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「この地下通路には、人の気配がありません。

一年前も、今も。

この鍵を置いた場所も、おそらく変わっていない。

ダルクさんの元へ誰かが来た形跡もない。

当然です。

ここは元々、王族の中でもごく僅かな、限られた者しか知らない隠し通路なのだから。

それでももしかしたら、今サランディールを支配している宰相がこの通路を見つけ、見張りの為に兵を入れているかもしれない。

ヘイデンさんが伏兵の心配をなさったのはその為かと思いました。

だけど──本当はそうじゃないみたい。

──ダルクさんがここで亡くなった事を知っている『誰か』がいる。

その『誰か』が、万が一ここへやって来て私たちと遭遇する様な事があれば、面倒な事になる──。

ヘイデンさんもゴルドーさんも、そういう心配をなさっているのではありませんか?」


だから十二年前も今も、ダルクを連れ帰る事が『出来ない』のだ。


その『誰か』に、ダルクの遺体が消えた事を知られてはいけないから──。


そう思って問いかけた先で──ゴルドーが怒りにも似た強い目でミーシャを見る。


それでも最後には、ゴルドーが折れた。


数秒の睨めっこの後ゴルドーがさっと背を向け、道を元来た方へ──トルスへ向けて歩き出す。


その背中越しに、


「──訳は、道すがら話す。

嬢ちゃんの言う『誰か』が、万が一にもここへ来ねぇとも限らねぇからな。

だが、この事はリッシュには言うな。

人には、忘れてた方がいい事もある」


重く、ゴルドーが言うのに──ミーシャは戸惑いながらも、一つ静かに頷いて、そしてゴルドーの後に続いて歩き始めた。


ゴルドーが話し始めるのを聞きながら──ミーシャは、何故リッシュがダルクの事を思い出す時、地下通路に入った時、あれほどまでに顔を青ざめさせるのか──その理由を知ったのだった──。



◆◆◆◆◆


ゼェゼェと俺は剣を片手に、疲れ切ったまま荒く息をする。


目の前には(俺とは違って)余裕の表情で息一つ乱さずユークリッドが……ユークが立っている。


カジノの裏手にある中庭での事で、朝も早い。


朝の陽の光がようやく中庭に届き始めた──そんな頃合いだ。


もちろん辺りには俺とユークの他には誰もいねぇ。


このカジノで住み込みで働き始めてから四日。


朝は陽も昇らねぇ内からユークと武術の稽古をし、カジノの他の従業員が来る前には中庭から引き上げ、ゴルドーの執務室でユークが持ってくる書類の整理や帳簿の計算をする。


そしてまた夜、カジノが閉店してから夜空の下でユークと武術の稽古……と、まさに休む間もなく忙しく過ごしていた。


この四日間、ミーシャや犬カバからの連絡はねぇ。


けどユークの話によれば、ゴルドーの野郎がヘイデンと連絡を取っていて、俺の様子は向こうには伝わってるらしい。


向こうの様子は分からねぇが……まぁ、もし何かあれば犬カバが何らかの方法で俺に伝えに来るだろーし、きっと問題はねぇんだろう。


とりあえず今は、目の前の事に集中だ。


そう気持ちを切り替えて、俺は手に持つ短剣を握り直した。


マメが潰れた痕がジンジンと痛ぇが、そっちに意識を向けねぇ様にする。


そうして悠然と、武器の一つも持たずにそこに立つユークに一気に間合いを詰めて短剣を大きく振りかぶった。


そのままスピードに乗せて左肩から斜めに振り下ろそうとしたん──だが。


ガンッとユークの太い腕が俺のその腕を止める。


そうしてその勢いのまま打ち倒されて、俺は地面に派手に背中を打ちつけた。


「〜ってぇ……!!」


思わず背中に手をやり、声を上げる。


少し離れた地面の上で俺の短剣がクルクル回って止まるのが目の端に映る。


〜ったく、なんつー馬鹿力だよ。


この俺の全身全霊の力とスピードを込めた一撃を、たったの腕一本で吹っ飛ばすなんてよ……!


ユークのヤロー、ほんとは人間じゃねぇんじゃねぇのか?


