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目の前に広がるのは、ただただ赤ばかりだった。
まるで凶暴な化け物の様に城を飲み込む炎の赤。
海の様に廊下に満ちていく血の赤。
叫び声、怒号、喧騒、剣同士が激しくかち合い鳴らす金属音。
その城の中は──まさに地獄の様相だった。
ジュードはその中で一人、血にまみれた剣を片手に城内を駆けていた。
向かいかかってくる敵を一閃の内に打ちやって、決して止まらず先を急ぐ。
向かう先は、玉座の間だ。
そこにサランディール王と、ジュードの主人でありサランディール第一王子でもあるアルフォンソがいるはずだ。
ジュードは玉座の間へ続く階段を駆け上がり、廊下を走り抜けて、ようやくその部屋の扉を開く。
だがそこは──すでに『血の赤』に、支配されていた。
艶やかな大理石の床に、大量の血を流し倒れる豊かな栗毛の女性。
──王妃だ。
ジュードの目が、そこから更に玉座の方へ向く。
赤く長い絨毯が敷かれた数段の階段を上がった先。
大きく立派な二つの玉座が並ぶ、その壇上で。
一人の男が──この国で唯一の国王が、弑逆者に体を剣で貫かれていた。
ジュードが身動ぎする間もない。
弑逆者がゆっくりと、王から剣を引き抜く。
支えを失った王が、ドゥッと音を立ててその場に崩れた。
弑逆者が血の滴る剣を右手に下げたまま、ジュードの方を見た。
一辺の光すら見えない程深く暗い虚ろな瞳。
「──ジュードか」
弑逆者が淡々とした声で、言う。
ジュードは凍りついてしまって、動けない。
弑逆者がゆっくりと壇上からジュードの方へ向けて降りてくる。
そうして──。
◆◆◆◆◆
ジュードはバッと無理やり目を開けた。
辺りは夕暮れ、旧市街の裏路地での事で、人通りは相変わらずない。
壁に背を預け、ほんの少し休憩するつもりが、どうやらそのまま軽く眠ってしまっていたらしい。
思わず額に片手をやって頭を振る。
こんな所で眠っている場合ではない。
ミーシャ姫やリッシュ・カルトを、一刻も早く探し出さなければ。
ジュードはグッと片手を握り締め、もう一度足を踏み出した。
市街地、旧市街は調べ尽くした。
ギルドのマスター、シエナの反応を見る限り、さほど遠くまで行ってしまったような感じはしない。
あと他に調べるべき場所は──……。
◆◆◆◆◆
雲を切り、風を切って俺は飛行船に乗って空を進む。
後ろには犬カバとミーシャを乗せて。
俺の横にはダルが──……ダルク・カルトが乗っていて、小さく四角に折り畳んだ地図と前方とを確認しながら俺の左肩にポンと手を置く。
何か、口を開いて言ってくる。
あ・い・つ・を……?
『あいつを、助けてやってくんねぇか』
人のいい、お調子者のダルクの声。
あいつ──?
あいつって誰の事だよ?
シエナ、ゴルドー、ヘイデン……。
俺の頭の中に三人の顔が次々に浮かぶ。
けど、しっくりこねぇ。
三人共、何にも困ってる事なんかねぇだろ?
俺は思わず眉を寄せてダルクの方を見る。
だが──……ダルクの姿はそこにはなかった。
「えっ……?ダル……?」
思わず、呼びかける。
気がつけばミーシャも犬カバもいねぇ。
飛行船の上に、ただ一人きりになっちまってた。
いや──……一人って訳じゃなかった。
甲板の右端に、手すりを両手で掴み空を睨む一人の男の姿がある。
金茶色の髪に黒い目。
体格のいい、イケメン顔の男。
──ジュードだ。
いやいや、ちょっと待てよ。
何でジュードのヤローがこの飛行船に乗ってんだよ!?
あいつを助けてやってくれって、まさかダルクが言ったのはこいつの事か?!
んなの絶対ぇ無理だ!!
あいつは俺らの事を裏切って──この飛行船の事も、どこぞの紺色髪の男に密告してやがったんだぞ!?
助けるなんて、死んでも嫌だ!!
そう、空へ向かって言いかけたんだが──……。
飛行船の船体が、急にガクンと大きく右に傾く。
「なっ……!?」
立て直そうと、梶を切る間もねぇ。
飛行船はそのままぐるんと半回転して、そして──……
俺は梶から手を離しちまった。
とんでもねぇスピードで空を落ちていく。
下から吹き上げる風に、声すら潰される。
地面がグングン近づいてきた。
そして──……。