003 お願い
002と同時に投稿していますので、未読の方はそちらからお読みください。
そして、今現在に至る。
「佑人」
「……はい」
「あんまり大きな声は出さないでね。うちの親、もう寝てるから」
「了解」
部屋に通された俺は、床に置かれた座布団に座らされていた。
正座だ。
心証を害したくなかったのもあるが、七重の放つプレッシャーが俺に自然とそうさせた。
許すとは言われたものの、なら安心だとあぐらをかける状況ではないだろう。
俺の部屋と違ってクーラーが効いていて快適なのだが、変な汗が出っぱなしだ。
話ってなんだろう。
俺の得になる話ではないよな。
「聞かれちゃったかぁ……」
七重は座らず、俺の目の前に立って腕を組んでいる。
――おや?
このタイミングで考えるべきことではない。
決してこのタイミングで考えるべきことではないが。
七重さん……なかなかデカくないですか?
身長のことではない。
165cmしかない俺よりほんの少し低いぐらいか。
女性の平均よりは高いが、デカいとまでは言えない。
胸だ。
腕組みで強調された胸部が。乳が。
俺との交流が途絶えていた数年間の成長を物語っていた。
全体的に細身なだけに、余計に目立つ。
「ちょっと」
「はい!?」
「そんなにジロジロ見ないでよ。手作りなんだから、この服」
服? あぁ、服ね。
そうだよ、俺は服を見ていたよ。
っていうか自分で作ったんだ。
ロリータ服ってパーツ多いし、普通に凄いじゃん。
売っているものと遜色無い。
「あー……お前がそんなの着てるの、見たことなかったからさ」
なるべく自然に視線を逸らし、周りを見渡す。
微かに記憶に残っていた七重の部屋と、そう極端には変わっていない。
子供の頃と同じ学習机。
その上の置き時計も同じだった気がする。
箪笥やベッドの上にはぬいぐるみ。
これは明らかに数が増えている。
意外と女の子らしいものが好きなんだよな……。
本棚のラインナップはだいぶ変わったように見える。
ただし、漫画ばかりなのは相変わらずのようだ。
昔は少女漫画オンリーだったはずだが、今ではノンジャンルのごった煮といった様相を呈している。
だいたいそんなところだろうか。
物は多くとも、しっかりと整理整頓されている。
本人は散らかっていると言っていたが、謙遜だったようだ。
「部屋もあんまり見ないで欲しいんだけど」
「悪い」
いかん、つい。
だって10年ぶりの幼馴染の女子の部屋だよ?
そりゃ見ちゃうでしょ。
そして、この空間で一番気になるのは――
「結構いい環境作ってるのな」
机の上のPC周りだ。
本体のスペックは見ただけでは分からないが、まずはモニターが2枚。
これだけでも、一般的な女子大生とは一線を画しているのでは?
女子大生の知り合いが他にほとんどいないので、俺の偏見かもしれないが。
モニターの上部にはwebカメラが取り付けられている。
ゲーミングチェアに、サイドボタン付きのゲーミングマウス。
これも七重が持っているのには違和感がある。
キーボードも、データ入力なんかに使う高いやつだ。
俺、これ欲しいんだよな。羨ましい。
そして、スタンドマイク。
友達と通話するぐらいなら、ヘッドセット付属のマイクで十分だろう。
「これぐらい普通でしょ。ゲーム配信とかやるなら」
ゲーム配信。
そんな単語が七重の口から発せられると妙な感じがする。
「ゲームやる方だったっけ?」
「ううん。配信もゲームも、今年の5月に始めたばっかり」
令和デビューで、活動開始から3ヵ月ぐらいか。
確かに、どの機器も最近揃えられたもののようだ。
まだ新品と言っていい清潔さがある。
「ビギナーでこれだけ環境整えて顔出しゲーム配信か……」
「え? 顔出しはしてないわよ」
「いやいやいや。じゃあその格好はなんなんだよ」
蛍光灯のもとでしっかり見てみれば、23時過ぎだというのに軽く化粧もしている。
コスプレして化粧して、これで顔出ししてないってことあるか?
「んー……そっか。じゃあ順を追って説明するから、ちゃんと聞いてね。ちょっと時間かかるかもだけど」
「あぁ」
この涼しい部屋にいられる時間が長いというのは、俺にとって悪いことではない。
どうやら身の危険はないようだし。
「私ね。Vtuberやってるんだ。あっ、Vtuberは分かる?」
「分かるけど……マジか」
Vtuber。
Virtual YowTuberの略。
俺も一般人からしたらいっぱしのオタクなので、知らない単語ではない。
明確な定義がある言葉ではないはずだが、ざっくりと言えば――
二次元(3Dモデルも含む)のアバターを持った配信者。
本当にざっくりと言ってしまったので、異論反論もあるかもしれないがご容赦いただきたい。
仮に全く配信をせずTuitterだけやっていても、実写アバターだとしても、本人が矜持を持ってそう名乗っているのであればVtuberなのだろう。
逆に、条件を満たしていても「自分はVtuberではない」と認識している者はVtuberではないわけだ。
繰り返しになるが、明確な定義がないのだから。
「で? Vtuberならお前自身が着飾る必要はないだろ」
「焦らないでってば。まずこれ見て」
七重はゲーミングチェアに座ると、マウスを動かしてPCのスリープモードを解除した。
正座で痺れた足をさすりながら、俺もその横に立った。
右のモニターに表示されたウェブブラウザに視線を向ける。
これは……七重のYowtubeチャンネルのページか。
「この登録者320人ってのは多いのか?」
「多くはないわね」
「どうやったら増えるものなんだ?」
「それが分かったら苦労してないっての」
喋りながらヘッドドレスを外す七重。
続けて、帽子を脱ぐようにウィッグも脱いでベッドに放り投げる。
……え? ウィッグ?
