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15

思わず笑っちまいそうになってると、ヘイデンが「だが、」と言葉を続けた。


「──……一億ハーツ、確かに受け取った。

……飛行船を、お前に譲り渡そう」


まるで、仕方がないなっていう様な温かな苦笑をして、ヘイデンが言ってくる。


「〜〜〜っ!!

やったぁ〜っ!!

とうとう飛行船を手に入れたぜ!!ミーシャ!」


思わずミーシャの手を取って、小躍りする。


ミーシャが驚いたみてぇに、けどうれしそうにそいつに乗ってくれる。


犬カバも俺とミーシャの足元で「クッヒ、クッヒ!」とクルクル回って小躍りに参加した。


やったやった!


とうとうやったぜ!!


一億ハーツの借金をしたり、賞金首になって追われたり、色々あったがとうとう飛行船を手に入れた!!


くうぅっ!


喜び小躍りする俺を前に、ヘイデンがフッと小さく笑うのが目に入る。


そいつはいつもの嫌味な笑みって訳じゃなく……どうも俺があんまりはしゃいでるからつい笑っちまった、みてぇなそんな笑いだった。


そいつを見て──俺はある重要な事を思い出した。


「あっ、」とヘイデンに向かって口を開く。


「~そーいやヘイデン、飛行船の鍵、俺が買い取るまでには探して用意しとくっつってたけど、ちゃんと用意できたのかよ?

俺はもう一刻も早く飛行船を動かしてぇん………」


だけど、とまで言おうとしたん──だが。


周りの様子に──俺は目を軽くしばたかせて言葉を止める。


不意に──何故かミーシャと執事のじーさんがにこやかに俺を見つめてくるのに気がついたからだ。


犬カバはピタッと立ち止まってまたそわそわするし……。


何か、俺だけ何かを知らねぇみてぇな、そんな雰囲気だ。


俺が皆の顔を代わる代わる見る中、ヘイデンがさらりとした口調で「──ミーシャ殿、」とミーシャに話を振る。


ミーシャがどっか張り切った様に「はいっ」とヘイデンに頷く。


そうして改めて俺に向き合った。


俺が何となくそいつにちょっと姿勢を正し、ミーシャから手を離すと、ミーシャがズボンのポケットからある一つのハンカチを取り出した。


いや──取り出したかったのは、ハンカチじゃなかったみてぇだ。


ミーシャが丁寧に、折り畳まれたハンカチを開く。


そこには──なんとも懐かしい、見覚えのある鍵があった。


金属のタグがキーチェーンで繋がれている、たった一つの鍵。


先の部分が複雑で、普通の鍵とはちょっと形が変わっている。


俺が知る限り、世界中探してもこの世にただ一つしかねぇ、ダルク・カルトの飛行船を動かす為の、エンジンキーだ。


「なっ……これ……?」


思わずミーシャの顔を見る。


ダルクの遺品のどこを探してもねぇんだと、ヘイデンから聞いていた。


考えられるのは、最後の日(・・・・)にダルクがそいつを懐に入れたまま、サランディールの地下通路で死んじまって、今でもそこにあるんじゃねぇかって事くらいだったが……。


実際には、全然別な場所にあったんだろうか──?


考えかけて──いや、と俺は目の前のミーシャと、ヘイデンの顔を見て思い直す。


そして不意にゴルドーの顔が頭に浮かんできた。


『俺は四、五日ここを空ける』


そう言って、俺がカジノの雑用として働き出した最初の四日間、ゴルドーは本当に一度も俺の所には来なかった。


それに──帰ってきた時の、あのやたら滅多に疲れた様子。


もしも──もしもこの辺りから|サランディールのあの地下通路まで《・・・・・・・・・・・・・・・・》行って帰ってきたんだとしたら、最低でもそのくらいの日数は、必要になるだろう。


俺の目の前で、ミーシャがにっこり笑う。


ミーシャもヘイデンも、何にも言わねぇ。


そいつがどこで見つかったのかも、誰が探し当てたのかも、何も。


だがその笑顔と、ミーシャの足元後ろから犬カバがそわそわしながら俺の様子を窺っているのを見ていると──何となく、軽く察しがつくところがあった。


ヘイデンはどうか分からねぇが──ミーシャとゴルドーは、あのサランディールの地下通路のダルクの所まで行ったんだろう。


そいつを報告しにこなかったから、止められなかったから、犬カバが後ろめたくってそわそわしてる。


そんな所じゃねぇのか。


思いながらも俺は──ミーシャから、ダルクの鍵を受け取る。


ひんやりとした金属の感触が、手のひらに伝わって来た。


俺はそいつをギュッと握りしめてミーシャとヘイデンへ向かって言う。


「──ありがとう」


聞きたい事もいくらかあったし、他にもっと色々声をかけてぇ様な気持ちもしたが、ただそれだけを言うと──ミーシャとヘイデンがほんのちょっと目を合わせて、それから笑う。


