01 イジメっ子幼馴染お嬢様、勝ちを確信する
「ヨイスケはこれからわたしのドレイよ!」
幼稚園の砂場で俺に馬乗りになって抑え込んだ幼馴染が高笑いして宣言した時から、苦難の日々は始まった。
財前院美嶺は日本一の大金持ち財前院家の一人娘だ。
イギリスの女優を母に持つ美嶺は、綺麗な長い金髪と透き通った碧眼に白い肌をしていて、絵画の中から出てきたような幻想的な可愛らしさはすぐに近隣一帯に知れ渡った。入園してから不審者の出没回数が十倍になり、警察が30分おきに巡回するようになったほどだ。
そんな彼女が父親の方針で金持ち幼稚園ではなく普通の幼稚園に入ってきたのが俺の運の尽き。ちょっとした事で気に入られてしまい、最悪の悪夢を心に刻みつけられた。
美嶺は何でも俺に命令した。全てが理不尽の塊だった。
奴隷の意味は分かっていなかったはずだが、扱いは奴隷かそれより酷かった。
「ヨイスケ! わたしのためにどろだんごを作りなさい」
「それ先生にぶつけてやりなさい」
「ヨイスケ! つみ木ぜんぶもってきなさい」
「わたしがルールよ! ヨイスケはわたしの言うことをぜったい聞くの」
「木にのぼりなさい、いちばん高くまで」
「ねぇヨイスケ、ちょっとそこから落ちてみなさいよ」
小学校に上がってもそれは続いた。
トイレの個室に閉じ込められたり、教科書を破り捨てられたり、体操服を隠されたり。
俺が泣きながら出してやめて返して、と懇願すると、美嶺は楽しそうにケラケラ笑った。荷物を持たされ文房具は奪われ壊されて。
クラスメイトは美嶺を怖がって助けてくれなかった。みんな見て見ぬふりをした。
先生も助けてくれなかった。当時は分からなかったが、財前院家の権力を恐れていたのだと思う。
親も助けてくれなかった。男なら自分で解決しろ、と言うだけだった。
じいちゃんに古武術を習っていて、力は誰かを傷つけるためにけっして使ってはいけないと教え込まれていたから、反撃もできなかった。
幼稚園から小六までの長すぎる地獄は俺に美嶺の顔を見ただけで体が震えるほどのトラウマを植え付けた。骨を折られても子供同士の喧嘩で片付けられたのは心底おそろしかった。
目立たないように前髪を伸ばして伊達眼鏡をかけ、背中を丸めて教室の隅で小さくなったりトイレに隠れたりしていても、暴君・美嶺は必ず俺を嬉しそうに見つけ出し引きずり出して弄んだ。
俺にはさっぱり理解できなかったが、美嶺はめちゃくちゃな美少女に見えるらしく、数えきれないほど告白され、美嶺はその全てをニヤニヤしながら俺に手酷い暴言を無理やり言わせて断らせた。何度も得体の知れない気持ち悪い食べ物を食べさせられた。
とにかく悔しくて、惨めで、悲しくて、恐ろしくて……
俺が美嶺から解放されたのは中学に上がるのと同時だった。
父親の方針で海外に留学したのだ。美嶺が俺を持って行くと泣き叫んだのが人生最大の恐怖だったが、流石にそれは実現せず、美嶺は俺の前から姿を消した。
世界は、変わった。
俺がクラスメイトと許可なく喋るだけでぶち切れる悪魔はもういない。
学校に行くのが嬉しくなった。
明日が楽しみになった。
給食が美味しい。
こんな俺を好きだと言ってくれる恋人もできた。
こうして高校二年生になった今になって改めて思い返してみると、あの頃の地獄の日々もいい思い出に……なる訳ないなァ!
