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◆◆◆◆◆


俺は一人、『リア』の格好でウェイトレスとして働くいつものカフェの前に来ていた。


犬カバとミーシャ、それにまだギルドを開けるまでには時間のあるシエナの三人には、今はギルドの救護室の方で少し待ってもらっている。


まだ早朝だからってのもあってか、街路にはほとんど人がいねぇ。


カフェだって営業時間よりまだ大分前だから客もいなけりゃ従業員だって来ちゃいねぇ。


だけど俺は、ある一人の人物だけが、この時間このカフェに出勤してきているのを知っていた。


俺はいつも通りに裏口に回って預かっていた鍵を開け、カフェの中に入る。


厨房を抜けてホールの方へ行くと、すでにコーヒーのいい香りがふんわりと立ち込めていた。


俺は──ちょっと顔だけを出して、その人物の様子を見る。


白いカッターシャツに、青い蝶ネクタイ。


緑のエプロンをつけていつも通りにカウンターテーブルを拭く、白髪混じりの青髪のじーさん……。


このカフェの店長だ。


店長が俺に気づいて一瞬驚いた様に目を瞬いたが……すぐにそいつが穏やかな温かいもんに変わる。


「……リアさん。

こんなに朝早くにどうしましたか?」


聞いた口調も、柔らかい。


俺はなんだかそいつにちょっと申し訳ない気持ちになりながら、こっちもそっと微笑んだ。


「……ごめんなさい。

ちょっとお話いいですか?」


問いかける。


店長のじーさんはそいつに──たぶん、何かを感づいたんだろう、ほんの少し残念そうに小さな息をついて、それでも温かな声で「もちろん」と快く答えてくれた。


「どうぞ、掛けてください……と言いたいところですが、どうやらそれどころではない様ですね。

何かありましたか」


聞いてくるのに──俺は何故か不意に、喉の奥から言葉が出ちまいそうな……本当の事を話したい様な衝動に駆られた。


俺ん家の犬カバがノワール貴族に追われてるから、しばらく『リア』も身を隠すから、ウェイトレスの仕事を休業させて欲しくてここに来た……って。


本当はテキトーに 親戚のおばさんが重い病にかかっちまったから、ダルクと犬カバと一緒に看病しに行く事になった……とか何とか言い繕って、しばらくここを休ませてもらおうと思って来たんだが。


……何でかなぁ。


このコーヒーのいい香りに当てられたのか、それとも朝一番、じーさんのいつも通りの仕事ぶりを見てたからなのか……なんだか『本当の事』を話しちまいそうになってる自分がいた。


何でこんな気分になったのかも分からねぇまま、俺は軽く頭を振って息をついた。


そうして顔を上げて弱々しく微笑んで見せる。


「実は、私の叔母が重い病にかかってしまいまして。

ダルちゃんと犬カバちゃんを連れて、看病しに行く事になったんです。

まだここで働き始めて日が浅いのに、こんな話を切り出すのはとっても心苦しいんですけど……。

ウェイトレスのお仕事、しばらくお休みさせていただけないでしょうか」


言った言葉が嘘だらけだ。


叔母?


重病?


看病?


嘘をつくのは慣れてるし、いつもそんなに罪悪感なんか感じない方なんだが……。


今はどーも、胸がチクチク痛ぇ。


じーさんの眼差しは穏やかなままだが……視線が痛ぇんだよな……。


俺は、我知らずそーっと目線を横へ泳がせた。


たぶん──二人黙り込んでた時間は一分となかったハズだ。


じーさんが『そういう話だとは思っていた』と言わんばかりに息をつく。


そうして続けた。


「──分かりました。

火急の用となれば、仕方がありません。

オーナーにもそうお伝えしておきましょう」


そう、言ってくれる。


けどその『火急の用』ってぇ言い方が……どーも、俺の嘘を見破って、それでもなおかつそいつを認めてくれた様な……そんな感じだった。


それでも、俺がカフェの仕事を休む事を了承してくれたんだし、俺の方じゃあ問題は一つもねぇ。


じーさんの言葉に俺はただ「申し訳ありません」と詫びた。


じーさんがそいつにちょっとだけ微笑みを返す。


「またもし顔を出せる様でしたら、コーヒーでも飲みにいらして下さい。

まだカフェのチケットも残っているでしょう。

これは本人には内緒ですが……。

オーナーも、あなたの働きぶりを珍しく褒めていらっしゃいました。

あいつにしてはちゃんと真面目に働いている、頑張っていると」


にこにこしながら、じーさんが言ってくる。


それに俺は──思わず声を裏返して「~へ?」と一言返した。


あいつにしては(・・・・・・)


