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おまけに飛べもしなさそうなこ〜んなちっちぇえ翼しか持ってねぇくせに、『飛翔獣』だなんて大層な名前までつけちまってさ。
やべ……。
考えてたらまた笑いが込み上げてきた。
俺は笑いを堪える為に目線を下に下げて、口元に片手をやって口を塞ぐ。
下を見ながらもプルプルと必死に笑いに堪える俺に、やっぱり呆れた様な視線を一つくれて──ミーシャはさらりとそのまま、
「──構わず続けてくれ」
店主へ向けて、言う。
「それで……もしこの犬カバが本当にその『飛翔獣』の子供なのだとして……何故ノワールに追われる身に?
仮にも聖獣ともなれば、国を挙げて敬われる存在なのでは?」
ミーシャが一ミリの笑いもなく、店主に問いかける……けど。
『もしこの犬カバが本当にその飛翔獣の子供なのだとして……』な〜んて言っちまってるっつー事は、ミーシャだって犬カバが『聖獣』なんて信じてねぇんじゃねぇか。
けど、店主はさほど気を悪くした様子もなく、ミーシャの言葉に「は、はい……」と一つ返事した。
「普通であれば、そうです。
ですがあの国は……ちょっと普通ではありませんから──」
店主が言うのに、ミーシャが……ほんのちょっとだけ目線を下へ下げる。
たぶん──元婚約者だったっていう『緋の王』の事を、それにその国の事を考えてるんだろう。
店主が続ける。
「……飛翔獣には、古来より二つの伝承がありました。
一つは、傾国の時に現れ、国を正しく導き救う霊獣だということ。
そしてもう一つが──その生き血を飲み干せば、不老不死になる……といわれるものです」
その、生き血を飲み干せば不老不死になる──。
店主の言葉に、なんだか背筋がぞっとする。
まぁ、国を正しく導き救う霊獣ってぇのは(とても犬カバがんな存在だとは思えねぇが……)犬カバにとって何の害もないにしろ、後者は違う。
もし万が一んなバカみてぇな話を信じる様なやつが現れたら……そしてもし『不老不死』なんつーモンに興味を持つ人間が現れたら、犬カバは捻り殺されちまう上に一滴残らず血を飲まれちまうんだから……。
後に残るのはこのピンクの毛皮だけじゃねぇか。
思わず嫌〜な顔で店主を見ていると、店主が話を続けた。
「その伝承は──特に後者は、元々は代々のノワール王にしか語り継がれていないお話だったそうです。
ですが、先先代の王が飛翔獣を内密に追い求めた事があったらしく……それでその伝承が、王の他にも漏れる事になったのですな。
そして私は偶然にも、その伝承を知る貴族の方と出会ったのです。
数年前……私は重い病の為に、余命幾ばくかという娘さんのおられる貴族の方のお宅に、仕事で呼ばれた事がありました。
動物好きの娘さんに、最後に珍しい動物を見せて触れさせてやりたいという事でしたので、私はいくらかの安全な動物を連れてお嬢さんにお見せして差し上げました。
お嬢さんは大層喜んで下さいましたが、旦那様のお顔の色は晴れなかった。
それでもお嬢さんも満足されたので、さあ帰ろうかという時に……旦那様が私を書斎にお呼びになりました。
人払いをされ、二人だけになった書斎で……旦那様はこう切り出したのです。
──飛翔獣と呼ばれる、聖獣を知っているか?……と」
店主の話に──俺は苦〜い顔のまま黙っていた。
この先の、話の筋道がなんとな〜くだが、見えちまったからだ。
店主が──俺の顔を見てだろう、こっちも苦笑してみせた。
「ご想像の通り……旦那様は飛翔獣の不老不死の伝承をご存知で、娘さんにその血を与えたいと考えられたんですな。
私は飛翔獣の事は『国の凶事に現れて、国を正しく導き救う霊獣』としてしか知りませんでしたから、何故旦那様が、今日この私にそんな話をなさるのか、全く分かりませんでした。
しかも、もし珍獣に鼻の利く私の元に飛翔獣の情報があった時にはすぐにも知らせて欲しい、そして万が一にも飛翔獣を見つけることがあったなら、必ず生け捕りにし、誰にも見られぬ様こっそりと……それも、一刻も早くここへ連れてくる様に、とまでおっしゃって。