息だって一つも上がってねぇし。


呻きながらよろよろと立ち上がると、ユークがスッと腕を下ろして俺を見、言う。


「腕を大きく振りかぶりすぎです。

その為隙も多い。

熟練の者ならその隙は絶対に見逃さない。

それに、自分より体格や力量が上の相手に、何の策もなくただ正面からぶつかっても勝ち目はありませんよ」


さらりと──しかもぐうの音も出ないほど正論を吐いてくる。


くっそ〜……。


んな事は俺にだって分かってんだよ。


問題は、じゃあどういう策でどう挑んだらいいのか分からねぇって事だ。


ユークはそーゆートコ簡単には教えちゃくんねぇんだよな。


考えながら──腰を屈めて地面に転がった短剣を片手に握る。


と──ユークが何かに気がついた様にふと顔を上げた。


俺もつられてユークの視線の先を見た。


陽の光が、大分上に上がってきている。


そろそろ仕舞いにして切り上げねぇといけねぇ頃合いだ。


……あ〜あ。


ここ四日間、俺にしちゃあかなり真剣に武術の稽古に向き合って来たつもりだが、大して進展はしなかったな。


ユークに一太刀だって掠めることもなかったし。


なんて考えながら短剣をしまいかけた──所で。


ダンッと一気に間合いを詰めて、ユークがいきなり俺に躍りかかってきた。


目の前に、ユークのでかい拳が迫る。


うっわ、ヤベェ!!殴られる!!


さっと俺は無意識に、半身を反らしてユークの一撃をギリギリの所でかわす。


俺の鼻先をユークの拳がほんの僅かに掠めた。


息つく間もなくその反対側の拳が俺の頬を狙いにくる。


顔を後ろへ引っ込めてそいつをかわすと、今度は左からの回し蹴りが俺のあばらめがけて来る。


あんなのに当たったらまたあばらが折れちまう!


俺はさらに素早く後退し、ユークの靴の先を見る。


その靴の動きが、ふいにスローモーションの様に見えた。


左から右へ動く靴先。


その奥で、ユークが左腕にグッと力を溜めているのに気づく。


次は、左パンチを繰り出してくるつもりだ!


そう見切ってスッと半身を引き、すれすれの所で拳をかわす。


そのまま体勢を低くして、逆にユークの懐に飛び込んだ。


ユークの拳は突き出されてるから、まだ懐へ戻れねぇ。


〜やるなら今しかねぇ!


「〜だりゃあっ!!」


短剣でユークの脇腹めがけて斬りかかる。


うまく行った!


そう、思いかけたんだが。


ユークがその俺の動きに一瞬で反応した。


フンッと気合いの一声を上げ、短剣を持つ俺の手首に鋭い手刀を入れてきた。


「〜っ!!

いっ……!!」


痛ってぇ〜!!


手にした短剣がカランカランと音を立てて地面に落ちる。


と──ユークが静かに一つ息を吐いて、ゆっくりと体勢を元に戻した。


俺は思わず涙目になりながら、ユークに打たれた手首を弱々しくもう一方の手で押さえる。


ううぅ……痛ってぇ……。


指の先から肘の辺りまで、痺れにも似たじ〜んとした痛みが響いてくる。


丁度、肘をガンッと強く何かにぶつけたみてぇなそんな痛みだ。


「〜ユーク!

ひっでぇじゃねぇーか!

何の前置きもなしに殴りかかってくるとか反則……」


だろ!?とまで言いかけた──ところで。


ユークが──フッと笑う。


まるで悪の総司令みてぇな、やけに悪い笑みだ。


「──この世にはこれよりもっとひどい『反則』がごまんとありますよ。

こちらがそれに騒ごうがどうしようが、それは『向こう』の知ったことではない。

大人しくやられたくないなら、その敵の動きの先、思考の先を行く事です。

──今のは少し、いい手でした」


ユークがそう、最後の一言だけで、褒めてくる。


俺は一瞬手首の痛みも忘れ、目を丸くしてユークを見た。


ユークが肩をすくめて、両手を黒スーツのズボンポケットに入れる。


「さて、ではそろそろ執務室の方へ切り上げましょう。

じき従業員が来るでしょうから」

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