006 霧と水
Vtuber業界においてまだまだ駆け出し者の俺だが、専門用語もいくらか覚えた。
そのうちの1つが『外部コラボ』だ。
グループの垣根を超えたコラボがそう呼ばれる。
この場合のグループとは主に『所属企業』を指し示す。
なので、基本的には異なる企業所属のVtuberがコラボする際に使われる言葉だ。
俺は個人勢だし、明確に身内といえるVtuberは夜長だけ。
夜長も同様。
長月家の令嬢とメイドという関係性をベースに絡んできた。
それに対して、多々良まひると西之森濃霧の間には、正直なところ何もない。
気持ち的には外部コラボのような感じだった。
濃霧の人柄もあって通話ではそこまでは緊張しなかったが、リアルで会って、さらに配信しながらとなるとどんなテンションで話していいものか。
他にも『スタジオってどんな感じなんだろう』とか『途中で腹が痛くなったりしないかな』とか心配事は色々あるものの、まずはやるべきことをしっかりやるしかない。
コラボ告知の配信後には、相手が濃霧であることをツイートした。
誰もが毎回リアルタイムで見てくれるわけではない。
沙都もついてくることについても、濃霧にはtuitterのDMで伝えてある。
企業でなくとも『報・連・相』は重要。
これには『配信見てたよ~、妹ちゃんしっかりしてて偉い!』と返ってきた。
「そうなると、あとはまぁ……遅刻せずに行くぐらいか」
「本っ当に、私も行きたかったなぁ」
9月17日、午後21時50分。
俺は七重の部屋にいた。
2人仲良く、PC前に並んで座っている。
あと10分で濃霧とみなもの配信が始まるのだ。
9月後半ともなると、夜には涼しさを感じることも多くなってきた。
今日ぐらいの気温ならば扇風機で対処できる。
「生で濃霧の配信見るの、初めてなんだよな」
「もったいない! 顔も声もよくってトークもゲームも上手いのに」
「完璧超人か?」
驚くべきことに、濃霧はモデルも自分で描いているらしい。
どうなってるんだよ。
器用貧乏ならぬ、器用富豪といったところか。
もちろん努力はしたのだろうけども、才能というものを意識してしまう。
七重が濃霧のチャンネルを開くと、開始前からコメントが盛り上がっていた。
――霧が濃くなってきた
――きりみな待機
――久々のきりみな配信だな(週3ペース)
――明日のコラボも楽しみやね
――濃 霧 警 報
ちらほら流れている『霧が濃い』的なコメントは、濃霧の配信直前のファン同士の挨拶のようなものだ。
Vtuber達に独自の挨拶があるように、そのファン達にも共通の定型文のようなものがある。
『きりみな』というのは、濃霧の『霧』とみなもの『みな』を合わせたコンビ名。
その辺りについては予習済みだ。
……実は、濃霧のソロ以外はまだ全然見れていないけど。
22時になると、軽快な音楽とともに画面が動き出した。
「オープニングあるの、凄くね?」
「専門の人に作ってもらったらしいわよ」
へぇ。
そういうのにもけっこう金がかかるのではなかろうか。
ファンが自主的に作って送ってくれるケースも多いらしいけども。
20秒ほどのジングルとアニメーションが流れたのち、2人の姿が現れた。
西之森濃霧。
20歳の人間の女性。
その名の通りと言うべきか、霧のたちこめる深い森に住んでいる。
背は小学生と間違えられかねないほどに低い。
自称天才科学者であり、服装は丈の長い白衣。
白衣の下は、薄手の黒セーターとチェックのタイトスカートだ。
ショートボブの茶髪は、シルエットが限りなく真円に近い。
水下みなも。
1500歳の悪魔。
人間の声帯では発音できない本当の名前が別にあるらしい。
以前の俺なら既に突っ込んでいただろうが、今は違う。
悪魔だとか天使だとか、そういった人外設定のVtuberはかなり多いのだ。
定番とすら言っていい。
外見は長身の女性。
人間で言えば20代前半といったところか。
頭に生えた2本の立派な角以外は、人とほぼ変わりない。
濃霧の趣味で女子高の制服を着せられている。
ナチュラルに人類を見下している節があるが、濃霧には一目置いているとかいないとか。
長い黒髪はポニーテールにまとめられている。
そんな2人だ。
正確には、1人と1体。
悪魔は人間ではないから。
メタな目線で見れば、ハイテンションなちびっ子とクールな長身美女というのはコンビとしてちょうどいい。
『森の奥からごきげんよう。最強かわいいノームちゃんだよ!!』
『水下みなもです。人間ども、こんばんは』
声がいい。
そこまでRPの程度が強くない2人だが、声質が特徴的だ。
濃霧の声は、甘い。
それでいて自然でしつこくない、絶妙なラインだ。
対して、みなもの声は澄んだ鈴を思わせる。
雑踏の中でもよく通ることだろう。
2人とも、流石に声作ってるのかな。
自然に喋っててこんないい声出るか?
