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部屋の一番奥の窓には、どぎつい紫の地に、金の刺繍が悪趣味に施されたカーテン。


そのすぐ手前には部屋に入ってきた者を真っ向から威圧出来る様に(だと俺は思う)戸口へ向いた黒の立派な社長椅子と、どっしりした樫の木の机。


そしてさらにその手前にはガラスのローテーブルと、そいつに見合った黒革のソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。


その、ローテーブルの下にはでかいトラの毛皮みてぇな絨毯が敷かれ、ソファーの背もたれ部分には何故かヒョウ柄の布が掛けられていた。


……なんだか見てるだけで、趣味の悪さに胸焼けしそうだ。


げんなりしながらその部屋を見つめ突っ立ってると、ようやく俺の腕からゴルドーが手を離し、ソファーの上座側にドッカと腰を落とす。


そうして俺を見上げ、不機嫌そうに


「──で?」


と一声上げてきた。


「てめぇは今、何やってんだ?」


何の前置きもなく、んな事を聞いてくる。


俺はそいつにすっかり面食らっちまって、


「──……はぁ?」


何とも間抜けに聞き返した。


いや……。


何やってるも何も、あんたに引きずられてここまで来たトコじゃねぇか。


ちっとも要領を得ず聞き返した先で、ゴルドーが不機嫌さをそのままに言ってくる。


「はぁ?じゃねぇよ。

仕事だ、仕事。

こないだ約束しただろーが。

飛行船を買い取るのに必要な残りの二十万ハーツ、きっちり働いて稼ぐって。

もちろんもう仕事も見つけてキリキリ働いてんだろーな?」


ゴルドーが問いかけてくるのに、俺は ぽけっとしたままゴルドーのごつい顔をただただ見つめた。


『もちろんお気づきですよ。

あなたがリッシュくんだという事は、最初からね』


カフェの店長が言った言葉が、再び俺の頭の中に蘇る。


店長のじーさんを、疑う気持ちはねぇ。


ねぇけど……ゴルドーのこの問いかけ方は──まるでリア(リッシュ)が『ウェイトレスとして』カフェで働いてたって事を、これっぽっちも知らなかった体だ。


まだ店長のじーさんから、俺がリアだってゴルドーに気づかれてると知ってる事や、ウェイトレスを辞めた事を聞いてねぇのか?


だったらだったで、短気なゴルドーがこんな風に大人しく(?)話を展開してくる訳もねぇ。


ゴルドーなら、俺の言い分も聞かず、初っぱなから激しく怒鳴り散らしてくるに決まってらぁ。


俺は──……ゴルドーがどういう意味合いでこんな問いかけをしてきたのかを内心推し量りながらも、とりあえず機嫌を損ねねぇ内に言う。


「〜働い、てたよ。

けど、ちょっと色々事情があって……しばらく表立って働くのが難しくなりそうなんだ。

これからの事は、これから考える。

けど、残りの二十万、ちゃんと働いて自力で稼ぐって約束は、忘れちゃいないぜ。

だから別に、あんたに責められる謂れは……」


言いかけた──ところで。


ゴルドーが鼻でフンッと息をつく。


ヘイデンみてぇなスカした感じとは違うが、これはこれで人をムッとさせる息のつき方だ。


どーせゴルドーの事だ、この後はギャーギャー大声で怒鳴り散らして怒ってくるに違いねぇ。


そう、思ったんだが。


ゴルドーは……俺の、全く予想すらしてなかった事を、言う。


「つまり今はどっかで働いてる訳じゃねーんだな?

だったら都合がいいぜ」


一人、得心した様に言って、勝手に先を進める。


「さっき下で男一人とすれ違っただろ?

あいつにはこのカジノの事を全部任せてんだが、最近どーも忙しいらしくてな。

雑用を一人欲しがってたんだ。

てめぇヒマなら、しばらくその雑用やって働け」


「〜なっ……」


「もちろん給金くらいは出してやる。

雑用だからな、完全にカジノの裏方だから、表に出る必要もねぇ。

てめぇ今、ノドから手が出るほど稼げる仕事を探してんだろ?

だったらここで今日から働け」


「〜なっ……まっ、ちょっと待って……」


話が急すぎて、頭がついていかねぇ。


けどゴルドーは、逆にそいつを狙ってるかの様に俺に考えるヒマを与えずドアの向こうへ──いや、もしかしたら んな近い距離じゃなく、下の階へ、かもしれねぇ──向かって大きく怒鳴る。


「〜おい、ユーク!

