009 スタジオ入り
「自宅かよ……」
って言うか、本名なのかよ。西之森。
下の名前が『濃霧』ってことはないだろうけども。
とりあえず、濃霧の家なら入っても問題はない。
「自宅なら自宅って教えてくれればよかったのに」
「最初っからそう言ったら、まひるちゃん来いひんかったやろ? 沙都ちゃん来れるかも分からんかったし」
確かに。
おそらく両親もいるにせよ、ネットで知り合ったばかりの女性の家に上がるってのは……1人では無理だ。
七重もいい顔はしないだろう。
とはいえ、あいつが帰ってきたら一応報告しないとな。
門をくぐると、芝生の中に石畳の道がいくつか伸びている。
正面には、メインの住居であろう大きな洋館。
濃霧はそちらには向かわず、左の奥の方へと歩みを進めていく。
そこかしこに植えられた庭木は、綺麗に刈り揃えられていた。
地面にはLEDライトが埋め込まれている。
もうすっかり暗くなったが、お蔭で転ぶ心配はなさそうだった。
「スタジオっていうのは、生放送に使ってるお部屋があるってことですか?」
「そゆこと。それとは別で、うちの部屋からも配信できるけどな」
「昨日の水下さんとの配信とか?」
「そうそう」
濃霧が足を止めたのは、敷地の隅にある建物の前だった。
外観は、シンプルで四角い――倉庫のような感じ。
視界に入る他の建物は高級感のある佇まいなので、ここだけ違和感があった。
それにしても、広い。
我が家だって立派な一戸建てだが、この敷地の中には4つぐらいは入ってしまいそうだ。
「ほい、着いた」
濃霧はポケットから取り出した鍵で開錠し、ドアを開ける。
見た目よりも重そうだ。
後ろから手を伸ばし、代わりに支える。
奥を覗くと、すぐそこにもう1枚のドアがあった。
「防音室か」
「かなり騒いで大丈夫やからね」
二重扉とは、ずいぶんと本格的だ。
そういうものがあると知ってはいたが、リアルでは初めて見る。
「ようこそ、うちのスタジオへ」
「お邪魔します」
「しま~す」
2つ目の扉を抜けると、そこにはなんとも羨ましい光景が広がっていた。
広さはカラオケのパーティールームぐらいか。
入口から見て右壁際の四角い長テーブルに、デスクトップのPCが4台横並びになっている。
ご丁寧なことに、それぞれがデュアルディスプレイだ。
その横の棚には、最新ゲーム機の本体が揃えられていた。
部屋の中央には丸テーブル。こちらは歓談用か。
グレーの厚手の絨毯が敷いてあるので、床に寝転んでくつろぐことも可能だろう。
「こりゃ……立派なスタジオだわ」
「せやろ。3Dモデル作ったらトラッキング機材も付けたいな」
「住めちゃいますねぇ」
見れば、沙都がクッションを枕にして転がっていた。
順応が早すぎる。
スカートに皺ができても知らんぞ。
「いつでも遊びにきてええよ。そんなに遠くないんやろ?」
「電車で30分かからないぐらいかな。近場にこんな神環境があるとは……」
ホテルに設置してあるような、小さな冷蔵庫まであった。
濃霧はその中からお茶を取り出し、俺達に投げてよこす。
本当にここで生活できてしまえそうだ。
エアコンも付いてるし。
「スタジオっていうか、配信もできるゲーム部屋みたいな感じやね。自宅って言うと色々面倒そうやから『スタジオ』って呼んどるってのもあるねぇ」
「あんまりリアル事情に触れられたくないもんな」
こんな環境を有しているのが広まると、やっかみや変なトラブルも生まれそうだ。
コラボ相手以外にいたずらに触れまわるべきではないだろう。
「あたしだったら自慢しちゃうかも。お金持ちだぞ~って」
「いうても、ここはうち個人のお金で作ったんやけどね」
「えっ?」
自分で稼いだお金で?
バイト代……では、難しいよな。
建物自体は前からあったとしても、防音室にするにも相当かかるはずだ。
吸音材とか自分で壁に張る場合は、比較的安く済むんだっけ?
いやでも、見れば窓も二重になっているし、さっき通った防音ドアだって高いだろう。
「なんか事業とかやってるんですか?」
「あぁ、女子大生社長的な」
「いや。仮想通貨マネー」
へぇ?
そういや、しばらく前に流行ってたな。
流出事件があったとかで全体的に一気に暴落したが、どれでもいいから買っておけば儲かるイージーモードな期間は確かにあったらしい。
それこそ、1枚1円もしなかった仮想通貨が数百円になっていたとか。
「数年前にお遊びでなんとな~く買ったのが、めっちゃ高くなってな」
「青いやつですか?」
「知っとるやん! あれが400円のタイミングで売れたの、うち天才かもしれん。そのあとすぐ100円切っとったからなぁ」
専門的な話は全く分からないが、羨ましいもんだ。
あと、沙都よ。
お前……実はこっそり大金を手にしていたりはしないか?
