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俺はちょっと考えて、まーだ極楽そうにクッションに埋もれてる犬カバに向かって、
「──犬カバ、」
一言声をかける。
犬カバが「クヒ?」とまったりした様子で顔だけを俺の方へ向けてくる。
俺はそいつに犬カバの前まで行き、腰を落としてまっすぐ犬カバの目を見て話し始める。
「……これからしばらく、俺は外出する事が多くなると思う。
『リッシュ』の姿で街の様子を窺いに行ったり、働いて金を稼いで、早いトコ飛行船を手に入れねぇとな。
……何が起こるか分かんねぇけど、今後の色んなもしもを考えた時……移動手段としての飛行船は、やっぱりねぇよりあった方がいいと思う。
それで──……俺が言いたいのはさ、」
まるで人に話すみてぇに、真剣に犬カバに語りかける。
何だかヘンなのは自分でも分かってんだけどよ、でも犬カバだって俺の言う事をちゃんと理解してんのが伝わる。
犬カバが、こっちもいつの間にかしゃんと居直って、俺の話をちゃんと聞こうって姿勢を見せていた。
俺は言う。
「──……俺がいねぇ間、ミーシャの事を見といてやってほしいって事なんだ。
ヘイデンとミーシャで今してる話……何を話してんだか見当つかねぇけど、何かあるって俺は睨んでる。
危ねぇ事じゃなきゃ何でもいいが、どーもそういう気がしねぇ。
どっちみちお前もしばらくこっから動けねぇだろ?
だから──……ミーシャとヘイデンの動向、さり気なく探ってくんねぇかな?」
問いかける。
犬カバはそいつに、クッションの上ですっくと立ち上がった。
そーして四本足で仁王立ちして、
「クッヒ!」
ハッキリとそう、請け負った。
俺はそいつに笑って「頼んだぜ、相棒」とグーパンチを突き出した。
犬カバもちまっこい手を丸めて俺の拳にグータッチして返してくる。
「クヒッ!」
任せとけ!
犬カバは確かに間違いなく、そう返してきたのだった──。
◆◆◆◆◆
翌日の朝──
俺は『リッシュ・カルト』の姿のまま、一人こっそりと街の方まで繰り出した。
こっそりっつったって、ヘイデンや執事のじーさん、ミーシャや犬カバにも、街へ行く事は伝えてあるんだぜ?
こっそりしてんのはそこを出てから後──……街に着くまでと、着いてから、だ。
建物と建物の間をすり抜け、影から影へと潜んで歩く。
誰にも見つからねぇ様気をつけながらの行軍は、何だかちょっと前までの、賞金首として街中から追われてた時みてぇだ。
こーしてるとよ、ミーシャや犬カバと出会う前の事を思い出すんだよなぁ。
あの頃は一生涯賞金首としてこーして一人逃げ回りながら暮らしていくんだと思ってたが……人生って不思議なもんだよな。
そんなに前の事じゃねぇのに、もう随分昔の事みてぇだ。
まぁ、今も結局逃げ隠れしてる事には変わりねぇけど。
そんでも今は──前とは違って、一人って訳じゃあねぇんだよな。
……って、感傷に浸ってる場合じゃねぇよな。
リア&ダルがいなくなった街の様子を俺は見に来たんだっての。
さ〜て、その肝心の街の様子はってぇと……。
「うぉ〜ん!リアちゃ〜ん!!