ちょっと来い!」


その、あまりの声のデカさに俺は思わず耳を塞ぐ。


言っとくけど大袈裟って訳じゃねぇぞ。


ゴルドーの声はビリビリと空間を振動させるほどだ。


たぶん本気で一階まで響く声量だったんだろう、しばらくの時を置いてさっき下で見た男、ユーク……ユークリッドがやって来て、この部屋のドアを開ける。


だが『お呼びですか』と問いかける事すらしねぇ。


ユークリッドは、ソファーにドッカと座るゴルドーと、その前でボケッと突っ立ってる俺を、眉を潜めたまま見る。


そうして何かを悟った様に、ほんの少し片方の口の端を上げた──様な気がした。


ユークがゴルドーへ視線を戻すと、ゴルドーは言う。


「お前、雑用を欲しがってたろ。

こいつを使え。

今日から住み込みで、朝から晩まで働くってよ」


「〜はっ、はぁ!?

住み込みで朝から晩までって……俺は んな事 一っ言も言ってねぇ……!」


「知り合いだからって容赦は要らねぇ。

ビシバシ鍛えて、それでも役に立たなきゃ即クビにしろ」


「──かしこまりました」


ユークがサラッと言ってくる。


って、ちょっと待てよ、俺の意見は無視かよ。


「おっ、おい、俺の話を……」


「話は終いだ。

俺は四、五日ここを空ける。

その間の事はてめぇに任せたぞ、ユーク」


ゴルドーが俺の言葉を遮って言うのに、ユークまで「かしこまりました」とさっさと返事する。


ゴルドーが大仰に頷いて──そーしてここで改まって俺を見る。


相変わらずの不機嫌面だ。


「それと──てめぇんトコの犬と嬢ちゃんだが」


言ってくるのに──俺は思わず目を瞬いてゴルドーを見た。


「このまましばらくそっとしておけ。

てめぇがヘイデンの屋敷やらこの街をうろちょろしてる方が悪目立ちする。

特にてめぇらを探そうって人間の目からすりゃあ尚更な。

それから、覚えてるかどうか知らねぇが、ここにいるユークリッドはかなりの武術の達人だ。

ここにいる間の四、五日を、無意味に過ごすんじゃねぇぞ」


言ってくるのに──俺は色んな事に面食らってゴルドーを見た。


てめぇんトコの犬と『嬢ちゃん』?


俺が『ヘイデンの屋敷』やらをうろちょろしてたら悪目立ちする?


待てよ、これって……。


ゴルドーの野郎、まさか今の俺たちの事情を全部知ってんのか?


それに──ユークが武術の達人だって事と、ここにいる四、五日を無意味に過ごすなってぇのは一体どーゆう話の流れで……?


考えかけて──俺は不意にある一つの答えに辿り着く。


四、五日ってぇ数字は不明だが、『無意味に過ごすな』ってぇのはつまり、


ユークに武術を習えばいいって、そーゆう事か……?


俺が考えに耽っていると、ゴルドーが一瞬ニヤリと悪どい笑みを浮かべて、両膝に手を付きソファーから立ち上がった。


「〜あっ、おい……」


言いかけるのを無視してゴルドーがそのまま部屋を出て行こうとする。


ユークとすれ違う時、たった一言、


「後の事は頼んだぜ」


ゴルドーがユークに告げる。


ユークがコクリと頷いた。


俺はそいつに戸惑いながらも待ったをかけた。


「〜おい!

俺は住み込みなんてしねぇぞ!

ゴルドー!」


言いかける──が。


ゴルドーは全く聞く耳を持たなかった。


俺の声に対する返事は一切なしのまま、こっちに背を向けたままこんな事を言ってくる。


「さっさと嬢ちゃんや犬の所に戻りてぇんなら、グダグダ言わずキリキリ働いて二十万ハーツ溜め上げろ。

──……そうそう、ついこないだまで、うちのカフェでリアっつぅ名のウェイトレスが働いてた。

事情があってもう辞めたそうだが……中々の働きぶりだったらしい。

てめぇもそいつを見倣って、しっかり働けよ」


言ってくる。


俺は──その言葉に思わずポカーンとして、それ以上の抗議をすんのを忘れちまった。


あの(・・)ゴルドーが、他人を──しかもたぶん、この俺を──褒めた……?


なっ、なんだよいきなり……。


明日ヒョウでも降ってくんじゃねぇか……?


半ば恐れながら俺がたじろいでる間に──ゴルドーはフンと一つ鼻を鳴らして、そのままこの部屋を立ち去っちまったのだった──……。


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