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◆◆◆◆◆



俺はにっこり笑って階下のリビングに待つ三人の男どもの前に出た。


もちろん俺の姿は変わらず“かわいい”リアのまま。


変わったのは俺の脇を心底嫌そーな顔でトコトコ歩いてきた、犬カバだ。


ラビーンとクアンが きょとん と、ダルに至ってはびっくりした様な顔で、俺の足元に止まった犬カバを見る。


俺はにっこり笑顔でラビーンとクアンに犬カバを紹介した。


「うちのペットの、犬カバちゃんよ。

黒い毛並みが かわいいワンちゃんなの。

一人でお留守番なんて心配だから一緒に連れていってもいいかしら」


言うと、ラビーンとクアンがそれぞれに


「…かわいい、」


「…ワンちゃん」


と、気になるワードを打ち出してくる。


「まぁ、もちろん俺らは構わねぇが」


ラビーンが半ば戸惑いながらも承諾する。


その、横で。


「リッ……。

リア、それ……?」


リッシュって言いそうになるのをやっと飲み込んだみてぇにダルが言う。


俺はそいつに軽いウインク一つで返した。


ピンクの不細工な犬カバがやたらに目立つのは、そいつの毛並みがピンクだからだ。


だったら黒にしてやりゃあ街をうろついたって犬カバとは誰にも気づかれねぇはずだ。


“若奥様の部屋”にあった何かのクリームに黒のインクを混ぜて犬カバの毛並みに櫛で塗りつけただけだから、濡れれば取れるかもしれねぇが、今日は雨も降ってねぇし まぁ問題ねぇだろ。


ダルがそれでも納得いかなそーに俺を見てきたが、俺は気にしねぇ事にした。


「さあ、それじゃあ皆でカフェに行きましょうか」


◆◆◆◆◆



市街地にあるカフェは見てみりゃ中々にお洒落な外観だった。


赤い屋根に、小さな煙突。


レンガ造りの壁に、曇り一つない窓ガラス。


入り口扉も洒落た木彫りの飾り扉で、開けると リリンといい音のするベルまで上部についている。


扉を開けると小さな待合室みてぇな間があって、その奥にすぐまたお洒落な扉がついてる。


まぁ犬カバはこの待合室で待っててもらえばいいだろ。


軽く考えた俺と、犬カバも同じことを思ったらしい。


そこについたとたんにトコトコと1人で隅に行き、そのままそこで座って小さく丸まった。


ラビーンが2枚目の扉を開け、カフェの中へ入るのに、クアン、ダル、そしてこの俺が後に続いた。


「おい、店主を呼んでくれ。

例の依頼を請けてくれるギルドの冒険者を連れてきたって言ってな」


ラビーンが中のカウンターに肘をつきながら若い男の店員に言う。


店員はラビーンとクアンに一瞬ビビりつつも、その後ろに突っ立ってた俺に気づいて ほや~っとした目をこっちに向けた。


ま、そのあとすぐにラビーンとクアンの奴に睨まれて慌てて店の奥に引っ込んでったが。


そいつを一通り睨みやってからラビーンがフンッと一つ鼻を鳴らす。


ところで。


丁度こっちに背を向ける形でカウンター席の端に座ってた男が声を上げる。


「──自分の仕事も満足に出来ねぇ輩が他人の仕事の世話ってか。

結構なご身分だ」


その挑発的な物言いに、ラビーンとクアンがグラサン内部からギロッと横目に男を睨んだ。


俺は──その一部始終を見ながら、ただの一歩も動けずにいた。


この世にあんな趣味の悪いアロハシャツを着た中年男が他にいるとは思えねぇ。


カウンターについた手に じゃらりと はまるたくさんの宝石付きの指輪も然り、だ。


ダルがきょとんとした目を男に向ける中……ラビーンのバカが男に食ってかかる。


「あぁ?何だと、コラ。

部外者がごちゃごちゃ口出ししてんじゃねーぞ」


「そーだそーだ!

