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怪決屋  作者: 冬 将秋
4/12

四 カキガミ

 「そうそう。私は力にはなれないがそういう悩みならうってつけの人がいる。ちょっと待っていてくれ」そういうと修道さんは居間から出て行った。五分くらいたっただろうか、修道さんが戻ってきた。手には一枚の名刺。

「群馬大学史学部教授 柳沢 春雄」と書いてある。「これは? 」

「この人は、前にこの寺の事や、この辺りの怪奇現象なんかを聞きに来た事があってな。その時にもらったものだ」話しながら手を伸ばし、コップを口につけゆっくりと麦茶を飲み干した。「なんでも幽霊や物の怪なんかの研究をしているらしい。その時に幽霊等が見える人がいれば紹介してほしいとも頼まれてな」

 渡りに船と思った。群馬には実家があり、しかもその大学までは電車でそんなに遠くなかったはずだ。ただ会いたいとは思えない。自分には幽霊が見えますなんて友達にだって言えないのだ。赤の他人を信用はできない。これは自分を守るためのルールである。周りと少しでも違えば、人はどこまでも冷酷になれる。世間でのいじめなんかを見れば大学生の自分にはもちろん、察しのいい子供でもわかる事だ。

 僕の考えを遮るように修道さんは続けた。

「実は今晩友人たちと飲み会を群馬でするのですよ。途中まで良ければ送りますよ」

「えっ、でも会ったばかりの人にそんなに甘えられませんよ」と僕。

「何を言っておる。君は私の長年の悶々を解決したのだよ。そのお礼だよ」

「そんな、僕は大したことは… 」

「ははは、いいから、いいから」強引に押し切られる形で僕は修道さんの後についていった。


 修道さんの車は白く、フロントはセダンタイプだがリアはワゴンの形をしていた。エンブレムは有名なドイツメーカー。高級車だ。住職って儲かるのだろうか。

「坊主丸儲けとはよく言ったものですな。こんな自分でもこんなにいい車にのれるのですから」

「はぁ… 」多分この人は確固たる自分もあり、自信もある。だから人の目なんか気にならないのだろう。羨ましくも思うが、それを自分で言うのもどうかと思う。

 駐車場から出発し、お寺の裏口から道路へ、ふと外を見ると昨日の大きな一つ目の後ろ姿が見えた。三メートル位はあるか。やはり大きい。

「大きいでしょう」

「ひゃいっ」不意を突かれて変な声を上げてしまった。運転席の方を向き「何がですか」

「入口にある木ですよ。ご神木ではないのですが私が小さい時からある木でしてね」

「はぁ」赤信号で止まると修道さんはこちらを向き微笑んだ。

「もしかして何か見えていましたか」

「はい」

「それは巨大な怪物では? 」まさか修道さんも見えていたのか。そう思いきる前に「あたりですな」青になり車は動いた「私が声を掛けた時の反応をみてもしや思い、カマをかけてみたら… 」この人洞察力がかなり高くないか。

「分かりやすかったですか」

「なに私はもう君が見える事を知っていますからね。本気で隠そうとするのならまだまだ修行が足りませんがね」たまたまタイミングが合っただけなのに。というか「修行が足りない」とか言う人が本当にいるとは。そう思いながらむっとし外を見る。

「隠す方が無難でしょうな」修道さんの声のトーンが少し下がった。「君の様に見えるという人はまずいない。他の大勢からすれば君は他なる者、理解はされず排除される」

そんな事は分かっている。だから見えるものには敏感になってきた。「しかしそれは他の人には出来ないことが出来る可能性を秘めている」

「僕は見えるだけで何もできませんよ」

「それでも良いのです。ただ見えるだけ、それに意味を持たせることが出来るかは行動次第です。でも貴方はもうできるはずです」説教はたくさんだ。そう思い

「そんな軽々しく、何を根拠に… 」

「あの手ですよ」声のトーンが少し上がった。「君は囚われの手を自由にし、私の過ちも正した。君にとっては大したことではないかもしれないし、あの若者が来た事も偶然かもしれない。しかし私にとっては大きな意味があった出来事です」赤信号で止まり修道さんはこちらを向き、手を膝に乗せ

「ありがとう」

そういい頭を下げた。

 突然のことに、頭が回らない。

 真っ直ぐで、決して定型句ではない言葉。思わず目頭が熱くなる。「私は君とは違いその他大勢の方です。君を理解できないかもしれません。ですが味方であることには間違いありません。袖振り合うも他生の縁、良縁ばかりではないかもしれません。しかし優しい人も必ずいるのです。どうかお忘れなく」

 なんだろうこの気持ち、説教されていたはずなのに今は胸が熱いような。

「少し説教が過ぎましたかな」微笑んで「いやはや年を取ると話が長くなっていけませんな」

「えっと、その… すみま… 」修道さんが首を振る。僕は気づき訂正する

「ありがとうございます」

「ほほほ、こちらこそ。しかし少し暑い様な、クーラーにしましょう」信号が青になり車は動き出した。クーラーの風が体に当たり涼しい。前を見ると高速道路への入り口を示す標識があった。

