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「〜あのさ、俺この頃ミーシャっていう女の子と犬カバっていうヘンな犬と一緒にいるんだ。

飛行船飛ばす時は二人も一緒に乗せていいかなぁ?」


問いかけた先でも、ダルクは何にも言わない。


穏やかな笑みも変わらない。


いいぞ、とも言わないし、絶対ダメだとも言わない。


どうやらちゃんと俺の話は聞いてくれてるみたい、なんだが──。


ダルクの姿が見れてうれしいのに、笑いかけてくれてうれしいのに、ふいに無性に悲しくなる。


……ああ、本当に、ダルクはもうこの世にいねぇんだ。


そう、悟ったから──。


俺はそっと静かに目を開ける。


薄暗い室内に、カーテン越しにうっすらと月明かりが入り込んできてる。


いつもと同じ、ギルドの救護室の、俺の部屋だ。


俺は目の端に溜まっていた涙を腕で拭って、ふーっと一つ、長く息を吐く。


俺の隣では犬カバがずぴー、ずぴーといつも通りのヘンないびきをかいて眠りこけている。


俺は──犬カバを起こさないようそっとベッドを抜け出して、リビングへ続く戸を開けた。


ぱたん、と息をついて後ろ手に戸を閉め、頭を上げた。


ところで──


「リッシュ。

どうしたの?」


リビングのいつもの席に座っていたミーシャが、小さく声をかけてくる。


俺は思わず瞬きして、明かりさえつけずに席に掛けていたミーシャの姿を見つめる。


そうして──ほんのちょっとの間を稼ぐ為に、「あ、いや……」と頭を掻いた。


まさかダルクの夢を見て泣いちまって起きてきた、なんて恥ずかしくって言えやしねぇからな……。


俺は視線を無意識に横に逸らしながら、適当に答えてみせる。


「……ちょっと、目が覚めちまって。

水でも飲もうかと思ってさ……。

そういうミーシャはどうしたんだよ?

眠れねぇのか?」


俺の話題から話を変える為ってのもあって問いかけると……ミーシャがちょっとだけ困った様な笑みをみせる。


そいつが──それだけが、どうやら答えだったみてぇだ。


そういや前に、内乱の事を思い出して悪夢にうなされる事もあるのかもって思った事があったが……もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。


ふとそんな事を考える。


俺の、地下通路でのダルクの出来事みてぇに……ミーシャも内乱の日の事を夢に見たり、思い出して眠れねぇ……なんて事も、あるのかな。


今も、もしかしたら……。


思いながらも俺は、軽く頭を振ってシンクの横に置かれた洗われたコップに水を汲む。


ついでにミーシャに、


「ミーシャも飲むか?

