表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/51

003 日取り

 デート翌日、9月16日の午前。

 俺はベッドに転がったまま、tuitterをチェックしていた。

 ふくらはぎが痛い。

 

 筋肉痛は、予想できても回避は不可能だった。

 健脚(けんきゃく)七重(ななえ)のペースに合わせて歩いていたのだから当然だ。

 いやぁ、久々によく歩いた……。

 スマホの万歩計機能を確認すると、その名の通りの1万歩を超えていた。

 普段の俺の何日分だよ。


「もうコラボまでは出かけなくていいか」


 仰向けになって足をぶらぶらさせながら、就寝中についたコメントに返事していく。

 秋葉で買ったグッズの写真に対してのリプライが一番多かった。

 七重も同様に写真をアップしているので、一緒に出掛けていたことを察する人間もいそうだ。

 これ、ひょっとして『匂わせツイート』っぽさあるか?

 別に悪いことはしていないし、何もやましくないのだが……なんかなぁ。

 Vtuber(ぶいちゅーばー)って、二次元キャラ的な存在でありつつ配信外では『魂』が日常を送っているわけで、だいぶややこしい。


「本当は全部に返事したいんだけどな」


 調子をこいていると思われたくはないのだが、全てのリプライに反応するのは難しい。

 単純な物量的な問題だけではない。

 たとえば『起きました』というツイートに『おはよう!』といったリプライがいくらかつく。

 それぞれに違った返答を思いつくだろうか。

 俺の語彙(ごい)力では無理だ。


 1人目や2人目ぐらいまでは『おはようございます! いい天気ですね』『まだまだ暑くなりそうですね』とでも返せるにしても、5人目あたりで指が完全に止まりそうだ。

 かといって全員に『おはようございます』とだけ送るのも、機械的な感じがしないでもない。

 一部の相手にだけ丁寧に対応すると、それはそれで短文で済ませた相手に悪いような気がしてくるし……ままならないものだ。


 なので、せめてもとファンアートには全てコメントを付けていた。

 ――ファンアート。

 描かれているのだ。

 俺の。『私』のファンアートが。


 多々良(たたら)まひるのイラストをtuitterに投稿する際には『#多々良画廊』のハッシュタグを付けてもらっているので、検索をかければ容易に発見できる。

 驚くことに、日に何枚もの新しい絵がアップされていた。

 なんだか不思議な感覚だが、滅茶苦茶嬉しい。


「全部ローカル保存したろ」


 ちなみに、長月夜長(ながつきよなが)のファンアートタグは『#長月美術館』。

 こちらも最近ずいぶんと描かれているようだった。

 夜長とまひる、両方のタグが添えられた――2人がセットで描かれた絵も多い。

 

 とまぁ、知名度が上がってきたなりに環境の変化もある。

 これから通話する相手、西之森濃霧(にしのもりのうむ)

 彼女ぐらいになると、ファンへの対応も慣れたものなのか?

 それとも、俺のように頭を悩ませているのか。


 コラボを受けたいと昨夜にメールすると、深夜のうちに『やった~!!! 日程とか決めよっか。昼前ぐらいに通話いける????』という返信が届いていた。

 で、朝から短いメッセージのやりとりをして、このあと10時半から話そうということになっていた。

 現在の時刻は10時20分。

 通話はパソコンからかけるので、俺はベッドから起き上がって椅子に腰を下ろした。

 酷使された足がじんじんと痺れている。


「まだ早いかね」


 メールに添付されていたIDから、通話ツールのフレンド登録は済ませてある。

 テキストチャット機能で『おはようございます。10時半からよろしくお願いします』と送ると、すぐに『おはよ!! もういつでもかけていいよ!!!』と返ってきた。

 なんか緊張するな。

 ネットで僅かにやりとりをしただけの、本名も顔も知らない女性と1対1で話す。

 どういう展開だよ。

 キョドって気持ち悪がられたりしないか……?