いやしかし、通話で喋ったときの濃霧の声もこのまんまだったし……あんまり詮索するのも下世話か。
西之森濃霧と水下みなもの声は滅茶苦茶良い。
それで充分だ。
『わりと急な配信で悪いんやけど、今日は重大発表があるんよ』
『ノームと多々良まひるさんのコラボね』
『アホ! うちが言うって言ったやん!!』
『もう告知されてるじゃない』
『気分の問題やって! はい、いったんみんなの記憶消しま~す』
濃霧がそう言うと、ピカッと画面が一瞬白く光る。
これは彼女の定番の配信芸であり、この光を見ると直前の記憶が消える――ということになっている。
誰もが知るレベルの有名な洋画が元ネタとのこと。
俺は知らなかったけど。
『みんな記憶消えた?』
――消えた
――完全に消えたわ
――親の顔より見たフラッシュ
――コラボのこと完全に忘れた
こういう茶番、くだらないけど楽しいんだよな。
配信者とリスナーとの間に一体感が生まれるっていうか……。
ライブのコールアンドレスポンスに近いかも。
『えっと、実はみんなに発表があってな』
『明日、ノームと多々良まひるさんがコラボするのよね』
『ね~え!? なんでそういうことすんの!!』
『いやがらせ』
――草
――もっかい記憶消すか?
――やめたげてよぉ!
「完成されてんな」
「でしょ」
Vtuberのコラボ配信はそこそこ見ているが、ここまで掛け合いが心地良いものはそうそうなかった。
それぞれのキャラが立っていることもあり、まるで即興劇を見ているかのようなワクワク感もある。
生放送の強みが存分に活かされていると言えよう。
2人はじゃれあいつつ、まだ知名度がそこまでではない俺と夜長の紹介もしてくれた。
これは、時間を作って2人のコラボ配信アーカイブを見る必要があるな。
関係性オタクとしては、ここまで親密になるまでの経緯も追っておきたい。
――と、それはひとまず置いておいて。
『今日の配信、この発表以外やることないんよね……あ、お茶とって』
『自分でとれば?』
『やだやだやだとってとってとって!!』
1つ、気になることがあった。
「これ、オフコラボだよな」
「そうよ。きりみなは半分ぐらいはオフだし」
「わざわざ毎回スタジオ借りてるのか?」
コメント欄によると、多いときは週3ペースでコラボしているらしい。
2人の移動の手間やらスタジオ料金やら、かなり大変じゃないのか。
「2人っきりのときはだいたいノームちゃんの家よ。お泊りもよくしてるわね」
「すっげぇな」
濃霧とみなもの出会いはVtuberになってからと聞いた。
2人とも活動期間はまだ半年ほど。
知り合って半年も経っていないというのに、まるで家族だ。
実際に幼馴染である俺達よりも、よほど距離が近い。
「まぁ、付き合ってるんだし。泊まるぐらい普通じゃない?」
「――そうだな」
「あっ……違うわよ!? そういう意味で言ったんじゃないから!! 女の子同士だし!!」
「分かってるって」
わざわざ言うなよ。
こっちも恥ずかしくなってくるだろ。
俺達は、俺達のペースでいい。
『そんな意地悪ばっかりしててさぁ……うちとまひるちゃんがめっちゃ仲良くなっちゃったらどうする? ん? 嫉妬しちゃう?』
『その場合は、潰す。多々良まひるを』
『まひるちゃんを!?』
俺なの!?
『多々良まひるの睾丸を』
『睾丸を!?』
俺の睾丸を!?
――まひるちゃんが本当にまひるちゃんになっちまうよ
――去勢不可避
――まひる、逃げろ
――タマヒュン
水下みなも。
こいつもやばいやつだった。
綺麗な声で、さらっとセンシティブな単語を発しやがって。
『冗談は置いといて。まひるさん、ノームをよろしくお願いします』
『通話したらいい人そうやったよ。みんな、まひるちゃんのチャンネル登録もよろしくな~。あ、もちろん夜長ちゃんのも』
宣伝、ありがたや。
視聴者が2000人を超えているので、明日の本番までにも俺達の登録者がけっこう増えるかもしれない。
開始から15分ほどすると、2人は配信を終演へと向かわせていく。
昨夜の俺と同じく、突発的なコラボ宣伝配信だしな。
『話すことは話したし、終わりにしましょうか』
『もっかい言っとくけど、明日の20時やからね。忘れたらあかんよ』
『それでは人間ども、ごきげんよう』
『また来てな~』
濃霧の声がフェードアウトしていき、画面がアニメーションに切り替わる。
エンディングまであるのかよ。
「……大したもんだ」
「ね。ソロも好きだけど、2人だと両方パワーアップしてる感じ」
分かる。
コラボとは、単純な1+1ではない。
相性が良ければ1と1が10にも100にもなる。
裏を返せば、下手をすれば0.5にもなりかねないということだが。
「こりゃ気合い入れないとやばいな。寝る前にデスうさの練習でもするわ」
ビビっていないと言えば嘘になるが、モチベーションは高まっていた。
七重は明日からゼミ合宿。
出発は朝なので、あまり長居するべきではないだろう。
俺は自室に戻るべく、椅子から立ち上が――ろうとして、中腰のところで止まった。
自分の意思ではない。
見れば、七重にTシャツの裾を掴まれていた。
「ん?」
「あのね」
「おう」
「もう少し、いてもよくない?」
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活動報告もこまめにしていくつもりです。