おっさんはすっこんでな!」


クアンが乗っかる様にカウンターにドンッと手をついて言う。


店がにわかにざわつき始めた。


俺はその様子を……どうしようもなく固まったまま見つめていた。


男がクアンとラビーンの言葉にハッと大きく鼻で笑う。


そうして余裕しゃくしゃく でラビーンとクアンの方へゆっくりと顔を向ける。


とたんに。


調子に乗りまくってたラビーンとクアンの顔からさぁ~っと血の気が引いた。

そう───この相変わらずの悪趣味なアロハシャツを着た中年男は、俺に懸賞金をかけて殺し、保険金をぶんどろーとしてる、ゴルドーその人だった。


「………ボ…、ボス……」


ラビーンが顔面蒼白のまま言う。


クアンに至っちゃ声も出ねぇ様子だ。


まぁ、俺も人の事は言えねぇ。


その場にバカみてぇに突っ立ったまま、ただの一歩も動けてねぇんだからな。


真っ青な俺の前で、ラビーンとクアンがあせあせとしだす。


が、当のゴルドーは落ち着いたもんだ。


ラビーンとクアンを見やり、言う。


「この頃どーも姿を見ねぇと思ったら、んな所で油売ってたとはな。

てめぇらいつから冒険者に仕事斡旋する事業を起こしたんだ」


ピシャリと怒りの声でゴルドーが言うのに、クアンが ひぃん と情けねぇ声を出した。


「でっ、でもボス、これはいつもボスが言ってる人助けの一部なんです~」


「人助けだぁ?」


「そっ、そーなんっスよ!

このダルくんとリアちゃん姉弟が心配でですねぇ……」


ラビーンのバカが、わざわざ俺とダルを引き出して言う。


引き出された俺は、ライオンの前に出された野ウサギみてぇに固まったまま目の前のゴルドーを見ていた。


ゴルドーが、睨むように俺と、隣のダルを見る。


俺は思わず ごくりと息を飲んだ。


ゴルドーが、それに気づいたのかどうか、俺の方をもう一度じっくり眺めやる。


そうして、


「──嬢ちゃん、どこかで会ったことあるか?」


疑わしそうに、聞いてくる。


俺は口が急速に乾いていくのを感じながら、一旦口を開けかけて、閉じた。


ゴルドーが答えを待つ。


俺は心臓が口からはみ出すんじゃねぇかと心配しながら再び口を開いた。


「───わ……」


私、と乾く声で言いかけた、所で。


「──覚え違いだろう。

私たちは最近この街に越してきたばかりだ。

あなたのような人とお会いしていれば、こちらの方で覚えているはずだ」


ダルが さらっとフォローしてくれる。


ゴルドーは軽く首を傾げながらも、「そうか」と一応の納得をして見せた。


そうして「それで?」と今度はラビーンとクアンの方へ顔を向けて問う。


「なんでてめぇらがこの二人の仕事の世話してる」


「え、ええとですね……話せば長~い話なんですが……」


「手短に話せ」


ゴルドーがイラついたように声に怒気を込めて言う。


口を開いたのは、やっぱりクアンの兄貴分(なんだろう、きっと)のラビーンだ。


「おっ、弟想いのこのか弱いリアちゃんが、危険なギルドの仕事をするというダルクくんをどーしても手伝うと言っていて、俺らはそんなリアちゃんとダルクくんが心配なので、どーにか少しでも安全な仕事が出来るようにサポートしてあげたかったんです!!

もちろんリッシュ・カルトもちゃんと探してます!

もちろん!」


一息に言うだけの事を言って、ラビーンが真っ直ぐにゴルドーを見る。


ラビーンの話をどこまで納得して聞いたのか──ゴルドーが眉を寄せながらラビーン、クアンとダル、そして俺を見る。


そうしてなんと言ってやろうか考えるように眉を潜めたまま額に人差し指をやってうつむくゴルドーの元に。


「あの~……」


恐る恐る声をかけてきたのは、さっきラビーンにビビらされて店長を呼びにいっていた、カフェの店員だ。


ああんっ?とラビーンがグラサンの下から強烈な睨みを効かす中、店員がおどおどしながら口を開く。


「てっ、店長を連れてきました」


それだけ言って さっと店員が脇にどくと、その後ろから1人のじいさんが現れた。


白のカッターシャツに、青の蝶ネクタイ。

このカフェ店員のユニフォームなんだろう、緑のエプロンの下には渋い色のきちんとした感じのチョッキを着ている。


白髪混じりの短い青髪は後ろに流し、きちんとまとめられていた。


風格的にも一目で店長と分かるじーさんだが。


にこにこと人馴染みのいい笑みでラビーンとクアン、それにゴルドーと俺とダルを見て目を細める。


「ああ、皆さん、丁度よくお揃いで。

オーナー、今回の依頼、ラビーンくん達が紹介してくれた彼らに任せてみようと思うのですが、いかがですかな?」


言いながら、じーさんがゴルドーの方を向く。


ゴルドーがああ、とひとつ頷いた。


「いいんじゃねえか?

