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6


ふいに横を見ると、ミーシャも静かに物思いに耽っている。


犬カバだけがのんきそうに首をフラフラさせていたが。


と、執事のじーさんが場を和ませる様に「さあ、」と明るい声をかけた。


「難しい話は後にして、ひとまずお二人をお部屋へ案内しましょう。

長くお過ごしになられるかもしれませんから、居心地の良い部屋をご用意しましたよ。

お気に召されるとよろしいのですが」


じーさんが言ってくるのに、ミーシャが「ありがとうございます」とじーさんと、それにヘイデンに向かって礼を言う。


そうして続けた。


「でも先に──……ヘイデンさんと、二人でお話ししたい事があるんです。

──リッシュ、先に行っていてくれる?」


聞かれて……今度は俺の方が目をぱちくりさせた。


「お……おう、」


とりあえず、返事こそしたが……。


ヘイデンと二人で話したい事……?


この俺を抜きにして……?


思わず、訝しんじまう。


そんな俺に、じーさんが「では、」とやんわりと先を続けた。


「先に参りましょうか。

リッシュくん、それに犬カバくん、二人のお部屋はこちらですよ」


言って、じーさんがこの応接間の戸を開け俺と犬カバに退出を促す。


俺は──……何だかちょっと後ろ髪引かれる様な気持ちのままミーシャの方を見る。


ミーシャが優しい笑みでにこっと微笑みを返してきた。


どーやらとりあえずは、何かをまた一人で抱え込んで追い詰められてるって感じじゃあ、なさそうだ。


けど……ヘイデンなんかと、二人で話したい事って、一体何なんだよ……?


思いつつも……俺はじーさんに促されるままに部屋を出る。


じーさんが閉める戸の最後の隙間、その向こうで……ミーシャが微笑みをスッと戻して、まるで『冒険者ダルク』の時みてぇなキリリとした表情をするのが見えて……俺は、


……何かあるな。


そう、見当をつけたのだった──。



◆◆◆◆◆



リッシュと執事、そして犬カバの三人がその部屋を退出した後──ミーシャは静かに息を吐いて、目の前のヘイデンを見据えた。


自然、気が引き締まる。


「それで、」と先んじて口を開いたのは、ヘイデンの方だった。


「話というのは……飛行船の鍵を取りに行く話、か?」


問いかけながらも、それが正解だと知っている。


そんな口調に、ミーシャは ええ、と一つ頷いてみせた。


ヘイデンが息をつく。


この話をしたのは、つい昨日の事だ。


リッシュが飛行船を手に入れても、そのエンジンを動かす肝心要の鍵がない。


その鍵は──サランディール城の地下通路に未だ倒れたままの、ダルクの遺体にある。


亡命する時、倒れたダルク・カルトの懐から落ちてきた、名前の彫られた金属のタグ。


そこにキーチェーンで繋がれた、複雑な鍵の様なそれが、そうだ。


目も不自由で、その場を訪れた事もないはずのヘイデン一人で行くのなら、ダルクがいる場所までのおおよその地図が頭に入っている自分も行く。


そう言ったミーシャにヘイデンは昨日、返事はしばらく待ってほしいと答えた。


けれど──事情はたったの一日のうちに大きく変わってしまった。


もし本当に見世物屋の店主が言った様に、犬カバがノワール王やノワールの貴族に追われているというのなら。


その犬カバとこの頃行動を共にしていた『冒険者ダルク』は──ミーシャは、やはり外出を控えなければならない。


それは犬カバの身を守ると同時にミーシャの身を守り──……そしてリッシュとその飛行船の安全を守る為に、必要な事だった。


このどこか一点でもノワールの側に漏れる事があれば、芋づる式に他の事項もノワールに全てバレてしまう。


今だってすでにその危険はあるのだが、日が経つほど、時が経つほどにその危険は大きくなる。


だから──……地下通路入口まではどうしても外を歩かざるをいけない以上、事を起こすのならやはり早めに起こしておかなければならないのだった。


そんな事情がなかった昨日は『考えてみる』と言ってくれたヘイデンは、今日の話を聞いて気を変えたかもしれない。


そう思ったのだが──。


「──念の為聞くが。

あなた自身の決意は、変わっていないか?

あなたが行こうとする先は、サランディール城にかなり近い。

ほとんど城内といってもいい程に。

今のあなたにとってはあまり近づきたくない場所のはずだが」


ヘイデンは、そんな事を聞いてくる。


ミーシャはそれにそっと頭を振ってみせた。


「──決意に変わりありません」


きっぱり、そう答えるとヘイデンが頷いた。


そうして一呼吸置いて、続ける。


「──……地下通路入口までの道のりだが……これは、心配に及ばん。

だから焦って鍵を取りに行く必要はない。

ただ──……」


言いかけて、ヘイデンは一つ息をつく。


「──……問題の芽は、少しでも摘んでおきたい。

あの地下通路に、万が一サランディールの伏兵がいたら、今の私にどこまでの事が出来るか、不安が残る。

私一人で行く分には伏兵に捕まろうと殺されようと大した事にはならんが、あなたが行くのならそうもいくまい。

それこそリッシュに知れたら何と言われるか分からんからな。

だから、私の代わりにある者(・・・)にその任を負ってもらう事にした。

ダルクの眠る場所までの道に明るく、飛行船の事も知っている。

機転も利いて腕っ節も強い。

口も趣味も悪く、うるさいのが玉にきずだがな」


「それって……」


ミーシャが……ヘイデンの言うその人物に思い当たって、目を丸くして言いかける。


ヘイデンが肩をすくめた。


「忙しい男だが、昨夜話をしたら遅くとも四、五日内には日を設けると請け負った。

今朝聞いた犬の話も私から伝えておく。

ガラの悪い男だが、女性に危害を加える様なタチではない。

気乗りせんかもしれんが、あの男がここに来るまでここでゆっくり休みなさい」


最後はまるで、父や兄の様な口調でヘイデンが言う。


ミーシャはそこにヘイデンの優しさを見た気がして──……そっと微笑んで、


「──はい」


素直にそう、返事したのだった──……。



◆◆◆◆◆



俺は、部屋にあった机の上に後ろ手をつき、ドアの方を見て う〜んと一人唸っていた。


この部屋は俺と犬カバ用にって執事のじーさんが用意してくれたもんだ。


広すぎもせず狭すぎもせずの一間で、置いてある家具も、俺がこーして後ろ手をついてる机、それに椅子にベッドとかなりシンプルだ。


ちなみにベッドのすぐ脇にある床の上にはふんわりとした円形のクッションが一つ設けられてる。


たぶんじーさんが犬カバ用にと気を利かせて置いといてくれたんだろう。


そいつにいち早く目をつけた犬カバが早速その上にくるんと丸まって、


「クッヒー」


なんともほんわかした声で一声鳴いて、そのまま今もゆったりくつろいでいる。


俺はそいつを脇目に、再び う〜んと唸った。


今もまだ……あの客間じゃあミーシャとヘイデンが何かの話をしてるはずだ。


一体何の話をしてんだか……。


今この状況で、わざわざ俺を外してミーシャがヘイデンに話しておかなきゃならねぇ事なんか、あるか?


それに──……客間を出る時一瞬だけ見えた、あのミーシャの表情──。


何か思い詰めてるって感じじゃなかったが、あれは絶対に何か(・・)ある。


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