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言われて、俺は仕方なく痺れていない方の手で短剣を拾い上げる。


ユークがそいつを見て、まだ誰もいねぇはずのカジノの方へ向けてゆっくりと歩き始めた。


その後ろ姿を見ながら──俺は思わずヘヘッと笑っちまった。


遠い昔──ガキの頃に、これとよく似た場面に出食わした事があったような気がする。


このユークに武術を習って、その日の締めにたった一つだけ褒められて、ちょっといい気分でこーしてユークとカジノの方へ戻る──そんな記憶が。


そしてそいつは俺の気のせいって訳じゃ、ねぇんだろう。


俺の笑いに、ユークもほんのちょっとこっちへ顔を向けて両の口の端をキュッと小さく上げ、笑ったのが見えたからだ。


俺は、なんだかちょっとあったかい様な懐かしい様な気持ちで先を歩き始めたユークの背を見、その後を追って歩き始めたのだった──。


◆◆◆◆◆


その明くる日の夕方遅く──


俺はゴルドーのあの悪趣味な執務室で一人、書類の山に囲まれてその整理に追われていた。


いつまでやっても終わらねぇのは俺の能力に問題がある訳じゃなく、次から次にユークが仕事を持ってくるからだ。


今もやっと山が減ってきたかなと思った所だが──


ゴッゴッと、足音が一つ響いてくる。


一瞬またユークがどっさり仕事を持ってきたんだなと思いかけたが。


その足音が、ユークのものじゃねぇ事に気がつく。


ユークのモンより重みがあって、雑な歩き方──こいつは、ゴルドーの足音だ。


げっ、やべっ!


勝手にゴルドーの席に掛けて仕事しちまってたが、『俺様の席に勝手に座ってんじゃねぇ!!』とかなんとか怒鳴り始めたら面倒くせぇぞ。


慌ててその場を立ち上がろうと椅子を後ろに引いて立ち上がった──ところで。


何のノックも遠慮もなく、部屋のドアがバンッと大きな音を立てて開いた。


俺は──半端に椅子から立ち上がりかけた、何とも間抜けな体勢でそのゴルドーを出迎える事になっちまった。


ドアを開け、俺のこの半端な格好を見た瞬間、ゴルドーが怪訝そうに眉をしかめる。


「何やってんだ、てめぇ」


出てきたのは呆れた様な声。


俺は──何にもなかった様なフリをして目を横へ彷徨わせ「何でもねぇよ」と一言返した。


ゴルドーの事だからな〜んかきっと突っかかってくんぞ……と、密かに身構えてたんだが。


意外な事に──ゴルドーはそれ以上何も言わずに後ろ手にドアをパタリと閉め、そのまま普段は客席として使ってんだろうローテーブルの前のソファーにドッカと腰掛ける。


そーしてそのまま、ふーっと一つ息をついて落ち着いた。


………ありゃ?


いつもとはまるで違う態度と行動に、俺は拍子抜けして思わずゴルドーの横顔を見た。


俺の知るゴルドーなら、絶対ぇ俺を見るなり『仕事はちゃんとやってんのか』だのなんだの言ってくるだろうし、座る場所にしたって俺を追いやって普段の自分の席に着く。


つーか百歩譲ってローテーブルんトコに腰掛けるとしてもだぜ?