店長の判断に任せる。

好きなようにやらせてみりゃあいい」


ゴルドーが当たり前の様に言う。


おいおい、ちょっと待てよ……。


オーナーって、まさか……。


嫌な予想と共に、俺はゴルドーとじーさんを見る。


そいつはクアンとラビーンも同じだったみてぇだ。


クアンの奴が「えっ、えっ?」とじーさんとゴルドーを交互に見る。


「ボッ……ボスが、このカフェのオーナー??

そんなの聞いたことないっスよ?」


クアンが言うのに、ゴルドーが悪い笑みを浮かべて見せる。


「だろうなぁ。

でなけりゃしょっちゅうここに入り浸ってコーヒー飲みながら仕事サボるなんてこたぁ出来ねぇはずだ」


半分は冗談っぽく、もう半分は怒りの声でゴルドーが二人を睨みながら言う。


睨まれた二人は、サァーッと青ざめるので精一杯だ。


ゴルドーはそいつに少しは溜飲を下げてから、今度は俺とダルの方へ、その悪人らしい面を見せた。


「さぁてそれじゃあ新入りの冒険者たちのお手並み拝見といこうか?」


にやっと笑って言うのに、俺は思わずごくりと息を飲む。


と、横からラビーンが口を挟む。


「じゃ、じゃあボス、俺らも責任感持って、ちゃあんと二人の仕事ぶり見守りますんで」


言いながらいそいそと俺らの方に来かけたラビーンとクアンに。


「あぁ?」


とドスの利いた声でゴルドーが睨みやる。


「ひっ、ひ……!ごめんなさい!ジョーダンですぅ!」


「そっ、そう!ジョーダンです!

リッ……リアちゃん、くれぐれも気をつけてなぁ。

何かあったらすぐ俺らの所に戻ってくるんだぞ」


と、こないだとほとんど同じ言葉で、ラビーンがぼしょぼしょっと俺に向けて言う。


ったく、こないだの今日で んなコト言われたら逆に縁起悪いっての。



大体ネズミ(?)撃退くらいで一体何を気を付ける事があるってんだよ。


俺が思わずあきれ半分に二人を見る。


と、二人がゴルドーにゲンコツ一つ食らわされて、頭を押さえてその場にしゃがみこんだ。


「ふぉぉぉぉ……」


「いってぇ………」


何とも言えない情けない声で撃沈していく二人に、ゴルドーが


「ぬぁ~にが『くれぐれも気をつけろ』だ!

この俺サマの経営するカフェに んな危ねぇ事があってたまるか!」


一喝する。


ほんと、そのとーりだぜ。


カフェに入ってた客たちが幾人か、ゴルドーの怒声にそそくさと会計して店を出たりするのを呆れて眺めやりながら、俺は特別大サービスでクアンとラビーンの前に屈み込んで、ゴルドーに聞こえねぇように、


「ありがとう。二人に心配かけないようにがんばってくるわね」


優しく礼を言ってウインク一つくれてやった。


まぁバカはバカでも、この『リア』のために仕事を取ってきて、こんだけ心配までしてくれてんだ、こんくらいの礼はしてやってもバチは当たらねぇだろう。


実際二人は天にも昇りそーな勢いで「リアちゃん……!」と感激の声なんか上げている。


俺はそいつを尻目に立ち上がりながら、こっそりとゴルドーの方を盗み見た。


向こうも、俺を見ていた。


眉間にシワ寄せて、今にも俺を射殺しそーな勢いで睨みやりながら。


俺はサッと視線を逸らし、そいつに気づかなかったフリをしながら立ち上がる。


と、ダルがじーさんに言う。


「早速 依頼の保存庫の様子を確認したいんだが」


言うとじーさんが ええ、ええ、と頷いてみせる。


「こちらです。

どうぞカウンター裏からお入りください」


言って、じーさんがカウンター端の板を跳ね上げ、俺とダルを案内する。


先に続いたのはダル。


俺はその後につきながら……もう一度、ゴルドーの奴をちらりと盗み見た。


……まだこっちを見てやがる。


それも、ギロリと光る黒い目で。


俺は……そいつに内心ひやりとしながら、何食わぬ顔でじーさんとダルの後についてカウンター奥の戸の向こうに行く。


ゴルドーの鋭い視線が、まだ背中に突き刺さっているような気がした──。


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