今こそ、日本アニメを世界へ!
は~、とため息をつく。
藤崎は店内を見渡した。
行きつけのバーには彼とマスターだけだった。
客が多くないことが気にいっているが、
ここまで少ないと店の経営が心配でならない。
今までいろいろな問題、トラブルを解決してきた、
自称名探偵藤崎誠だが、
こんどの新型コロナ問題はどうすることもできないだろう。
扉が開く音に藤崎が振り向く、
背の高い男は藤崎に軽く手を上げた。
藤崎の官僚時代からの親友、現職の経産大臣の太田だった。
は~、とため息をついた後、太田はロックグラスを掲げ、
バーボンを含んだ。そして、言った。
「このご時世だから、乾杯はなしだ」
「ため息をつくなよ。
気が滅入る」
ほんのさっき自分でも無自覚にため息をついていたのだが。
「俺たちにため息をつく権利はない。
マスターは別だが」
藤崎はマスターと目を合わせた。
マスターはいつもの微笑みで返した。
「とっとと、オリンピックなんて延期にしたらいいだろう」
藤崎は太田に詰め寄った。
太田は眉間に皺を寄せた。
「政府はそんなこと言えないんだ」
と言葉を絞り出した。
「IOCってそんなに偉いのか~
日本政府が判断すべきだろう」
太田は黙る。
「IOCとしてもスポンサーに配慮してだろう。
製品を買うとオリンピックの入場券が当たるCMをバンバン流してるからなら~」
・・・
「日本で感染をコントロールできても、
オリンピックで選手や観客が数十万人入国してきたら、
今度こそパンデミックになるぞ」
・・・
ふー、と太田は息を吐いた。
「もう発表があるだろ・・・」
「遅いんだよ。
判断が。
もっと早い時期に判断すれば、
ダイヤモンドプリンセスはあんたことにならなかった」
「ダイヤモンドプリンセス?」
太田は怪訝な顔をした。
「そうだ。
政府は数千人を隔離する施設を持っていながら、放置した」
「隔離施設?」
太田は眉間のシワはさらに深くなった。
「オリンピック村だ。
とりあえずオリンピック村に隔離すればよかったんだ」
う~ん、と太田は唸った。
「だがな・・・」
と言いかけて言葉を継ぐんだ。
一度、感染者を受け入れてしまえば、
印象が悪くなり、オリンピック村入村を拒否する選手もでるだろう。
それにその後の分譲にも影響が出かねない。
だが、そんなことは口にはできない。
人の命の方が大事であるから。
は~、と太田はため息をついた。
「だから、ため息をつくなよ」
藤崎は言う。
「だったら、何か明るくなることをできないのか」
太田のため息は藤崎を挑発するためのウソだった。
藤崎は胸に手をあてた。
「イタリア人やスペイン人にプレゼントを贈ろう」
「プレゼント?
何をだ?
マスク?日本にもないぞ」
「もっと心が弾むモノだ。
藤崎はニヤリとする。
何か意図をかくしているような。
「心が弾む?
食べ物か」
「違う、アニメだ。
イタリアではキャプテン翼、
スペインではクレヨンしんちゃんが人気があるそうだ。
新作アニメを無料でプレゼントするんだ。
バクマンとか」
「外出禁止されているから、
それはいいな」
太田は一つ頷く。
「クールジャパンか。
これを契機にさらに新作アニメや漫画を世界に売り込む。
でも何でバクマン?。
確かに面白いが」
『バクマン』とは少年ジャンプに連載されていた、
二人の少年が連載漫画家を目指す漫画である。
「『ヒカルの碁』とか『食戟のソーマとか
『ダイヤのエース』とか。
『ホイッスル』とかやめた方がいい」
「『ホイッスル』ってサッカーアニメの名作だろう?
なんでだ」
太田は首をひねる。
「人気が出てさらにサッカーが強くなったら、日本が困るだろう。
野球とか、あと文化系のアニメがいい。
『鬼滅の刃』とかもいいな」
「いいな」
太田は笑顔で言った。
「日本のアニメで世界を少し笑顔にできたら」
太田は上着からスマホを取り出し、すぐに電話した。
<・・・今からそちらに行く。よろしく>
太田はスマホをしまう。
「行ってくる」
と言うなり、席をたつ。
「太田の検討に」
藤崎は太田の背にロックグラスをかかげた。