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「──どうせリッシュにミーシャ殿の事で何かあれば教えろとでも言われていたのだろうが、その必要はない。

ミーシャ殿の身の安全は、私とゴルドーが保証する。

それに──リッシュをあの場所へ行かせたくない、大きな理由があるのだ」


ヘイデンの思わぬ言葉に──犬カバは「クヒ?」とようやく体を和らげてヘイデンの顔を見る。


リッシュをダルク・カルトの眠る地下通路に行かせたくない、理由?


犬カバの小さな頭にふと、以前地下通路に入った時のリッシュの様子が思い返される。


大統領との会議の為、ギルドの救護室から通じる地下通路を通って旧市街へ出ようという時だった。


リッシュが後ろでピタと足を止めたので振り返ると、青ざめた顔でぼんやりして立ち止まっていた。


その視線の先は通路の壁際で、まるで誰かが座り込んででもいるのをぼんやり見ているかの様だった。


実際には誰もいないというのに。


ミーシャが話しかけるとすぐに意識をこちらに戻したが──あれは、犬カバの目から見てもちょっとおかしな様子だった。


ヘイデンの言おうとしているのは、あの様子と何か関係があるのだろうか?


問いかける様にヘイデンを見上げていると、ヘイデンはまた一つ嘆息する。


そうしてそっと静かに犬カバを床の上に下ろし、語り始めた。


リッシュをその場所へ行かせたくないその理由を。


犬カバはその全てを聞き終えて──


「……クヒー……」


消え入りそうな声で鳴いて、そのまましょんぼりうな垂れた。


「──分かったら大人しくしていなさい。

どのみち四、五日すればリッシュもミーシャ殿も戻ってくる。

ノワール人に見つかる危険を犯して街へ行き、リッシュに伝えに行かなければならない理由はない」


ヘイデンがキッパリとそう言うのに──犬カバはしょんぼりしたまま「きゅ〜……」と一つ鳴いて、返事したのだった──。



◆◆◆◆◆


サランディール城に続く地下通路の中は、一年前ミーシャが一人でここを通った時と同様に薄寒く、静かだった。


どこからか聞こえてくる水の音も同じ。


違うのはミーシャのすぐ目の前をゴルドーが先導して歩いている事と、その手に持つランプの明かりが周りの様子をしっかり照らし出している事だった。


ヘイデンの屋敷からほど近い場所にあった地下通路入口から歩き進む事すでに三日目。


地上の様子が見られないので正確ではないがトルスとサランディールとの国境はすでに越え、今はむしろ、サランディール城にかなり近い距離までやって来ている。


その間の二泊は通路の隅でゴルドーと交代で仮眠を取り、食事も朝夕の二回を乾パンで簡単に済ませるだけ。


あとはひたすら歩き進めるという、かなりの強行軍だったが、ミーシャはそれに一つの文句も弱音も吐かなかった。


一年前のあの日、たった一人で明かりも持たず、手に一振りの剣だけを握り締め歩いたあの時を思えばこれくらいは大したことではないという事もあるけれど、それより何より、ゴルドーがこれほどまでに道を急ぐ理由を分かっていたからだ。