 いざ意識すると躊躇してしまうが、パソコンの前で待機している相手を待たせるのはよろしくない。

 腹をくくって音声通話をかけた。


「もしもし」

『もしもし! 聞こえる!?』


 聞こえるどころか、爆音だった。

 七重と話したときから設定を変えていないので、濃霧の声が大きいのだろう。

 こんなの聞き続けたら耳がぶっ壊れるわ。

 俺はヘッドホンを外し、音量を小さくする。


「よく聞こえてます。えーっと、はじめまして。多々良まひるです」

『あっはっは! 素の方の声やん!! まひる『くん』!!』


 まだちょっとでかいな。

 更にボリュームを下げてからヘッドホンをつけ直す。

 濃霧の声は、放送で聞くのと変わらなかった。


「あー……Vtuberとして人と話すの、初めてなもんで。声、ちゃんとやった方がいいですかね?」

『んーん、ええよええよ。配信中と裏でキャラ同じ人ばっかやないし』

「濃霧さんは変わらないんですね」

『うちは素やからねぇ』


 声も喋り方も、配信しているときと同じだ。

 ふわふわとした甘い声と、ハイテンションな関西弁。

 これがデフォルトとは驚きだ。

 リアルでもさぞかし目立っていることだろう。


「そういえば、メールだと関西弁じゃないのは……」

『生まれは向こうなんやけど、中学のときに関東に来たんよ。喋るのもちょっと標準語混ざっとるし、中途半端な感じになっとんねん』


 なるほど。

 関東の人間も向こうに行くと関西弁がうつるらしいし、やっぱり環境の影響を受けるものなんだな。


『それより、敬語いらんよ? うちとまひるちゃんの仲やん』

「いや、ネットでも先週が初絡みじゃないですか」

『ええんやって! コラボするにも、打ち解けないとあかんやろ?』


 ふむ。

 そう言われると、確かにそうかもしれない。

 喋ってみた感じ、なんとなく同世代以下っぽいし……問題は無いか。


「分かった。けど、やっぱナシって思ったらいつでも言ってくれ」

『おっけ。日程とか決めよか』


 打合せはスムーズに進んだ。

 これはおそらく、濃霧がコラボ慣れしていることが大きい。

 まずはスタジオの住所を送ってもらい、俺が無理なく行ける距離の場所であることを確認。

 想定よりよりだいぶ近かった。


 続けてお互いの通常配信の予定などを考慮しつつ、コラボ日を決定。

 告知タイミングも決めた。

 雑談混じりだったにもかかわらず、15分もかかっていない。


『夜長ちゃん来れんのは残念やねぇ』

「ゼミの合宿で……あっ、俺達大学生なんだけども。その合宿で今週いっぱい忙しいんだってさ」

『うちも大学生。平日のこの時間にのんびり話せてる時点で、だいたい分かっとったけどな』


 それもそうか。

 俺達も濃霧も、週に2回3回と精力的に配信を行っている。

 大学生かフリーターというのが一番自然だ。


「そうだ、水下(みなもと)さんは?」

『みなもも無理。また今度、4人でやれたらええなぁ――あっ』

「ん?」

『ってことは、2人っきり……やね』

「それっぽい空気を出すな」

『まひるちゃん、ツッコミのリズムええなぁ。そういうの大事やって』


 そんな部分を褒められたのは初めてだった。

 悪い気はしない。

 配信でコメントを拾っているうちに鍛えられていたのかもしれない。


「実際のとこ、男とサシでオフコラボって大丈夫なのか?」

『まひるちゃん、うちに手ぇ出すの?』

「アホか。そっちのファンが嫌がったりしないかなって」


 そのハイパーかわいい声で滅多な発言をするんじゃない。

 油断したらときめいちまうだろうが。

 俺には大事な彼女がいるんだぞ。

 ちらっとベランダの方を見る。七重ももう起きているだろうか。


『ないないない。うち、みなもと付き合ってるし』

「……へぇ」

『Vtuberとしての設定と違うよ? 配信でもけっこう前に発表しててな、みんな祝ってくれたなぁ』


 マジか。

 ――水下さん、女性だよな?

 声からして普通なら間違いないのだが、俺のような例もある。


『あっ、みなもは女の子やからね。まひるちゃんじゃあるまいし』


 こちらから確認するのも憚られたので、補足してくれて助かる。

 濃霧達の配信アーカイブはまだそんなに見れていないので、知らなかった。

 わりと驚いたが、過剰に反応するのは失礼だろう。


「だったら、まぁ平気か」

『あの子は嫉妬するかもしれんけどね』

「そこはちゃんと話しといてくれよ」

『夜長ちゃんは?』

「えっ」


 どういう意味だ?

 返答に詰まり、やや間が空いてしまう。


『夜長ちゃん、気にするんやないの』

「気にする……ってのは?」

『付き合っとるんやろ?』


 言うべきか?

 流してもいいとは思うが、濃霧達のことも聞いてしまった。

 こちらも話しておくのがフェアかもしれない。


「付き合ってる。今月からだけど」


 うわぁ。

 他人に打ち明けるの、凄ぇ恥ずかしい。

 ビデオ通話じゃなくてよかった。


『ええやん』

「コラボのことは昨日話してきたよ。撮れ高稼いでこいってさ」

『いい彼女やなぁ。大事にせなあかんよ』


 言われずとも。

 それから気恥ずかしい互いの彼女トークで盛り上がってしまった。

 今まで沙都(さと)以外の誰とも七重の話はできなかったから、何気に楽しかった。

 まさか、俺が女性と恋バナをする日がくるとはね。


「今日はこれぐらいにしておくか。話題を使っちゃうともったいないし」

『せやね。おつ~……っと! 待った』


 通話終了ボタンを押す直前、濃霧に引き留められた。


「どうした?」

『うちとタイマンなのが気になるんやったら――あの配信中に乱入してきた妹ちゃん、連れてきてもええよ』

「はぁ?」

『配信中はあかんにしても、それまで一緒にいれば夜長ちゃんも安心やろ?』


 妹同伴(どうはん)で、美少女Vtuberとして女性とのコラボ配信に(おもむ)く。

 どうポジティブに想像しても地獄だった。


「冗談きついって。それだけはない」

『ままま、誘うだけ誘っといてや。妹ちゃんも面白そうやからいっぺん会ってみたいんよね』

「あいよ。言うだけな」


 沙都は、Vtuberどころかオタク文化に全くと言っていいほど縁がない。

 多少の小遣いをちらつかせたところで来るはずがなかった。


「じゃあ今度こそ、お疲れさま」

『おつ~』


 通話を終えた。

 時刻を確認すると、11時半。

 本題はすぐに済んだというのに、だいぶ話し込んでしまった。

 昼食のあと、早速デスうさぎバトルの練習でもするか。


 コラボは明後日、18日の20時から。

 のんびりしている時間はない。

もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。


活動報告もこまめにしていくつもりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