あの残虐高飛車金髪碧眼お嬢様には是非とも俺の目に付かないところで物凄く苦しんでくたばってからゴキブリに生まれ変わってもう一度死んで更に生まれ変わって善良な人間として清く正しく生きて欲しい。
「宵介くんどうしたの? 顔怖いよ」
「あー、なんでもない」
「……そう?」
心配そうに覗き込んでくる日和は大人しく引き下がったが、まだもやもやしているようだった。なんでもなくは無いが、なんでもないという事にしておいてくれ。イラつく話より楽しい話をしよう。
「日和さ、前髪切った? 邪魔かもって言ってたもんな。似合ってる似合ってる。可愛い」
「え、えへへ……えっと、昨日お母さんに……えへへ」
日和は長い黒髪の端を指先でくるくるしながら照れた。大人しい小動物がおずおずと様子をうかがっているようで胸が締め付けられるぐらい可愛い。
髪型が可愛いというより日和のやる事全部が可愛いんだよなあ。見るたびに可愛くなっていく気がする。
「あんまり可愛くなると可愛すぎて俺が死ぬからもっとやってくれ」
「え、死んじゃうのはヤだ……」
「冗談だ」
日和はホッとしたようだった。今の冗談つまんなかったか。すまんな。
朝のHRが始まる前の他愛も無い雑談を楽しんでいると、隣の席の神田が露骨に舌打ちして「イチャついてんじゃねーよ」と小さく呟いた。
いやイチャつくだろ。恋人がイチャつかなかったら地球からイチャつき消滅するぞ。
まだ二年生になった直後で席が出席番号順――――あいうえお順になっているから、衛月日和と大津宵介は必然的に前後で席が並ぶ。そりゃイチャつくさ。
日和が俺を意識したキッカケも一年の時の席順だったらしい。意識してるって言われると意識してなくても意識するようになるんだよな。今は付き合ってるんだから意識しない方がおかしいんだが。
日和は背の順で並ぶといつも一番前になる。俺と隣り合わせに立っていると(座っていても)学年トップの高低差になり、それだけで目立つ。
小学生とヒョロガリだ、デコボコカップルだ、とからかわれると日和は俯いてしまうが、からかう奴らの脳みそが小学生だ。
嫌いな女に一日中振り回されて嫌いだとすら言えない人生より、好きな女子と一日中一緒にいて思いっきり好きだと言える人生の方が良いに決まっている。
好きを隠す理由なんて無い。
精神が小学生から成長していない哀れな神田くんをイラつかせている内に本鈴が鳴った。日和が慌てて後ろ向きにしていた椅子をガタガタ戻して前を向いた途端に先生が教室に入ってくる。
立ち上がって号令をかけようとした日直に手招きして何事か耳打ちした。
日直は目を丸くして「転校生ですか!?」と驚く。
途端にざわめく教室。耳打ちの意味なし!
転校生!
四月中旬に!? どういうタイミングだよ。進学に合わせて来いよ!
言われて見てみると確かに教室の入り口の戸の曇りガラスの向こうに人影が見える。
このタイミングで転校してくるとはどんな奴だろう? 相当気まずいに違いない。優しくしてあげよう。
ため息を吐いた先生がわき上がる教室をたっぷり五分かけて静かにさせ、入っていいぞ、と教室の外に声をかける。
優雅な足取りで入ってきたそいつは女子だった。
金髪で、吊り目がちの碧眼だった。顔立ちはモデル顔負けに整っていて、艶やかな金髪は縦にロールしてある。
男子の目が釘付けになり、女子も息を飲む。
俺も転校生から目が離せなくなった。
全身の血の気が引く。
息が詰まる。
「ぅ……ぁ……!」
トラウマがフラッシュバックする。
ゲロが喉までせり上がったが、目の前の日和の背中を見てなんとか耐えた。
そうだ。
俺はもうあの頃の俺じゃない。
一人じゃない。
下僕じゃない。
鍛えたし、勉強したし、友達も恋人もできた。
日和の、俺を好きだと言ってくれる恋人の前で、惨めに膝を折るなんてできるワケがない。
酸素を求めて喘ぐ俺を、教壇に立った転校生はにんまり嗤って見下した。
間違いなく、他の誰でもない俺を見ていた。
「皆さんご機嫌よう。私は財前院美嶺。挨拶は短く済ませましょう――――私の言葉は法律だと思いなさい。以上よ」
こ、こんなクズには、ぜぜぜぜぜぜぜ絶対、く、屈しないぞ!!!
女騎士なら屈してた。
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