「混んでなければ二時間くらいですかね」料金所をくぐると燦燦と太陽光が差していた。まだ少し熱い、そんな気がする。


 高速道路を出て十五分ほど走り、十字路に面したコンビニへ立ち寄る。ここから修道さんは西へ、僕は北へ向かう。

「色々ありがとうございました」

「なに、こちらも若者とのドライブは楽しかったよ」

「これから僕は実家に戻ります」

「ここでお別れですな」修道さんはにっこりと微笑んで「連絡先を交換してもよろしいですかな」

「はい」お互いに携帯を出して操作する。交換し、これで本当にお別れ、少し寂しい。

「では、私は行きます。何かあれば気軽に連絡してくだされ」

「わかりました」

「ではでは、さようなら。ご達者でな」そう言うと修道さんは車に乗り込んだ。

 しばし無音、のちにエンジン音、車は道路へ。さようなら。僕は心の中でそう言った。

 自転車にまたがり携帯で地図を確認して

「よし。行くか」ここから県道にそって行けば実家がある町に着く。少し雲が出てきた。日差しが遮られ少し涼しくなった気がする。

 ペダルを回して北へ進みだした。


 昼下がり坂道を登り切って足を止めた。自転車からおりバックからお茶の入ったペットボトルを取り出して口に運ぶ。半分を飲み一息つき辺りを見回した。くねくねした道の先に山に囲まれた町が見える。帰って来たのだ。自分の故郷に。

周囲を山に囲まれた小さな町。駅こそあるものの他には何もない小さい町。その駅も秘境駅だが。こうやって上から見下ろすのは久しぶりだ。実家は町の北東の端にある。予定よりだいぶ早く帰って来たのだから実家に帰る前に少し町を見て回ろう。自転車にまたがり坂を下る。自転車でここを通ることは初めてかもしれない。


この町を離れてから一年半年位。なのに懐かしく感じる。信号待ちをしていると一瞬頭の上を何かが通り過ぎた。はっとして目で後を追う。「あの方向は… 」

通り過ぎた物が何なのか、僕はあいつを知っている。


田畑を抜け町の北のはずれ、道路の横には林、少し坂を上った先、その神社はあった。古びた鳥居、所々にひびの入った石の階段、登ればこげ茶色をした木製の殿。

「変わってないなあ」

 ここはあの神社だ。僕を見えるようにしたあいつがいる神社。

 懐かしさと嫌な想い出が混ざったなにかよくわからない気持ち。自分が好きだった場所。

入ってみたが何も変わった様子は無い。本殿の裏側で少し奥、境内の隅の方にあの祠があった。それに拝んでいる人が一人。少ししてその人がこちらを向く。目元が下がり優しい笑顔のおばあさんだ。

「貴方もここにお参りに来たの? 」

「まあそんなところです」

「珍しいわね、若いのに」おばあさんは立ち上がり「貴方みたいな人がいれば柿神様も安心ね」そう言うと頭を少し下げ歩き出した。こちらも軽く会釈した。すれ違いざまにおばあさんは「今日も暑いですね」

「そうですね」と僕は返した。こんな暑い日にわざわざ訪ねる人が自分以外にいるなんて思ってもみなかった。あんなに優しい雰囲気を醸し出す人に信じられているなんて。

そう思った一瞬気配を感じた。影が本殿の屋根から降りてきた。

そいつは修験者の様な格好に黄色い外套、手相占い師が被るような四角い帽子、天狗のお面を首に下げている。顔は橙色で皺皺、細目だがよく見ると白目が全くない瞳をしている。お面の下にちゃんと顔があった。姿は子供のころに見た時より大きくはない。これは自分の背が伸びたからだろう。

「久しぶりだな、お前よ」低いが聞き取りやすい、まるでミュージカルの男優のような澄んだ声。「背が伸びたな」 


 今日会うつもりは無かったが、いやここに来た時点で会う事は分かっていたはずだ。何故か足を運んでしまった。

「難しい顔をしているな。お前よ」

「見るつもりのないものを見たからね」

「あいさつだな」

あれからかなりの時間が経ったのだ。少しくらい聞きたい事もある。だが長居は無用だ。何かされる前に早く帰ろう。そう思い、回れ右をしてあいつに背を向け歩こうとする。

「なにか聞きたいことがあるのだろ、お前よ」

心を読まれたのか。カマをかけたのか。どちらにしろ向こうが話してくれるのなら聞いてみるのもいいかもしれない。僕はもう子供じゃない。怖くないカキガミなんて。

「久しぶりだね。おじさん」

「ああ大きくなったな」

「おじさんは背が縮んだね」少し調子に乗って煽ってみた。

「そうかもしれんな。そんな事より何か聞きたいからここへきたのだろ」

軽くあしらわれた。煽り耐性高いな。それともそもそも下に見られて僕が何を言おうが気にしないのか。

聞きたいことか。一つある。しかし何故か言い出せない。

「ん? どうしたのだ、お前よ」カキガミは歩いてこちらに向かってくる。僕は思い切って一歩前に出て

「一つ聞きたい。なぜ僕に色んなものが見えるようにした? 」

「意味があると思ったからだよ」

「意味ってどういう事だよ」

「それを教える事には意味はない」

「答えになってないよ」

「それを自分で探す事に意味がある」意味意味ってなんだよ。訳が分からない。眉間に皺寄せ腕を組んで悩んでいると

「助言を一つやろう。ここから東にある栄丘に人形供養の神社がある。そこに行ってみろ」

「そこに答えがあるのか? 」

「助言は一つだ。お前よ」そう言うと祠の後ろにある木の太い枝に乗り、こちらに背を向け横向き寝そべった。「少し寝る。意味を見つけられたらまた来い」

「まだ話は… 」カキガミは手を前後に振って帰るように促した。もう話す気はないようだ。こうなっては仕方ないこちらも帰るとしよう。「人形神社か… 」確かに隣町に人形を供養する神社があって、近くで遊んだこともある。

 とりあえずそのうち行ってみるか。しかし正直あの神社に行くのは怖い。多分見えてない普通の人でもかなりの恐怖心を抱くのではないだろうか。まだ夏休みは長い、気長に行こう。


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