ゴルドーなら間違いなく客席側じゃなく上座に座るハズだ。


無駄にそーゆーとこを気にする男だしな。


俺は……何となく訝しみながらゴルドーの横顔を探る。


その横顔も表情も普段と何にも変わりやしねぇ。


おかしいのはこの一連の行動だけだ。


けど……。


「……なんかやたら疲れてねーか?」


なんでかそんな風に思えて、思わず眉を寄せ、声をかける。


そーいやゴルドーのやつ、こないだあった時に四、五日ここを空けるよーな事を言ってたっけ。


今日が丁度その五日目だ。


この五日間、どこで何やってたのか知らねぇが、別の仕事が立て込んででもいたかもしれねぇ。


けど、ゴルドーが疲れる様な仕事って……あんまり想像がつかねぇんだけどな。


俺の問いかけに、ゴルドーは面倒臭そうにパタパタと手を振って応え、そのままソファーに深くもたれ込んでキツく両目を閉じる。


そーして驚いた事に、そのまま寝込んじまった。


目を閉じてから、ものの一分と経ってねぇ。


俺はかなり意表を突かれて、戸惑いながらゴルドーのすぐ真ん前まで行く。


横からゴルドーの顔の前に手を出して、


「……おーい、ゴルドー?」


手をひらひらさせて、呼びかける。


だが返事は、グーッという(ゴルドーの割には)控え目なイビキだけだった。


どーやら……本当にカンペキに眠っちまってるみてぇだ。


俺は思わず腕を組んで息をつく──と。


俺の問いかけから何十テンポも遅れて、


「──……雑用の仕事、ご苦労だったな。

帳簿の方も書類の整理もだいぶ片付いたって、ユークが褒めてたぜ」


ビックリするほど急にゴルドーが声をかけてくる。


「うおっ!?

なっ、なんだよ、ゴルドー。

ビックリさせんなよ!」


内心ビビりながら言った先でも、ゴルドーはまだ目を開けねぇ。


どーやら相当疲れてるってぇのは確かみてぇだ。


今の言葉も、寝ぼけて言ったってんじゃなさそうだが、半分寝かかりながら言ってるってのは間違いねぇ。


本当なら──……ゴルドーがもっとしゃんと起きてる時に言うべき言葉なんだろーが……。


俺は未だに目をキツく閉じたままのゴルドーに向かって言う。


「──ゴルドー、俺、もうしばらくここでこのまま働かせてもらおうと思ってんだ。

あんたと約束した、飛行船を買い取る為の残りの二十万ハーツを、ちゃんと溜め切る為に……。

今よりもっと働いて、役に立ってみせるからさ。

だからもう少し──ここで働かせてくんねぇかな……?」


ゴルドーが、目を閉じたまま深く呼吸する。


そーして、


「──勝手にしろ。

ユークには、俺から言っておく」


たった二言で、答えが返ってきた。


そーしてそのまままた深く呼吸して──……今度こそ本当に、眠っちまったみてぇだった。


俺は、仕方なくソファーにあったヒョウ柄の布を取って、ぐっすり寝込んじまったゴルドーの膝の上にかけてやる。


そーしてまた書類の山でいっぱいのゴルドーの机の前に戻ってうんと一つ伸びをして仕事の続きを再開した。


さぁて、もうひと頑張りしますかね。


◆◆◆◆◆


それから五日後──


俺は──妙にキンチョーしたまま目の前に立つユークの姿を見つめていた。


ユークの手には、ある一つの茶封筒がある。


その封筒は、そこそこ厚い。


入っているのは、もちろん現金だ。


俺がキンチョーの面持ちで待つ中、ユークは言う。


「十日間のお勤め、ご苦労様でした」


それだけを言って──ユークが俺に茶封筒を手渡す。


俺はそいつを殊勝な心がけで受け取る。


手に取ると、(たぶん)実際に入ってる量以上に重く、ずっしりとして感じる。


俺は心の底から熱いもんが込み上げてくるのを感じた。


パッと問う様にユークを見ると、ユークがわずかに笑って一つ頷く。


俺は早速茶封筒を開けて、中を出してみる。


「──十六万と、九千ハーツ。

オーナーにきつく言い渡されていますから、おまけで上乗せなどは一切していません。

ほとんど休む間もなく、十日間、よく頑張りましたね」


ユークが言ってくるのに、俺はなんだかじんわりして茶封筒を握り締めた。


カフェで働いた分がおよそ四万千ハーツ、ギルドで依頼を受けて働いた分が一万四千ハーツ。


全部足せば、二十二万四千ハーツ。


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