俺の頭に……ものすご〜く嫌な想像が浮かぶ。


「あ、あの〜……それって、まさか……」


俺の嫌な予感に応える様に、じーさんが苦笑して二度も頷いた。


「もちろん、お気づきですよ。

あなたがリッシュくんだという事は、最初からね」


「なっ……!

さっ、最初から……!?」


じゃあ俺がにこにこしながら女装して、あちこちにお愛想振りまいて、女言葉使ってんのを、ゴルドーの野郎、全部分かって見てたってぇのか……!?


それに、今の口振り……。


じーさんも、俺の正体を知ってる……!?


動揺しまくりの俺に、じーさんがどうにも笑いを堪え切れないとばかりに苦笑する。


「もちろん一目では分からなかった様ですが。

オーナー、いつもリッシュくんの事をすごい目で睨んでいたでしょう?

笑わない様にと、必死だった様ですよ」


言ってくるのに……。


俺は巨大大砲でも頭に食らった様によろめいて、近くのカウンターに手をついた。


ま……マジか……。


最悪だ。


シエナやヘイデンに女装がバレちまった時は、まぁしょうがねぇかって思えた。


だけどゴルドーに女装がバレんのだけは、絶対ぇ嫌だったのに……。


俺は思わず額に手をやってがっくり頭を垂れ、深く深く溜息一つつく。


じーさんがちょっと同情する様に苦笑して、話を続けた。


「……今回、どういう事情があったのかは分かりませんが……。

もしこの街を出て行ってしまうのなら、オーナーにだけは行く先をお話してはどうでしょうか。

リッシュくんが昔この街から姿を消してしまった時──あの方は本当に心配して、方々探し回ったんですよ。

仕事も休んで、従業員を駆り出してリッシュくんを探して、ギルドにも捜索願いを出したりして……。

あのオーナーが『自分のせいだ、ダルクに申し訳が立たない』とひどく自分を責めていました。

ウェイトレスの仕事を急に休む事については多少の文句は言われるかもしれませんが、今回は、挨拶だけでも」


言ってくる。


けど……。


あのゴルドーが、俺の事を『心配する』?


申し訳が立たねぇと『自分を責める』?


んなの、全っ然想像出来ねぇ。


大体あいつ、この俺を(いくら借金踏み倒したからって……)生死問わずの賞金首にしたような男だぜ?


本当に心配してたってんなら、もうちょっとそいつにふさわしい接し方ってもんがあんだろ。


だけど……まぁ……。


ゴルドーの野郎はともかく、じーさんにまで心配かけんのは、ちょっと良心が痛む。


心配だけはかけねぇ様にしとかなきゃな。


俺はカリカリと頭を掻いて息をつき、そいつに答えた。


「──いや、う〜ん……。

そいつには及ばねぇよ。

たぶん俺、『リッシュ』の姿で街をうろつく事にはなると思うから。

ただ、色々訳があって……冒険者ダルクと『リア』、それに犬カバは、『この街を出た』って事にしておきてぇんだ。

詳しい事は言えねぇけど……そういう事なんだ」


別にじーさんを信用してねぇ訳じゃねぇけど、犬カバやノワールの事、それにミーシャの事情を、敢えて聞かせる必要もねぇ。


じーさんには謎ばかりで不可解だろうが……。


それでも、じーさんはどうしてなんだと聞く事もなく「……そうですか」と頷いて納得してくれた。


俺はまた頭をカリカリ掻く。


そーして「ところで、」とほんのちょっと気にかかった事を、問いかける。


「……じーさんも俺の正体に気づいてたん……だよな?

まさかとは思うけど……。

俺の変装、イマイチ決まってねぇのかな……?

街じゃあ俺が男だって気づいてるやつが、他にもいるんじゃ……?」


若干の不安を胸に、聞いてみる。

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