……水だけど」


お茶とかまで用意するのは面倒でそう問いかけるとミーシャが微笑んで「ありがとう、いただくわ」と返してくる。


俺は二つのコップを持ったまま、片方はミーシャの前へ、片方は自分の座るいつもの席に──ミーシャの向かいだ──置きながら、腰を降ろした。


そのまま沈黙が訪れる。


俺は元々こういう沈黙の間ってのがどーにも苦手なんだが……今は何でかそんなに気まずい感じはしなかった。


ミーシャもおんなじ様に思ってんのかどうか……こっちも何も言わず、ただ静かに俺が置いたコップの水を飲む。


俺もそいつに倣って水を飲んだ。


と──口からコップを離してテーブルへ置き──ミーシャが ふいに、って感じで口を開く。


「──たまにね、」


言った言葉に、俺は静かに目線を上げてミーシャを見た。


ミーシャは自分が置いたコップを両手で包み込み、そいつを見ながら続きを口にする。


「──たまに、夢に見ることがあるの。

一年前の、内乱の日の事」


言った言葉に、俺は一つ瞬きをしてミーシャの端正な顔を見る。


「私はお部屋のクローゼットの中に隠れていて、外から、悲鳴や怒鳴り声が聞こえてくるの。

私と兄を、見つけ出して殺せ、って」


ミーシャがそっと嘆息した。


「ジュードが助けに来てくれて、手を掴まれたままお城の長い廊下をひたすら走らされて……。

倒れた兵士にも、廊下の向こうに見える炎にも目をくれず、床に流れる血の上を走って──。

そして、廊下の一角にあった、隠された地下通路の入り口まで送ってもらうの。

そこは小さな入口だったから、私しか通ることが出来なかった」


淡々と、ミーシャが言う。


ミーシャの……こんな話を聞くのは、初めてだった。


だってのに、俺はかける言葉を失くしちまっていた。


いつもは──どーでもいい時は口から八丁、ちょっと軽すぎるくらいに声が出るってのに。


そんな俺に気がついてんのかどうなのか、ミーシャがほんの少し微笑んだ。


そいつはどっか、少し困った様な微笑みで──俺は思わずミーシャの顔に見入っちまった。


「たまに──不思議に思うわ。

あの日……もしあの時ジュードが現れなくて、秘密の地下通路へ案内される事がなかったら。

その地下通路を一人で歩いた時、もしもダルクさんがあの場所にいなくて、お名前を借りることがなかったら──……。

どの場合も、私はきっと、こんな風に無事にここにいる事はなかったんじゃないかと思うの。

あの日、内乱の騒ぎから私を助けてくれたのはジュードだったけれど、その後の私を救ってくれて──ここへ導いてくれたのは、ダルクさんだった。

そんな気がして……。

目が覚めたとき、いつも『怖かった』って思うのだけど、その事を思い出すと、少しほっとするの。

……不思議よね。

ダルクさんとは、生きていらっしゃる時にお会いした事はなかったのに……いつも助けられている気がする」


少し困った様に、だけど穏やかに笑って、ミーシャが言う。


俺はそいつに思わず目線をちょっと左へやった。


ついさっき夢で見た、ダルクの姿を思い出したからだ。


俺の夢ん中にまで現れて、にこにこして。


何にもしゃべっちゃくんなかったけど……なんつーのかな……。


確かに“見守られてる”って、感じがした。


そいつはただの俺の妄想、なのかもしんねぇけど……。


俺はぽりぽりと頬を掻いて、ぽつりと呟く様に、


「あいつ、おせっかいだったからな……」


言う。


死んだ後まで俺や……実際生きてる時に会った訳でもねぇミーシャの助けになっちまってるなんて、ほんとあいつらしい。


なんだかちょっとしんみりしつつ普通に話がつきかけた──ところで。


俺は不意にミーシャの話に不可思議な所を見つけて、


「……って、ちょっと待った」


と声をかける。


俺の急な言葉にだろう、ミーシャがそいつに目をぱちぱちさせて俺を見る。


俺は思い切り眉を寄せてみせた。


「……今、『ジュードに秘密の地下通路に案内された』って言わなかったか?

ミーシャが『ここに通路の入り口があるからそこまで連れてって欲しい』って頼んだ訳じゃねぇのか?」


疑問に思って問いかけると、ミーシャが戸惑いがちに「え、ええ……」と返してくる。


「それって……ヘンだなって思うのは、俺だけか?

そーいうのってフツー王族とかの偉いやつだけが知ってるもんだと思ったんだけど。

んな、一般の騎士とかまで知ってる様な通路、危なくて使いモンにならなくねぇか?」


ジュードだけじゃねぇ。


よく考えてみりゃ……ダルクだってそうじゃねぇか。


ダルクはあの通路の存在を知っていた。


でなけりゃあ、あんな所に入り込めるはずも……あんな所で果てる事もなかったはずじゃねぇか。


ダルクに、ジュード。


二人とも確かに城勤めしてた事があったかもしんねぇが、城勤めをしてたからって知る事が出来る場所じゃねぇだろ。


つーかそもそも一般の鍛治職人や騎士が知ってる様な通路なんて、もう『秘密』通路でもなんでもねぇじゃねぇか。


思って問いかけると、ミーシャが──こっちも同じ事を思ってたみてぇに、ほんの少し眉を寄せ、頷いた。

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