ミーシャはいつも通りふんわりと、ヘイデンも──こいつは珍しく、だが──嫌味なしのフッとした笑みで。


俺は鍵をギュッと握りしめたまま顔を上げた。


飛行船が自分の物になり、その鍵も手に入った。


次にやる事は、もう決まってるよな!


◆◆◆◆◆


パッパッパッと洞窟内の電気がついていく。


その中央にあるこの世でただ一つの飛行船は、いつもと変わらず静かにその場所に佇んでいた。


辺りはしんと静まり返り、宙を舞う細かなチリがキラキラと明かりに照らされ光っている。


俺は──その中にただ一人、静かに立ち尽くしてその光景を見つめていた。


まるで、ここだけ時が止まっちまってるみてぇだ。


電気のスイッチにかけていた左手をそっと下ろすと、ヘイデンが俺の背をポンと押す。


そう──ここへはヘイデンと俺の二人だけで来た。


ミーシャも犬カバも、外を出歩くのは危険だろうって結論に達したからだ。


ノワールの連中や、それに今頃血眼になってミーシャを探してるだろうジュードに、万が一にも見つかっちまってもマズイ。


それに一番最初に飛行船を飛ばす試験飛行は、俺一人でと決めていた。


ちゃんと安全に飛ばせるって確信を持てねぇってのに人や犬を乗せる訳にはいかねぇだろ?


だから二人はヘイデンの家で留守番だ。


まぁ、そいつはさておき……。


さて、この飛行船を、洞窟の狭い入口からどうやって外へ出してやるか。


んなのは当然不可能だ……とそう思うだろ?


ところが、そいつは完全なる杞憂だった。


ヘイデンが洞窟内のあるスイッチを一つ押すと、入口から見て丁度真向かいの大きな岩壁が静かに横にスライドして、そこに青空が覗いた。


俺が目を丸くしてそこへ駆け寄り見てみるとそこはもう断崖絶壁になっていて、かなり下の方で海が寄せる波とその飛沫が見えた。


きっとここに犬カバがいたら断崖絶壁にビビってすぐに「クッヒー!」とか言いながら崖から逃げただろうし、ミーシャがいたら──目を丸くして驚いただろう。


俺だって、こーして呆気に取られて声も出ねぇんだから人の事は言えねぇ。


ヘイデンが俺の様子にフッと笑って言う。


「ここから海の方に飛行船を飛ばす分には、土地の起伏の関係でこの辺りの陸地からは見えん。

ゆっくりと、飛ばして来い」


言ってくる。


俺はそいつに「おう」と一つ頷いて見せた。


そうして──ミーシャから受け取った飛行船の鍵をズボンのポケットの中でギュッと握りしめ、息を一つ吐いて飛行船の前へ来る。


飛行船から下に降りている銀色のタラップを上り、甲板へ出る。


舵の前まで来ると目の前いっぱいに、崖に切り取られた大きな青空が広がっていた。


舵の左横にあるスイッチを押すと、飛行船の後ろの方で飛行船と地面とを繋ぐタラップが船体にしまわれていく機械音がして……そうして最後にガチャンと音がして止まった。


俺は──すぅっと目を瞑って息を吸い込む。


そうして息を吐いて目を開いた。


ヘイデンが飛行船から離れ、壁際へ移動するのが気配で分かる。


舵を手にすると、舵の木の温もりが手のひらに伝わって来た。


「──いつでもいいぞ」


ヘイデンが下から言ってくる。


俺はズボンのポケットから、飛行船の鍵を取り出す。


ジャランと音を立てて、鍵と一緒に『ダルク・カルト』の文字が彫られた金属のタグが現れた。


舵の斜め右下にある鍵穴にエンジンキーを差し、右に回す。


ブブンッと唸りを上げて、エンジンがかかった。


長年動かせてなかったんで心配してたが、エンジン音にも異常はなさそうだし、どうやらちゃんと動きそうだ。

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