どーして何も告げずにいなくなっちまったんだぁ〜!!」
「ダルク様がっ、ダルク様がぁ〜!!」
そこここで響き渡る泣き叫び声──。
男女問わず、人目も憚らず泣いて叫んで悲しんで……。
それが五、六人程度のささやか(?)なもんじゃねぇ。
街のあちこち、至る所この話題で持ちきりな上に、十歩歩けば激しく咽び泣く男(もしくは女の子達)に行き当たるくらいの、とんでもねぇ騒ぎだ。
ある程度はそりゃ、騒ぎになってんじゃねぇかな〜とは思ってたが……さすがにここまでは、予想してなかったぜ……。
これじゃ当然ジュードやあの紺色の髪の男、それに……(もしこの街にいたんだとしたら)犬カバを追ってる連中の耳にも入っちまってるよな……。
やれやれ、と思いながら俺は思わず頭を振る。
そーして一人、大通りを見渡せる細い路地の影で、建物の壁に背をやって小さく息をついてる──と。
『ドゴスッ!』
大通りの方からものすげぇ音がした。
思わず目を音の方へ向ける──と、黒いスーツの男が地面にビタンとぶっ倒れてんのが見えた。
いや、ぶっ倒れてるっつーよりも、何かにつまづいてこけたらしい。
顔面からド派手に地面に突っ込んだらしく、どーやらまだ再起不能だ。
「〜あっ、兄貴ぃ!」
倒れた黒スーツの後ろで慌てたよーにもう一人の黒スーツの男が声を上げる。
それで……俺は思わず半眼になった。
な〜んだ、ラビーンとクアンじゃねぇか。
ちなみにもちろん、こけて未だに地面に突っ伏してる方がラビーンだ。
ったく、リアがこの街から離れたのにショックを受けて、足元までお留守になっちまってたのかぁ?
半眼のままラビーンを見てると、クアンのやつがまだ起き上がれねぇラビーンに代わって……とばかりに、すぐ脇の花壇に腰掛けたある一人の男の方へギンッとした目を向ける。
つってもあいつ、いつものごとくグラサンしてっからそう見えたってだけの事だが。
まぁともかく、俺もつられてクアンの視線の先を見た。
花壇に腰掛けた男──がっくりと首からうなだれてるもんだから、顔は一切見えやしねぇんだが──その髪の色にはちょっとした見覚えがあった。
紺色の髪。
投げ出された様に前に延びてる、長い足。
ラビーンはあの足にどーやら引っかかっちまったらしい。
「おいコラてめぇ……!
うちの兄貴に何してくれてんだ、あぁ!?」
クアンのやつが紺色の髪の男に突っかかる。
男の前まで行って、グイッと胸倉を引っ掴み、力づくで男を花壇のヘリから立ち上がらせた。
男は──物憂げにクアンの顔を一目見て──そうしてはあぁ、と大きな息をついてそのままがっくりと再び頭を垂れた。
それがクアンの癇に触ったらしい。
「聞いてんのか、コラァ!!」
クアンが顎を斜め上に上げながらも、いっぱしのヤクザみてぇな絡みを見せる。
こーゆー姿を見てるとよ、こんなクアンみてぇな野郎でもそこそこ怖くてヤベェやつに見えてくるから不思議だ。
普段なんか『リアちゃ〜ん♪』って感じでち〜っとも怖かねぇのによ。
まぁ俺も、そういや『リッシュとして』こいつらに追われてた時は確かに『ヤベェ、殺される』なんて恐怖を感じてたりもしたが。
今となっちゃあクアンやラビーンなんかに凄まれたってもうこれっぽっちも怖かねぇ。
な〜んて思ってると、
「……ねぇ、ちょっとあの人、大丈夫かしら?」
「うん……。
というかあの絡まれてる人、今一瞬上げた顔が、ちょっとイケメンじゃなかった?
何だかダルク様みたいな高貴な雰囲気が……」
俺のわりと近くにいた女の子二人が、ボソボソと話してんのが聞こえてくる。
俺は思わず片眉を上げて口をへの字に曲げた。
おいおい、ダルクみてぇな高貴な雰囲気って……。
確かにあの男、わりとイケメンかとは思うが、高貴な雰囲気はねぇだろ。
つーかダルとは髪の色から背の高さまで何もかも違うし。
と──男が、クアンの声にうるさそうに顔をクアンから背ける。
その丁度視線の先、辺りで。
「うっ、うぅ……」
ラビーンが声を漏らす。
いや……声っつーか……。
「うぅぅ……。
リアちゃぁ〜ん……。
どーして俺に何の相談もなしに旅立っちまったんだぁ〜」
地面に転げたまま、顔を腕で覆って、泣いてやがる。
「あっ、兄貴ぃ〜。
泣かないで下さい!
兄貴が泣いちまったら、お、俺だって……」
あんだけ絡んだ男の胸倉からパッとあっさり手離し、クアンがラビーンの傍らに両膝をついて座り込む。
そーして……クアンのやつまでラビーンにつられてベソベソと泣き出した。
……。
あーあー。
ったく、二人揃って何やってんだか。