もちろん聖獣の情報などこれまでに私の元に入ってきた事は一度もありませんでしたし、聖獣自体だって見た事もありません。
旦那様の目的も分からないですし、面倒な事になってもいけませんからお断りをしたんですが……泣きつかれてしまいましてな。
そこで初めて、『飛翔獣の血を飲み干せば不老不死になる』という伝承がある事を聞いたのです。
おそらく私を屋敷に呼んだ時は、本当に娘さんに珍獣を見せてやる為だけのつもりだったのでしょう。
ですがお嬢さんにせがまれて色々な珍しい生き物の話をしていた私に、もしかしたらという思いを抱かれた様でして。
冒険者でもない私の様な者にそんな依頼をした上に、不老不死に関する機密情報を教えてまで泣きつくとは……今にして思えば、よほどあの旦那様も追い詰まってしまっていたのでしょうなぁ。
私もその時は気の毒に思って、もしその様な機会がありましたらお力になりましょうと言って、それで帰ったのです」
当時の事を思い出してんだろう、しみじみとしながら、店主が言う。
まぁ、そん時の店主の判断は間違っちゃいなかっただろう。
もしそこで頑なに断ったとしても、そんな機密を知ったままその旦那様とやらが店主を生かして家に帰してくれるとも思えねぇ。
一方で、店主の側からすりゃあ……聖獣なんてモンはその辺にホイホイいる様なもんじゃねぇんだから、別にそいつを見つけられなくても、テキトーに『こーゆー情報がありましたよー』な〜んて嘘八百言ってりゃあ面目は保てるし、ヤバくなってきたらどっかに雲隠れしたって構わねぇ訳だしな。
つーかそもそも、その旦那様とやらの方が相当抜けてるぜ。
もし店主が万が一にも飛翔獣をどっかで見つけたとしてもだぜ?
大人しくそいつを持って来てくれる保証なんか、あったもんじゃねぇぞ。
見つけた店主が不老不死になる為にその場で血を飲み干しちまう可能性だってあるし、もしかしたら──もっと金を出してくれる他のお貴族様の所へ売っぱらっちまうかもしれねぇ。
大体元々はその話、代々のノワール王しか知らなかった様な国の機密事項だろ?
そいつを商人なんかに流した事がバレりゃあ下手すりゃ旦那が王に処刑されんじゃねぇか?
なのにそこまでの危険を犯してる割には飛翔獣を手に入れられる確率が低すぎる。
まさに百害あって一利なし。
その旦那も店主が言う様によっぽど追い詰められてたんだろうが……それにしてもかなりヘタな博打を打つ男だ。
と、ミーシャが「だが、」と口を開いた。
「──だが、飛翔獣を……犬カバを見つけて連れ帰っても、あなたは犬カバをそのお宅に持って行ったりはしなかったんだな」
ミーシャが言うのに、店主が困った様に苦笑して、頷く。
「その頃にはそこのお嬢さんはもう亡くなられておりましたからな。
それに──まだこんなに幼くかわいい飛翔獣の子供を、むざむざ殺させたくはありませんでしたから」
まるで犬カバを慈しむ様に優しい目で見つめて、言う。
犬カバがそれに「クヒー」とちょっと目を潤めるのを見つめながら……俺は「でも、」と質問する。
「それじゃあどうして犬カバちゃんはノワールに追われているなんておっしゃったんですか?
その貴族の方が、店主さんが犬カバちゃんを拾った事を後からお知りになったんでしょうか」
店主も、俺の質問に困った様な顔になった。
「問題は、そこなのです。
無論、そんな事情がありましたから、その子をノワールで見世物にした事はもちろん、人目に触れる様な場所に出した事もありませんでした。
ですがその旦那様は、どこからかその情報を手にしたらしく……。
おまけに私の事を恨みに恨んでしまわれまして……。
今のノワール王に……緋の王に進言されたらしいんですな。
緋の王はその子を渡せと使者を通して言ってきたんですが……私はこっそりと、以前から亡命の準備をしておりましたので、ここがその機会とその子と共にこのトルスに亡命してきた、と言う訳です」
言うのに……俺は腕の中の犬カバを見る。
犬カバは……んな自覚もなかったんだろう、右に左にと小首を傾げて店主の話を聞いている。
店主が続けた。