「ウィッグまで付けてたのか」
「気づいてなかったの? 色が違うでしょ」
「染めたのかなって」
七重の地毛は真っ黒。
ウィッグはダークブラウン。
確かに色はわりと違うけれども、髪型はほとんど変わらない。
地毛だとストレートのセミロング。
ウィッグはやや内巻き気味のセミロング。
誰に見せるでもないのなら、そこまでやる必要はないんじゃないのか。
「夜長と一緒にしたかったの」
「夜長?」
「長月夜長。この子の名前」
七重が指さした先は、左のモニター。
そこには美少女のキャラクターが表示されていた。
これが七重のアバターか。
「ほら。カメラの前で顔を動かすと、キャラも動くわけ」
「へぇ……知ってはいたけど、動かしてるとこ見るのは初めてだな」
七重がモニタの上に設置したカメラに向かって笑顔を作ると、無表情だった画面の中の少女――夜長も笑う。
夜長は、ダークブラウンのセミロングヘアだった。
頭にはヘッドドレス。
服装は赤のロリータ服だ。
「あれか。自分のキャラのコスプレしてたわけか?」
「うん。なりきったら、自分でもこの子のことがよく分かるかなって」
うーん?
分かったような、分からないような。
「『よく分かるかな』って、このキャラ……夜長? 夜長って中身はお前じゃん。分かるも何もなくないか?」
「そうなんだけどぉ」
「なんだよ」
「夜長は深窓の令嬢Vtuberだから」
「は?」
なんて?
「そういう設定なの」
「……へぇ」
「でも私、深窓の令嬢じゃないでしょ」
「そうだな」
キャラクター性としては対極だ。
よく言えば元気。悪く言えば荒っぽい。
小学生の頃は男子に混ざってドッジボールをしていたタイプ。
最近のことは知らないが、高校生まで陸上をやっていたはず。
男子だけでなく女子にもモテていた。
「なんでそんな自分から離れたキャラにしたんだよ」
「……別にいいでしょ」
そんなことより、と七重は話を本筋に戻す。
「夜長、かわいいと思うのよ」
「ガワは普通にいいな」
「かなり頑張って描いたから」
「お前が描いたのか!?」
上手いじゃん……!
服作りといい、いつの間にそんな技能を身につけていたのか。
それとも俺が知らなかっただけで、昔から得意だったんだろうか。
「せっかくかわいい子を生み出せたんだから、Vtuberとして上を目指したいの。登録者も視聴者も、増やしたい」
「いいんじゃね。何だって目標を持って取り組むのはいいことだろ」
ここで話を整理しよう。
Vtuberとして活動を始めたものの、人気はなかなか上がらない。
だが娘(夜長)には魅力があるはずだ。
ならば、自分自身が夜長のキャラをもっと掘り下げ、理解しなくてはならない。
そして……その一環として、わざわざコスプレしてから配信していたと。
努力の方向音痴な気もするが、ずいぶんな気合の入れようだ。
「それを話すために呼んだのか?」
「ううん。手伝ってほしいの」
「何を?」
「私がVtuberとして成功するのを」
七重は椅子を回転させ、俺を見上げる。
何言ってんだこいつ。
「俺にそんなプロデューサーみたいなことはできないぞ」
「そういうのじゃないわよ。作戦はあるの」
けど、協力者が必要。
七重はそう続けた。
「上手くいくかは佑人次第だけど……お願い!」
「いや、具体的に何をすればいいんだよ。それ聞かないとオッケーはできないだろ」
俺の目をじっと見たまま口をつぐむ七重。
瞳が揺らいでいる。
お前さぁ。
そういうのはずるいだろ。
思い出したよ。
お前、小さい頃はよくそうやって俺に無茶振りしてきたよな。
捨て犬の飼い主を探してくれとか。
宿題の分からない部分――俺にも解けていない部分の答えを教えてくれとか。
で、俺はそんなオーダーの数々にいつも――
「分かった。俺に任せろ」
こんな風に応え、綱渡りながらだいたい解決してきたのだ。
七重の顔がぱっと明るくなる。
「ありがと……!!」
「いいって。配信聞いちまったし」
乗りかかった船だ。
どうせ夏休みが始まったばかりで時間はある。
大して予定もないし、幼馴染のために一肌脱いでやろう。
「やるだけやってやる。けど、成功しなくても許してくれよ」
「ううん。佑人ならきっと上手くいく」
「そこまで期待されても困るな……で、俺は何をすればいいんだ?」
「ん、一言で説明するとね」
ぴっと俺を指差し、七重は高らかに宣言した。
「佑人には、美少女Vtuberになってもらう」
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活動報告もこまめにしていくつもりです。