十二 幽霊アパート
どんどんどん。隣の部屋から壁をたたく音がきこえる。
「うるさいなぁ」と人形の彼女がいう。「ねー 隣うるさいよー 」
「知ってるよ」と僕は脚部パーツにミサイルをつけながら答えた。
「昨日の夜も叩いてたよー どうにかなんないの? 」彼女はけっこう神経質らしい。
「僕も最初は気になったけど慣れたよ」
「今はいいかもしれないけど、こういう輩はほっておくとどんどんエスカレートするものよ。今からでも遅くないから注意しに行きなさっい」彼女はぐいぐい迫ってきた。
あれから彼女の本体である女の子人形はマンガを入れる木目調のカラーボックス上に他のプラモデルたちと一緒に堂々と鎮座している。
色々試したところ彼女は、本体を僕が持って移動するとそれに伴い移動が可能でひとつの場所と認識するとかなり遠くまで一人で行ける。
一度大学構内を一通り廻った後、本体を教室に置いたまま構内を自由に移動できた。浮きながら校舎の間を飛んだり、階段の手すりを滑り降りたり自由自在だ。右足は完全にロボットのそれだが案外お気に入りらしく、ブスートをふかしてアニメさながらの挙動を見せて「どんなもんだ」と胸を張った。
話し方も、足の動きを想像しやすいようにと見せたロボットアニメ影響でだいぶ現代のアニメヒロインみたいに砕けた感じになった。
もし出来るならいつか持ち主の子と合わせてあげたい。
「集合住宅では他の部屋の人に迷惑をかけない様にするのが当然でしょ! 」くりくりとした目がまっすぐ僕の方を見る。人形とはいえ、いや人形だからか可愛らしい造形と綺麗な顔がとても近くにある。
僕は急に恥ずかしくなり目をそむけた
「別に僕は気にしてないからいいだろ」
「私が気にするの! 」厄介な同居人形だ。でも彼女の言う事も一理ある。
「分かった注意するよ。でも直接じゃなくて管理会社を通して注意するよ」
「なんでそんなに回りくどい方法を使うの」彼女はわがまま系なヒロインの如く距離をまた一歩近づき、僕はたまらず下がろうとしたが後ろはもう玄関の扉だった。
「もしも変な人間だったらどうするだい。部屋の壁を叩く奴だよ、絶対まともな奴じゃない。直接言ったら何をされるかわからないだろ」
「むむむ、確かに… 」彼女が黙った。我ながらいい思いつきである。「そうね。もし君に何かあったら嫌だもの」
「心配してくれるのかい」
「そうよ。あんたは私の恩人で大切な人だもの」意外だった。自分がそんなふうに思われている事も、彼女のあまりにもまっすぐな言葉も。「そうと決まれば悪・即・TELよ! 」
スマホの方に彼女は向かって行った。
プルルプルル、ガチャ
「はい山田不動産です」
「どうも。パルハイツ204号室の… 」
「あー トモくんじゃない。どうしたの」
「どうも大家さん。前から思っていたのですけど、隣の203号室の人が何かあると壁を叩いていて、うるさいのですが… 」
「もう冗談やめてよー でも意外ね、トモくんがそんな事するなんて。夏だからかしら」
「へ、なんの事ですか」
「もう、とぼけちゃってぇ。だってそのアパートにはトモくんしか住んでないじゃない」
終わり