お兄ちゃんな、欲しいゲームとかあるんだけど。
壁にかけられた時計を見ると、19時15分。
焦るほどの時間ではないが、とりあえず準備を済ませないとな。
「これって全部ゲーミングPCなのか?」
「とりあえずFPS配信できるぐらいのCPUとグラボは積んどるよ」
「最強じゃん」
4台とも、モニターの上にはVtuberの配信に必須なカメラもついている。
最大4人までのアバターを表示してコラボ配信ができるわけだ。
多々良まひるのガワは、ネット経由で濃霧に送ってある。
「限定配信でチェックしよか。沙都ちゃん、音量バランス聞いてもらえる?」
「は~い」
左端のPCに俺。その隣に濃霧。
1つ飛ばして、右端に沙都。
配信ソフトの操作はホストの濃霧に任せた。
沙都はヘッドホンを装着し、俺達の声に集中する。
「おにぃの声ちょっと小さいかも……あとBGM大きいです」
「これでどう? まひるちゃんも喋って」
「あーあー。こんばんは、スーパーかわいい多々良まひるです」
「あっ、全部いい感じになりました。あとおにぃ、かわいいけどキツいね」
「ほっとけ」
本日初の女声。
真横で聞いた濃霧は滅茶苦茶ウケていた。
笑いながら俺の肩をバンバン叩いている。
アバターの動作確認や、表示位置の調整も済ませた。
これで、いつでもコラボ配信が始められる。
「デスうさの配信テストする時間はないなぁ。途中で8時になってまう」
優勝チームが決まるまで、30~40分ほどかかるゲームだ。
あと15分ほどで配信開始なので、上位に入賞してしまうと逆にまずい。
勝ち残る前提でいるのは、単に自分に自信があるからなのか……それとも、俺を戦力として期待してくれているのか。
俺も濃霧も配信外でしかプレイしていないので、まだ互いの実力を知らない。
「そうだ。あたし、放送中ってどこにいたらいいですかね。ここで静かにしてるのでも大丈夫ですけど」
忘れていた。
豪華なスタジオだが、控室のようなものはない。
「それも大変やろ。本館入ったとこがちょうどええと思うから、案内するな」
「ありがとうございます」
「ん~ん、こんなかわいい子が来てくれただけで嬉しいよ。行こっか」
濃霧は沙都の手をとり、出口へと向かっていく。
繋いだ手を前後にぶんぶんと振る姿が微笑ましい。
――やっぱり、絵面が小学生と大学生なんだよなぁ。
「まひるちゃんは待っててな。お菓子とかも持ってくるから」
「いやいや、おかまいなく」
きゃっきゃとはしゃぎながら部屋を出ていく2人。
ドアが閉まるとすぐに声が聴こえなくなった。
防音室の性能は確かなようだ。
勝手に部屋やパソコンの中をいじくるのも憚られたので、スマホを触りながら待つ。
tuitterに『スタジオ入りしました! コラボはこのあとすぐ20時から!!』という宣伝もしておいた。
「やっべ。緊張してきた」
本当に、もうすぐ始まるんだよな。
何人ぐらい来るんだろう。俺のソロ配信より少ないってことはないはず。
濃霧のソロより少なかったら凹みそうだが、あんまり多くてもビビる。
我ながら、欲深いんだか小心者なんだか。
5分もすると、濃霧が1人で帰ってきた。
両手に下げたビニール袋には菓子が詰まっているようだ。
場所の提供やら何から何まで、ずいぶんと世話になってしまっている。
コラボの誘い自体、こいつからしてくれたんだもんな。
「マジで色々ありがとうな」
「いや~……ほっぺにチューしようとしたら逃げられたわ。いけると思ったんやけど」
「人の妹に手ぇ出してんじゃねえよ!!」
感謝の気持ちが吹き飛んだわ。ついでに緊張も。
そもそも、お前には彼女がいるだろうが。
濃霧は悪びれる様子もなく、無い胸を張ってみせる。
「かわいい子は全員口説くのがうちの流儀や。みなもは『最後に私の横にいればいい』って言うてくれてるからな」
「どこぞの世紀末の拳王みたいだな」
水下みなも――まだ会ったことも話したこともないが、大物のようだ。
美少女の妹を持つ身からすると、首輪のリードはしっかり握っていてほしいが。
ビニール袋を丸テーブルに置き、濃霧はPCの前に座った。
一番左のPCの前に。
椅子に座った俺の膝の上に。
「あれ? うち座高ちょい高くなったかな?」
「――おい」
「ん?」
「『ん?』じゃないだろ」
ベタなギャグはやめろ。
百歩譲ってベタなこと自体はいいとしても、お前、女子大生だろ。
見た目は子供だけど。
「まだちょっと固くなってるみたいやったからな。ほんのジョークやって」
「俺だって男なんだから、あんまり軽率なことはだな……」
「ま、かえって固くなった部分もあるかもしれんね」
「なってねぇわ」
調子に乗るなよ、合法ロリが。
っていうか下ネタじゃねぇか。
濃霧はけたけた笑って俺の太腿から降りると、隣に座らず冷蔵庫に向かう。
「まひるちゃん、これな~んだ?」
ドアを大きく開けられた冷蔵庫。
その中には、思ったより多くの飲み物が入っており――見慣れた青い缶もあった。
「これ好きなんよね?」
「そうそう。よく知ってたな」
俺が配信中によく飲む、人気のエナジードリンクだった。
濃霧はそれを1本手に取ると、俺に向かって放ってくる。
「――っと」
落とさないように両手で受け止め、さきほど貰ったお茶の横に置く。
濃霧も紅茶のペットボトルを手にし、今度こそ俺の横に座った。
「あと5分やね。トイレとか平気?」
「大丈夫」
「そか。それじゃ、いい配信にしようなぁ」
「おう」
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活動報告もこまめにしていくつもりです。