この地下通路にもし万が一サランディールの伏兵なりなんなり、その手の者がたったの一人でもうろついている様な事があれば。


ここに滞在する時間が長ければ長い程、必然的にその者との遭遇率が上がってしまう。


何も面倒が起こらない内にサッと行ってサッと帰ってこよう、という事なのだ。


もちろん強行軍が過ぎればいざという時に動けなくなるという危険もあるが、その辺りのペース配分はどうやらゴルドーが気を回して計算してくれているらしい。


ミーシャが疲れ切ってしまわない程度の所で小休憩を挟んでくれたり──……本当にさり気なくだが、足の速さにも気を配ってくれているらしい事が分かる。


多少疲れはするが、動けなくなってしまうほどではない。


そういうペース配分をしてくれている。


その物言わぬ無骨な優しさは、どこかヘイデンに似ていた。


二人に言えば二人ともに嫌な顔をされそうだが。


と──前を歩くゴルドーの歩が、ピタと止まった。


ミーシャも合わせて立ち止まり──そうしてゴルドーの視線の先を追って、前方を見る。


ゴルドーの手のランプの明かりに照らされて──……『その人』は静かにそこに座り込んでいた。


通路の壁に背を持たせかけ、座り込んだまま白骨と化したダルク・カルト、その人が。


ミーシャが思わず息を止めて白骨のダルクを見る中──ゴルドーが無言のままにダルクへ近づき、その目の前に腰を落とす。


「──悪いな、ダルク。

んな所に長い間、一人きりにさせちまってよ」


まるでダルクが生きているかの様に、ゴルドーがダルクに話しかける。


そこに深い情の心が見えた気がして──ミーシャは何も言えないままその光景を見つめていた。


ゴルドーが、ダルクの横に置かれた金属製のタグのついた鍵を手に取る。


一年前、ミーシャがそこに戻したそのままの状態で、鍵はそこにあったのだ。


「おい、ミーシャ」


ゴルドーがふいにミーシャの名を呼ぶ。


突然の呼びかけにミーシャが目をぱちくりさせる中、ゴルドーは手にした鍵をミーシャの方へ放った。


ミーシャは慌ててそれを両手でキャッチする。


ゴルドーがその場で立ち上がりながらミーシャを見やる。


「その鍵はお前が持っておけ。

リッシュの野郎が飛行船をヘイデンから買い取ったら、お前がそいつを渡してやれ」


「えっ……?でも……」


これはゴルドーの手から渡してあげるべきものではないのか。


影ながらずっと長い事リッシュを見守ってきた、ゴルドーやヘイデンの様な人が。


そう思ったのだが、ゴルドーは面倒臭そうにパタパタと手を振ってみせる。


「俺やヘイデンなんかから渡されるより、お前から渡される方があいつも喜ぶだろ。

この頃じゃお前のおかげで、あいつも随分変わったって聞いてるしな」


ゴルドーの言葉に──ミーシャはどう反応していいか分からず、手元の鍵を見つめた。


一年前は暗闇であまりよく見えず、指先だけでタグの文字を辿ったが、今はランプの明かりのおかげでハッキリとそれを捉えることが出来る。


元は銀色だったらしい金属製のタグは、古びてすっかり鳶色に変色してしまっている。


それでも、そこに彫られたあるたった一つの名は、ハッキリと読み取れた。


──ダルク・カルト。


そう、一年前この鍵を手にした事が、この名を知った事が、全ての始まりだった。


ミーシャはぎゅっと、その鍵を握りしめる。


と、ゴルドーが言う。


「さあ、目的達成だ。

誰も来ねぇ内にさっさとここを離れよう」


そう言われて──ミーシャはゴルドーの顔を、続けて白骨と化したダルクの姿を見た。


このまままた──……ダルクを一人、ここへ残していくのか──。


そんなミーシャの思いを読んだのかどうか──ゴルドーは言う。


「ダルクにゃ悪いが、こいつはこのまま置いていく。

下手に動かして、他の誰かに俺らがここに来た事を知られちゃマズイからな」


行くぞ、と先を続けて──ゴルドーはそのまま足を元来た道へ向け、歩き始める。


ミーシャの脇を抜け、先んじて歩き始めたその背に──ミーシャはここに来るまでずっと疑問であった事を、問いかける。


「──あの……」


「──何だ?」


「ヘイデンさんもゴルドーさんも……一体『誰を』恐れているんですか?」


問いかけた先で──ゴルドーの足がピタと止まる。


そうしてゆっくりと振り返った。


「……あぁ?」


言った声も、顔も不機嫌そのものだ。


だが、ミーシャも引かなかった。


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