へらへら笑いもそのままに、ピキリと思わず固っちまった。


答えを待つレイジスのやたらめったに真っ直な視線が辛い。


俺が目に見えて固っちまったからだろう、ミーシャがレイジスの横に来て助け船を出してくれた。


「──リアなら、ここにはいないわ。

街で流れている話の通り、親戚の方が体調を崩されたのでその看病の為に今は遠い街へ出ているの。

だからしばらくは彼女に会うのは難しいと思うわ」


そう、ミーシャがナイスな受け答えをしてくれる。


そいつにレイジスは力が抜けた様にしおしおと俺の手から両手を離し、がっくり肩を落として目に見えてしょんぼりする。


俺は内心ほっと胸をなで下ろしたんだが……。


どうやらミーシャはその兄貴の様子を訝しく思ったらしい。


「でも、」と一言プラスして、首を傾げて言う。


「リアにどうしても直接会って伝えたい事って、一体何だったの?

二人が知り合いだったというのも今初めて聞いたけれど……」


半分はレイジスに向けて、そしてもう半分は明らかに俺へ向けて問いかける。


そいつに──……レイジスはまず俺を見て、続いてミーシャを見て──……こほんと一つ咳払いをする。


そーして極めて重大な話をする様に真剣な声で続けた。


「──……いずれお前にも、リッシュくんにも関わりのある事だから言うが……。

実は俺は、心底リアさんに惚れている!!」


ズバンッ!と何の躊躇いもなくレイジスがそう豪語する。


俺はそいつに──思わず額に片手をやった。


ミーシャがレイジスの大きな声にびっくりした様に目を見開いて──そして……


「……兄上……」


レイジスを、心の底から憐む目でそれに応えた。


幸い、ミーシャの最大級の憐みにレイジスは微塵も気がつかなかったみてぇだが。


その証拠にレイジスはグッと拳を握り締め、熱く続きを口にする。


「一度は無精ひげのせいでフラれてしまったが、俺は諦めない!

必ずやリアさんのハートを射止めて、お嫁さんにもらう所存だ!

こーしてリアさんの嫌いな無精ひげも剃ったことだし!」


思いっきり熱弁するレイジスを脇目に、ヘイデンが『これ以上付き合ってられん』とばかりに息をついて席を外す。


まだまだ熱く語り出しそうな勢いのレイジスにか、それとも話の途中で黙って退出を決めたヘイデンにか──執事のじーさんが何とも言えねぇ微苦笑と共に一礼して、そのままヘイデンの後に続けて退出する。


後に残ったのは、その事に全く気づいてもいねぇレイジスと、未だに遠く彼方を見据えたまま動かねぇジュード。


片手を顔にやったままの俺と、その足元で必死に笑いを堪えている犬カバ。


そして、何とも言えねぇ憐れみの表情でレイジスを見つめるミーシャだけだった。


ミーシャが目線だけで『どうするの?』と俺とジュードに問いかける。


俺はそいつに何とも答えることが出来ずに小さく肩を落としてみせた。


だって、しょうがねぇだろ?


こんだけベタ惚れしてんだぜ?


俺が女装しねぇ限り『リア』はレイジスの前に現れねぇんだし、このまま自然消滅って事でもいいじゃねぇか?


俺の甘い考えに、ミーシャは気づいたんだろうか。


何とも言えねぇ目で俺とジュードを見つめて──そうして深く一つ、溜息をついたのだった──。

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