盆の墓守
今年も暑いなぁ。去年も暑かったから、来年も暑いんだろうなぁ。ま、夏だもんね。大きくて分厚い雲がたくさん。夏ってカンジ!
◆◇◆◇
少年は硬めの黒髪に麦わら帽子をのせて、辺りを見回した。
墓、墓、墓。細い通路を挟んで、まだ墓が並んでいる。
四十度近い熱気によって発生した陽炎が、墓を揺らしている。柄杓で石に水を掛けてみたが、すぐに蒸発した。
「ほんと、お墓ばかり……これ、全部管理してるの?」
少年の友人は、手で顔に影を落としながら言った。眩しそうだが、帽子も被らず日向に突っ立っている。
少年は真夏の太陽に負けないような、明るい声で答えた。
「うん! お墓参りに来れない、おじいちゃんやおばあちゃんや、遠くに住んでる人の代わりにお墓の掃除をするのが、夏休みのおれの仕事なんだ!」
少年は言いながら、樒に札をくくりつけていく。少年曰く、薄い札には“お接待があるから、食べていってね”という意味合いの言葉が書かれているらしい。
「お盆には、無縁仏もたくさん帰ってくるんだ。普通、仏様って、自分の位牌に帰ってくるんだけどね。無縁仏って、帰る場所がないからさ。色んな人のお墓にお供えしてある水や食べ物を食べて、満腹になって貰うんだ」
無縁仏の事を別名、餓鬼仏って言ってね……。と説明を続ける少年に、友人は「学校の勉強は覚えないのに、家業の事は覚えてるの、すごいね」と笑った。
でも、おれバカだから、後継げないよねー。と、少年も笑い返す。
墓掃除が終わり、全ての墓に樒も行き届いた。
太陽はとうに落ち、空は濃藍色に染まっている。雲は多くも少なくもないが、月はその後ろに隠れ、水を多く含んだ絵の具を垂らしたように淡い光を広げている。
街灯の少ない暗がりの中で、明るい声が弾む。
「さぁ、ここからがスゴイんだよ! 毎年、“流星群ー!”ってカンジの大群がやってくるんだよ!」
少年が両手を広げたと同時に、空から光の粒が降ってきた。それは流星のように尾を引いて流れているが――、地上へ向かって降りてくる。
近付いてくるにつれ、その光の形が鮮明に見えてきた。
人の形をしている。
霊魂。少年やその友人には、はっきりと人の姿に見えている。微かに発光して見えるそれらが、上空から数多降ってくるのだ。
男、女、子ども、年寄り……少しだが、動物も混じっている。
「綺麗だね」
空を見上げて友人が言うと、少年は「でしょ?」と八重歯を覗かせた。
「帰りも綺麗なんだけど、おれはやっぱり、戻ってきた時の皆の表情が好きだな。嬉しそうで、キラキラしてる」
空に散っている無数の光に負けないほど、少年の表情は朗らかだ。
「餓鬼仏はね、いくら食べても飲んでも、満たされないんだって。でもね、人から受けた施しで、満腹になれるんだって言ってた」
今年もお腹いっぱいになってくれるといいなぁ、と笑う少年。
その笑顔は、屈託のない子どものようでありながら、仕事を無事に終えた職人のようでもあった。
盆の入り。死者が戻ってくる日。地獄の釜が空き、彼らは暫しの自由を手に入れる事が出来る。
殆どの生者にその姿は見えないが、彼らは数日間の帰省を満喫して……殆どの生者に知られぬまま、“あの世”へと帰っていくのだ。
数日後、数多の光の粒が天へと昇っていった。
遠退く流星群を眺めながら、少年は今年も手を振る。
「また来年! それまで元気でねー!」
死者に“元気で”も何もあったものではないが……。残念ながら、指摘する人物はその場に居なかった。
ご高覧、有り難うございます!
この話の内容は、お坊さんにしてもらった説法の受け売りが殆どだったりします(笑)
『世界の平和より自分の平和』の、界と翔のお話。
界の実家はお寺です。でも、おバカだし、上に兄が数人居るからお寺は継げないんだとか。
そんな彼の、夏休み中の仕事の話でした。
因みに、彼らが出会って最初の夏の設定だったりします。